たまちは異世界犬で、魔王である。

 一戸建ての和宅、庭に面した縁側に、一匹の犬がいた。

 大きさは中型から大型という中途半端な大きさで、白い短毛の犬だ。

 この家の住民からは、『たまち』と呼ばれ可愛がられていた。


 しかし、このたまちは異世界犬である。しかも魔王である。


 普段はこの家で悠々自適な生活を満喫しているが、この生活に飽きれば、この世界を破壊し、征服する気満々である。

 たまちの力は強大だ。異世界でも最強の魔王として君臨し、数々の勇者を撃退し、最後は世界を手中に収めた。

 犬だが。犬だが、たまちは強いのだ。

 しかし、そんなたまちでも、この世界に移動する時は死にそうになった。

 魔王なれど犬のたまち、もちろん不死ではない。

 傷だらけのたまちを救ったのは、この家の住民であり、この世界の保護者となったみゆきだ。

 ちなみに、たまちの名は田町で拾ったからという単純な理由でみゆきに名付けられた。

 たまちはこの世界を征服する時、田町の地名を真っ先に変えると心に決めている。

 名前のことはさておき、たまちは命の恩人であるみゆきに感謝している。

 そのため、この家の住民を強大な力で守護することにした。

 決して、縁側で寝ているだけではないのだ。

 結界は七重に張り巡らし、住民にはあらゆる守りをかけている。

 みゆきの家族が無病息災に生きていけるのも、たまちの異世界パワーのお陰と言えるだろう。

 しかし、そんな異世界犬たまちにも、心配事がある。


「たまち〜ただいま〜」


 夜の帳が落ちきった深夜、みゆきが仕事から帰ってきた。

 彼女は近づくたまちを見るやいなや、白い毛並みを味わうように抱きつく。


「あーもーつかれた〜」


 そしてたまちの立った耳を触りつくし、頬をもみほぐし、頭を円運動の如く撫で尽くす。


「あーたまちいい匂い〜いい獣臭さ〜」


 帰ってきたときのセレモニー。しかし、今日はいつもより長かった。

 たまちは察する。おそらく、みゆきの周りに不審なことが起きているのだと。

 みゆきはいわゆる不幸体質、不幸の星の下で生まれた存在だ。

 何度守りをかけても、生活圏に結界を張っても、不幸なことが起こってしまう。

 たまちはみゆきの顔を舐める。無論、ただ舐めるだけではない。接触型の精神治癒魔法をかけている。副作用としては眠くなるというのがあるが、今は好都合だろう。


「ありがとう〜。ああ、なんだか眠くなってきちゃった。おやすみね、たまち」


 うぉん、とたまちは鳴く。ふらふらとした足つきで、みゆきは家の中に入っていった。

 たまちは異世界犬で、魔王である。

 将来はこの世界を破壊し尽くし、征服する存在だ。

 しかし、今は恩人に恩を返す、忠犬である。


 みゆきが不幸に会わぬために、たまちは夜に溶け、街を駆ける。

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