次の駅は蒼空の上

 夢を語り合うことが好きだった。


 理想は天高く、現実を忘れるくらいの夢を語り合うのは、現在いまをほっぽり出して、蒼空そらを飛んでいる気分になったから。

 だけど、今は蝋の翼を溶かされたイカロスの気分だ。

 イカロスの時とは違って、太陽は昇っていない。

 薄藍色の空と微妙に冷たい空気が、割り切れない私を余計に惨めな気分にさせる。


「だからって」

「ほんと、ごめん」


 ゆるやかにカーブを描く緑色の樹脂に背中を預けながら、私は隣の裏切り者にじとりと眼を流す。

 視線の先には、藍色のセーラー服に白いダウンジャケットを羽織った女の子。

 うらやましいとさえ思った直刃すぐはの黒髪は、LEDの光で爽やかに輝いている。

 そんな彼女が両手を合わせて、右目はつぶり、左目は私の様子を見ていた。

 彼女の両足は大きなスーツケースを挟んでいる。

 その上には、さっき買ったお土産が大量に入ったビニール袋が、出口を縛らずに載せてあった。

 私は裏切り者の合掌を無視して、袋の縛りヒモを強く引っ張り、二度と袋の中身が出ないくらいに、きつく縛り上げた。


「袋縛らないと中身、出るよ」

「えへへ、ありがと」


 合掌を解いて頭を掻く裏切り者の額に、私はチョップをたたき込む。


「許したわけじゃない」

「うう……その節は申し訳なく」


 再び、お手を合わせる裏切り者。

 怒るのも阿呆らしくなってきた私は、溜め息と共にその両手を掴み、謝りのポーズを解かせた。


「だいたい、いつの間に応募してたの」

「ネットで調べたら、丁度募集してて」

「そのまま私に相談なく応募したの?」

「相談したら、行かせてくれた?」

「……行かせるわけ、ないじゃん」


 私は言葉を詰まらせた。

 きっと、相談されたら私の心はぐらぐらしたと思うから。


「でも、なんだかんだ言って、行かせてくれたよね」

「どうだか」


 そんな心情を的確に付いてくるこいつ。全くもってむかつく。

 怒っているのは私なのに、そんな私も受け止めているということが余計にむかつく。


「きっとそう。でもね、うち、自信なかったんだ」

「自信があったら、私に言ってくれたの?」

「うん、『夢を叶えてくるよ!』って」

「……ずるい。無敵の言葉じゃん」

「でも、言えなかった。決まるまでは、行けると思ってなかったから」


 彼女はホームの冷たいアスファルトの上に正座して、そのまま上体を前に倒していく。

 土下座だ。

 ホームにいた周りの人がぎょっと、土下座を始めた彼女を注視する。

 私は、じっと見る。


「だから、『うちを疑って』ごめんなさい」


 そう言って、こいつはこいつ自身を裏切ったことを、謝ってきた。


「……ほんと、そういうところ、ずるくて嫌い。許すしかないじゃん」


 私は敗北を宣言した。

 私の不満と不安を全部ひっくるめて謝ってきたのだ。

 負ける要素しかなかった。

 謝罪を受け入れたと同時に、彼女は私に抱きついてきた。

 周りの人たちはさらにぎょっとするが、こいつはお構いなしに私の頬にキスしようとする。

 離れろ、と肩を押すがなかなか離れない。そのまま温かいモノが頬に触れた。


「えへへ、ありがと。許してくれると思ったよ」

「その私のこと全部知ってますってところ、大嫌い」

「それについては、改善できないなぁ」

「ふん、じゃああっちに行って後悔すれば。一緒にいない間、あんたの知らない私が増えるんだし」

「あ、それは嫌だな」

「……だったら行かなきゃいいじゃん」

「それは無理。賽は投げられたし、うちは急に止まれないもん」

「古代戦車か、あんたは」


 過剰にスキンシップしてくるこいつの頭を叩く。

 だけど、力が入らず、気弱な音だけが響いた。


『東京、東京。お降り口は左側です』


 そうして、あいつは私の側から離れていった。

 笑顔で窓から手を振る彼女に、私は笑顔でバイバイできただろうか。

 新東京駅のホーム入場券だけが、私の手元に残った。

 

 私は遠い目でまだ暗い空を見る。

 その遙か先にある、空を貫くらせん状の警告灯。

 蒼空に異彩を放つそれが、昔から嫌いだった。

 だけど、今日から私は毎日見るだろう。

 その先の駅にいる、あいつを思い出すために。

 いつか再会する、その日まで。


『次は——おがさわら臨宙駅、おがさわら臨宙駅』


 次の駅は、蒼空そらの上だ。

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