第5話カワイイ俺のカワイイ初対面②

 エスコート対象の情報には、事前に目を通しているだろう。俺が"男"だという事実を既に承知済みなのであれば、無駄な警戒は解いてくれた方がありがたい。

 微妙な心境で脳だけを動かす俺の前を、カイさんは静かな足取りで通り過ぎた。扉のノブへと手をかけると、目元を和らげ、


「それでは、参りましょうか」

「っ、はい!」


(わかってるな、"ユウ"! 目的はまず、敵の懐に入り込むことだ!)


 頭の中で気合を入れ直し、すうっと息を吸って背筋を伸ばす。

 開かれた扉をありがたく通り、ゆっくりと閉じられていくその向こう側。


「それでは、良い夢を」


 片手を胸に添えて、腰を折って見送る拓さんの姿。


(……なるほど。"忠誠を誓う騎士"、ね)


 コンセプトに基づく、この店共通の仕草なのだろう。

 つまり、個人の"キャラ設定"の根底はそこにあるわけだ。


 分析を続けながらも表情は通常を装い、先導するカイさんを追って階段を降りる。

 ほんの数段しかないというのに、「足元、気をつけてくださいね」とわざわざ振り向く仕草も至って紳士的だ。


「申し訳ありません、"お嬢様"なら、お手添えできたのですが……」

「……いえ、規則ですから」


(やっぱり、"把握済み"ってことか)


 苦笑を零すカイさんに問題ないと笑顔で返しつつ、そのさり気ない"伝達"に胸中が絞まる。

 人気の高い理由が、わかってきた気がする。やり方がいちいちスマートなのだ。


「本日は軽いティータイムをご所望とのことで、お間違いないですか?」


 備考欄に記載しておいた内容も、しっかりと覚えているようだ。

 頷いた俺に、カイさんは、少しだけ考える素振りをして、


「特にご希望のお店が無いようでしたら、ワッフルなんてどうでしょう?」

「いいですね! 僕、甘いもの大好きなんです」


 とりあえず今日のコンセプトは『可愛さで攻めろ!』だ。

 両手を合わせ、可愛さをプラスしながらはしゃいで見せた俺。計画など知る由もないカイさんは「左様ですか」と笑みを浮かべると、何かを思い出したかのように一度だけ宙を見て、


「ユウ"ちゃん"……で、よろしいですか? それとも、"くん"で?」


 あくまで確認の意図のみを含んだ言い回し。

 出会った時からそうだったが、向けられた瞳には俺の"格好"にも先ほどの仕草にも、微塵の動揺も感ぜられない。

 上手いこと隠しているのか、はたまた、興味がないのか。


(クソ、分かりづらいな)


「"ちゃん"、でお願いします」

「かしこまりました」

「あと、もう一つお願いしてもいいですか?」


 未だ感情の読めない瞳が、俺の闘争心に火をつける。


(その涼しい顔を崩してやる)


「あの……話し方を、敬語じゃなくて普通にして貰えませんか……?」


 今まで数多の人々を陥落させてきた、必殺潤目の上目遣い。

 更に恥じらうような目線外しのオプション付きだ。


(これなら流石に効くだろ!?)


 どうだ!? と見上げるも、カイさんはやはり涼し気な顔のまま「そうですか」と頷く。と、少し屈み込み、俺と同じ高さに合わせた双眼を柔らかく緩め、


「うん、わかった」


(――そうきたか……っ!)


 向けられたのは、絵に描いたような、綺麗な綺麗な微笑み。

 全て『計算通り』なのだろう。タイミング、仕草、表情。現実社会には明らかに"不自然"なそれらも、怖いくらい"自然"だと錯覚させられる。

 これは睨んだ通り、中々のスキルの持ち主だ。


「ユウちゃんは、この辺詳しい?」


 しっかりと車道側をキープしながら歩く速度は、低いながらもヒールの俺に合わせてややゆっくりと。

 片手を軽くポケットに引っ掛けながらの爽やかな笑顔に、胸中で妬みつつも「いいえ」と笑みを返す。


「詳しいって程ではないです。大通り沿いなら少しはわかりますけど、それるとサッパリで」

「そっか。なら、良かったかも」

「え?」

「今から行くお店。ここからそんなに遠くはないんだけど、ちょっと裏にあってね。気に入るといいんだけど」


 こっち、と先を示し、言葉の通り小道に入る。

 そこから更に右に曲がって、暫く進むと、左。


(……本当にこんな所に店があんのか?)


