ランダムヒューマンズ

「一つこわい話をしてやろうか」


 狭い車の中、運転席に座っていた男が、助手席の男に話をかける。

 待ち伏せの為に張っている包囲網は、真夜中を越え、朝が白んじていた。


「何です?」

「クローン技術ってのがあっただろう?」


 問答無用に話を進める先輩刑事に、後輩は怪訝な顔をした。


「羊のメリーとかの、生体クローンの話だ。当時はクローン人間とかいう話も話題になった。しかし、結局倫理面での問題がでて、人間そのもののクローンは作られなかったがな。再生治療では部分クローンを作っていたり、倫理とは一体、って感じだが」

「はあ」


 バリバリ、と後輩はあんパンの袋を破る。ミルクは暖房に温められ、すでにぬるい。


「実はな、クローン人間ってのは実際に居るらしい」

「へぇ」

「驚かないんだな」

「いや、技術的に可能なら、いない道理はないでしょう?」

「まあそうなんだが、しかし、そのクローン人間ってのは、双子のようなクローンではなく、ランダムにデザインされた人間らしいぞ」

「ランダム?」


 ミルクのパックにストローを通す。漏れ出そうになった白い汁を軽く口で吸い取る。


「DNAを人間の形を崩さないような範囲でランダムに作成して、クローン人間を作る製法で作り出した、ランダム人間。そういうのが、俺たちの社会に紛れ込んでいるんだと」

「うわ、うさんくさ」


 あんパンをかじりつつ、ミルクを飲む。定番ながら、一番おいしい食べ方だ。


「でも、怖くないか? 人間の形をした、人間じゃないランダム人間が、俺たちの近くで生活してるってのは」

「まあ、こわいっちゃこわいですが。でも、人間でしょう?」

「どうだかな。あと、ランダム人間は人間的な常識がないから、人生マニュアルってのを持っているらしい」

「ははっ、なんですかそれ」

「全ての人間的行動を網羅したマニュアルなんだそうだ。噂に寄れば、人生マニュアルってのは赤い手帳らしいんだが」

「ははっ」


 後輩が、あんパンをかじりながら、赤い手帳を見る。


「赤い手帳なんて、どこにでもあるでしょー」

「……そりゃそうだな」


 先輩は、その言葉に続きの言葉を出せなくなった。


 ランダム人間は、赤い血のような手帳を、朝に必ず見るのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る