第3話カワイイ俺のカワイイ決心③
「えーっと、あったあった。この人知ってる?」
俺の動揺などお構いなしに、俊哉は「ほら」と画面を向けて、
「"カイ"っていうらしいんだけど」
表示されていたのは、一枚の写真だ。
スラっと通った鼻筋に、薄い唇。丁寧に整えられた眉はキリリと直線を描き、シャープな顎先がスマートさを漂わせる。
俺よりも短い黒髪は無造作に跳ね上げられているが、硬派キャラなのか、ネクタイは首元までキッチリと締められている。
なる程。確かに、女子好みの"イケメン"だ。
「なんでも凄い人気らしくてね、なかなか予約が取れないんだって。平日ならまだ空きもあるらしいんだけど、由実も学校があるから」
俊哉は肩を竦めながら、申し訳なさそうに「それでね」と続け、
「ユウちゃんがもし知り合いだったら、口利きして欲しかったみたいなんだけど……」
「……」
(そうきたか)
由実ちゃんも、俺がこのバイトをしている事を知っている。『同業者なら、もしかしたら』と考えたのだろう。
中々イイ読みだと感心する一方で、物寂しさに肩が下がる。
(由実ちゃんもしっかり成長してんだな……)
会う度外見は成長を表しているというのに、どうにも幼い頃の印象が抜けないままでいた。なんだか、一気に時の流れを感じる。
ここで『任せとけ』と言えたなら、"兄"としてせめてもの格好くらいついたのだろう。が、残念ながら俺の知り合いに繋がりそうなツテは無い。メイドの知り合いも数人いるが、特別親しい訳ではない。
由実ちゃんの希望には、出来る限り応えてあげたいが。
「悪いけど……」
断ろうと口を開いた瞬間、突如カーテンが開かれ、現れた影がひょこりと画面を覗き込んだ。
「あ、カイさんだー」
「っ!?」
「あいりっ!」
(ビ、ックリした……!)
大きく跳ねた心臓を抑えながら、反射で崩れた姿勢を戻す。
原因の種は顔も上げず、画面の人物に「わーカッコいいー」と目を輝かせている。
(驚かすなよ! って、それよりも……!)
「お前、もしかして知り合いか!?」
「え、まさか。全然ですよー」
「だって、名前」
「むしろリサーチ大好きユウちゃん先輩が知らなかったことに驚きですー。この人めちゃめちゃ有名ですよー?」
「そう、なのか?」
「はいー。あ、オムライスプレートお待たせしましたー」
飽きられたら終い。常に変化を求められるこの界隈では、現状を保つにも、常に情報戦だ。
(そんなに有名なヤツなのか……)
男装界隈は完全にノーマークだった。急いでスマートフォンを操作し、『秋葉原 男装 カイ』と検索をかける。
直ぐに表示されたのは、先程俊哉に見せられた画像だ。加えて、勤め先のプロフィールページやまとめ記事、更にはファンの子達が書いたと思われる賞賛記事がずらりと並んでいた。
(……スゴいな)
予想以上。ここまで認知されているということは、だたの"器量良し"ではないのだろう。ヒトの心を掴む術も、しっかり心得ているはずだ。
この界隈は、顔が綺麗なだけでのし上がれる程、簡単な世界じゃない。
ふと、俺の脳裏に一つの策が掠めた。
(これは、逆にチャンスかも)
「……決めた」
手にしていたスマフォを机上に下ろし、ニヤリと口端をつり上げる。客の前では絶対にしない笑い方だ。
俊哉は不思議そうに首を傾げ、
「決めたって、何が?」
「俺、コイツと"オトモダチ"になるわ」
「え?」
「つっても、ツテがないからな。まずは客として近づくしかないか」
「ちょっ、ソレって」
「わー、ユウちゃん先輩イイかおー」
俺の性質を理解している時成は、面白いことを言い出したと茶化すように手を叩いた。
一方、脳内処理が追いつかないのだろう俊哉は眉に困惑を映し、俺と時成の顔を交互に見て、
「おともだちって、"カイ"さんと?」
「他に誰がいるんだよ」
「でも、そんなわざわざ、由実の為に。俺、そんなつもりで、言ったんじゃ……!」
広い肩幅を小さくし、視線を落とす俊哉。まったく。コイツの考えそうな事なんて、簡単に見当がつく。
大方、俺を利用してるみたいだとか、迷惑をかけているだとか、そんな類だろう。
仕方ねえな。俺は苦笑気味に息をつき、
「あのな、何年俺の幼馴染やってんだよ。確かに由美ちゃんにいいトコ見せたいってのもあるけど、"カイ"さんとコネクションを作んのは、あくまで俺自身の為だからな」
勘違いするなと腕を組み、俺は言葉を続ける。
この図体がデカいだけで勘の悪いワンコには、キチンと理解させないといけない。
「男装と女装っていう違いはあっけど、商売としての根本は同じだからな。手っ取り早くスキルアップするには、実際、お客にウケてる奴から盗むのが一番なんだよ」
「先輩、"オトコの娘"界隈では上のほうですもんねー」時成が相槌を打つ。
「まあな。そろそろ女性客ももっと増やしたいって思ってたトコだったし。そういった意味でも、"カイ"はおあつらえ向きだな」
重ねた理由を理解したのか、ゆるりと上げられた顔。
「ユウちゃん……」