 疑いたくなるような簡素で静かな路地に、キョロリと辺りを見回した。と、


「そんなに心配しなくても、変なトコに連れ込んだりしないよ?」

「ちがっ、そういうワケじゃあ……!」


 夢見る乙女じゃあるまいし、薄暗い路地裏での『壁ドン』ハプニングなど期待しちゃいない。

 とんだ誤解だと否定するも、クスクスと楽しそうに零すカイさんに対して余裕のない自身に羞恥が勝る。

 顔に登る熱を感じながら当惑する俺に、カイさんは「ほら」と前方を指し、


「木の看板のとこ。あそこだよ」


 ね? と先ほどの話題を引っ張るカイさんに、だから違うのにと眉根を寄せる。

 笑う時に片手を口元に添えるのは、カイさんの癖かもしれない。

 ひとしきり楽しそうに笑ったカイさんは、「あー、ウン」と頷くと、


「ユウちゃん、可愛いね。よく言われるでしょ?」

「……言われますけど、多分カイさんとは違う意味だと思います」

「いや、勿論全部含めて可愛いと思うよ」


(なんて取ってつけたような)


 ツッコミながらも、チャンスを見逃す俺ではない。ここぞとばかりにムスリと片頬を膨らませ、可愛らしく拗ねてみせる。

 今までの経験上では中々効力が高いのだが、先程までの結果を思うに、この人はきっとスルーなのだろう。

 心中で溜息をつきつつ、横目でそっと伺う。見下ろす顔からは楽しげな笑みは消えていて、その瞳はジッと俺を映していた。


(え……?)


 戸惑うも、カイさんは特に何を発するでもなく歩を進めていく。店前へと辿り着くと、木製の取っ手を引き、扉を開けた。

 上部で揺れた鈴が、カランと高く響く。


「はい、どうぞ」


(効いた、のか?)


 分かりかねる結果に靄々としつつも、扉前を通り大人しく店内へ踏み入れた。左右に広がる空間にはカスタードクリーム色をした木製の机と椅子とが綺麗に並び、所々に置かれた観葉植物の緑が温かみを感じさせる。

 正直、驚いた。

 "こういう人"が連れて行く店だ。もっと、綺羅びやかで派手な場所を想像していた。


「いらっしゃいませー」


 小走りで現れたのは、ダークブラウンの至ってシンブルなエプロンを身に付けた女性店員だ。

 後ろ手に扉を閉めたカイさんが、


「スミマセン、予約していた『Good Knight』の……」

「ああ! お待ちしておりました! こちらへどうぞ」


 どうやら本当に、普通のカフェらしい。

 人の疎らな店内を横目で観察しながらついていくと、慣れた様子で壁際一番奥のボックス席に通された。これも、窓際では他人の視線が気になるかもしれないという、配慮なのかもしれない。


「ソファー側使って。ああ、鞄貰うよ」


 スッと差し出された手。戸惑いつつも、そういうモノなのだろうかと鞄の持ち手を受け渡すと、カイさんは椅子横にしゃがみ込み、足元に置かれていた籠にそっと下ろした。次いで懐から白いハンカチを取り出し、蓋をするように上を覆う。


(……マジか)


 さり気ない徹底ぶりに、思わず呆気に取られる。


(てか女の子って、そんなことまで求めてんの?)


 女子には胸キュンポイントなのかもしれないが、俺には只の衝撃的事実だ。

 唖然と見つめる俺に気づいたカイさんは、椅子に腰掛けつつクスリと笑んで、


「せっかくの可愛いバッグ、汚れたらいけないからね。ビックリした?」

「あ、はい……。そんな、安物なんで、そんなコトしなくても」

「関係ないよ。ユウちゃんのモノを、汚したくないだけだから」

「な、るほど」


(女の子ってこういう心情を求めているのか……)


 勉強になった。

 神妙な面持ちで頷くと、見守っていたカイさんが、耐え切れないといったように吹き出した。


「ごめんごめん、そんな顔するとは思わなくて」


 言う声は、今まで聞いてきたそれよりも少し高い。おそらく、この声がカイさんの"本当の声"に近いのだろう。

 途端に実感する。やっぱり、上手く"装ってる"だけで、女の子だ。


「何にする? ワッフルって言っちゃたけど、好きなものでいいよ」


 目尻を拭いながらメニュー表を俺に向けて広げてくれるカイさんの肩は、まだ小刻み震えている。


(……俺、そんな面白い顔してたのか?)


 若干不安が残らないでもないが、好印象を持ってくれたのならば構わない。

 思考をメニュー選びへ切り替え覗きこむと、綺麗に並ぶ写真の中には流行りのホットケーキやお馴染みのパフェと、実に『女子好み』のラインナップが並んでいる。

 どれも美味しそうだ。目移りする。が、ワッフル目的で此処に来たせいか、気分はもうワッフルだ。

 数種類並ぶ中から目ぼしい一つを選んで、温かく見守ってくれているカイさんへと視線を上げる。


「いちごのワッフルにします。カイさんは?」

「オレは大丈夫」

「え?」

「ご飯は店で食べてきてるから」


(……あ、そうか)


 優しげな笑みのまま店員を呼び止めるカイさん。俺の脳裏に、拓さんから聞いていた注意事項が思い浮かぶ。

 食事の料金は全て客持ちだ。お客様に余計な出費をさせないよう、こういった食事の場面では遠慮するのだろう。

 こちらの気に障らないよう、実にそれらしい口上を使って。

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