奪われたセイレーン

 とある国のお話。


 その国の城下町には、有名な宿屋があった。

 宿屋の娘が、それはたいそうな美声の持ち主で、夜に数度歌っていた。

 娘が歌えば、近くの鍛冶屋が炉をほっぽり出して聞きに来るほどだった。

 その歌声は、まるでセイレーンの歌声だ、と評された。

 娘の噂は城にまでおよび、早速、歌声が聞きたいと娘は城に呼び出された。


 娘は王と姫君の前で歌った。その歌声を聞いた姫は喜び、もっといろんな声が聞きたいとせがんだ。

 あれよあれよと言う間に、娘は王家お抱えの音楽隊に入っていた。

 それからは、姫が選んだ楽譜を手に取り歌う日々の繰り返しだった。

 姫が選んだ曲は多彩に富み、一ヶ月で歌ったことのない曲調はないというほど、娘は歌った。

 娘は姫と親交を深めていき、そろそろ実家を離れて一ヶ月というところ、娘は宿に帰ると姫に告げた。

「だめよ、あなたはここでずっと歌い続けるの」

 娘は、このとき、自分が籠の中の鳥になったことに気づいた。


 逃げようとする娘は捕らえられ、牢屋に入れられた。

 娘は泣いた。姫はその泣き声が面白いのか、時々牢の向こうから娘を眺めていた。

 その後、娘への食事が絶たれてから三日後。

 空腹と寒さから、娘は死を覚悟した。そのとき、牢の扉が開いた。


 いままで我慢したご褒美、と言って姫が食事台にスープを置いた。

 娘はそのスープを飲み干した。

 おかわり、と姫が新しい器に入ったスープを渡した。

 次に娘は味わうように飲んでいく。

 スプーンでスープを掬っていくと、何かが娘の顔を覗いた。

「おいしい? あなたのお母さんのお味は」

 スプーンの上の白濁した眼球は、かろうじて少女と同じ目の色を宿していた。


 娘は絶叫した。


 娘は怒りに声を滲ませた。


 娘は姫の恨みの声を浴びせた。


「ありがとう、やっと、あなたの声を全て聞けた」

 姫は満面の笑みで娘を見やり、

「頂くわね、その声」


 セイレーンは声を奪われた。

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