言いたい事は理解は出来たが、納得は出来ていないという所だろう。向けられた瞳は未だ不安が色濃く、眉間には不服そうな皺が深い。
けれどもう、決定事項だ。
物言いたげな表情にニヤリと笑い、「それに」と続ける。
「有名人とお近づきになっとけば、どっかで役に立つかもしんないしな?」
「どちらかっていうと、それがユウちゃん先輩の一番の本音ですよねー」
時成がわざとらしく「コワイコワイー」と肩を竦めてみせる。俺は否定も肯定もせずに、無言で微笑んでやった。と、時成は逃げるように「オムライス、お絵描きしてもいいですかー」と俊哉のオムライスプレートへと目を逸らした。
エプロンの前ポケットに入れていたケチャップボトルを掴みだし、皿の上で逆さにしてからぐりぐりと動かす。
暫くそうしてからだった。今だ当惑したままの俊哉に気づくと、時成は小さく吹き出し、
「いいんじゃないですかー? おれなんかより俊さんの方がよくわかってると思いますけど、一度決心したユウちゃん先輩は止められませんしー。暫くは上手くいくよう、見守るって事でー」
「……そう、だね」
眉尻を下げつつも、息をついて了承を示した俊哉。
時成はにこりと微笑み、「はい、出来ましたー」と俊哉の前へお絵描き済みのプレートを戻す。
「……クマ、かな?」
「……ネコちゃんですー」
「あ、ごめん!」
しょんぼりと告げられた回答に慌てて取り繕う様は、すっかりいつもの俊哉だ。
ひとまず一件落着か。
手助けしてくれた時成を、「ありがとな」と胸中で礼を述べつつ見遣る。伝わったのか、俊哉の目を盗んでこっそりとウインクを寄越してきた。
やっぱり出来た後輩だ。だからつい、頼ってしまう。
「先輩のオムライスには既にお描き済みですー」
「そうだな。さっきから得体の知れない生物がすっげぇ見つめてきてる」
「うさちゃんです!」
「何十回も描いてんのに、なんで上達しないんだろうな」
「知りませんよー」
クスン、と泣いたフリをする時成は無視して、ウサギという名のアメーバが描かれた卵をスプーンで崩して一口。
当店定番のオムライスは特別美味しいという訳ではないが、家庭的でほっこりとする味わいが人気だ。
甘めのチキンライスを咀嚼しながら、俺は「さて」と頭の中で算段を立て始める。
(まずは、"カイ"さんとやらに接触しないと。そのためには……)
「"エスコート"とやらの予約をしないとだな」
呟いた俺に、「でも」と時成が小首を傾げる。
「そんなに上手くいきますかねー? 噂じゃ狙ってる人、けっこう多いみたいですよー」
「そうだよね……。由美の話しだと、通いつめてる人もいるみたいだし。そう簡単に友達になんて……」
(……まったく)
二人共、誰に向かって言っているのか。
「愚問だな」
置いたスプーンが陶器と擦れ、カチャリと小さく音をたてた。
俺はゆっくりと足を組むと、髪をかき上ながら不敵に微笑み、
「こんなにカワイイ"オトコの娘"なんだ。楽勝だろ」
男だけど、女の子のようにカワイイ。彼女を取り巻くどの女子よりも、確実に興味を惹く筈だ。
二人は面食らったように瞠目したが、直ぐに呆れたような笑みを浮かべた。それでも、否定は返してこない。
言えないのだろう。だって俺は、現に"カワイイ"から。
一息ついた空気に、俺は時成を見上げながら親指でホールを指差し、
「よし、取りあえずあいらはいい加減ホールへ戻れ」
気づけば随分と引き留めてしまった。
すっかりくつろいだ様子だった時成は、不満げに口を尖らせる。
「えー、お客様とコミュニケーションをとるのもお仕事ですもーん」
「ここは十分だろ。あっちのホールでお前を待ってるお客様もいる」
「ふぁーい……」
時成は渋々とケチャップボトルをポケットに戻し、代わりに伝票を机へ伏せ置いた。
開いたカーテンをくぐると、クルリと向き直り、
「またねー俊さんー」
手を振る時成につられるように、俊哉もぎこちなく手を振り返す。時成は満足げに微笑み、俺に簡単な会釈をしてからカーテンを閉じた。
足音が去って行く。が、これは、また頃合いを見て来るつもりなんだろう。
(ったく、次来た時は早めに追い返さないと)
嘆息しつつも、"また来る"という点については許容してしまう俺も甘い。
仕方ないだろう。カワイイ後輩のカワイイ我儘には、目を瞑ってやりたくなるのが先輩のサガってもんだ。
(……ま、場合によっちゃあアイツの協力も必要になるだろうしな)
こんな言い訳が浮かんでしまうのも、また。
「俊哉」
「ん?」
「食ったら作戦練るから、お前も協力しろよ」
「え、あ、もちろん!」
頷いた俊哉を確認して、オムライスを口へ含む。思考は再び、攻略法を模索し始めた。
やるからには完璧に、が俺のモットーだ。
(覚悟してろよ、"カイ"さん)
目指すは権力拡大。それと、ささやかな副賞に由実ちゃんの笑顔を。
縦長のグラスを掴み、ストローを咥える。
画面の中から柔和な笑みを向けてくる敵を指先でつつき、黒と白の混ざるラテを一気に吸い込んだ。
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