バッドエンドになった仮面ヒーローの異世界無双
「この魔物たち、さすがに街まで行ったらヤバイよな」
城壁の上、パニック状態の街を背中に、膝を曲げ座っていた男は呟く。
「そりゃあね。数十万もの魔物の軍勢が人の領域に入ったら、あとは悲劇だけだよ」
男の肩に座っていた、体長一〇センチにも満たない少女の妖精がその呟きに翅を動かす。
「分かった」
男は立ち上がり、背伸びをする。その両手には、手より大きい黒色の箱と、二指程度の大きさの、人形が見える透明の箱があった。
「じゃあちょっくら、ヒーローしますか」
男は黒い箱を腹に当てる。すると箱からベルトが飛び出し、男の腰に箱を固定する。
箱は左右に開きながら変形すると、中央に人形の箱の大きさによく似たくぼみが出現した。
“プレイドライバー!”
変形が終わると同時に、よく通る男性の音声が響く。
————動いた。
男は腰にある重みを確認し、次に人形が入った箱の底を押す。
“プレイヤーワン!”
音声と共に、人形が光る。
こちらも動いた。聞き慣れた音声、もう聞けないと思ってから、この世界に来て二度目の音声。
そのまま、その箱をドライバーに挿入する。
“エントリー!”
この世界での『戦い』に参加するという意思表明と共に、独特の待機音が辺りに響く。
男は慣れた動作で、右手をドライバーに添え、左手を目の前に構える。
「変身」
そして、右手でドライバーごと、前に倒した。
ドライバー全体がレバーのように前に倒れると、光が男を包み込む。
“勝利に賭ける実力! ベットオンヴィクトリー! プレイヤーワン!”
音声と共に光が晴れる。
そこに居たのは、フルフェイスの仮面を被り、赤色のアーマーを来た、仮面のヒーロー。
仮面の正面には、ローマ数字のⅠが額からゴーグルを突き破り、マウス部分を覆っている。
仮面の側面にある特大の紅い三角形が、
『プレイヤーワン』。それが、男のヒーローとしての名前だ。
「命を賭けて——ってもう命は賭けられねぇか」
プレイヤーワンが胸の中心を右手で叩き、口上を述べようとするが、『約束』を思い出し言いとどまる。
最後に守れなかった約束。今度こそは、守り抜くべきだ。
「なら——最後に残った
賭けるは、男が最後に得た
目的と賭けるものを定め、男の
「神ちゃん、とりあえず、近辺にいる害敵認定した魔物のマッピングを俺の意識に送ってくれ」
「いいけど、何するの?」
神ちゃんと呼ばれた妖精存在は、男の要望に顔をしかめる。
「いい物があるんだ」
男は答えつつ、ドライバーに装填した人形箱を、基部ごと下に下げた。
“エクスパンド!”
すると、ドライバーはより大きな箱を装填できるよう、横に展開した。
プレイヤーワンは太ももにあるスロットから、箱をつかみ取る。
それは、おもちゃ売り場にあるような、玩具の外箱に似ていた。
箱絵に本と定規が描かれたそれを、ドライバーに挿入。
“アドバンスドトイガジェッド!”
「展開」
変身時のように、プレイヤーワンがドライバーを前に倒す。
“捲るめく冒険譚! トゥザ14ページ! プレイィィブックッ!”
音声が鳴り響いた後に、男が箱の上部を押すと、玩具箱の上が開き中から小さな両刃剣が現れた。
“対数定規剣!”
男はミニチュアのような剣を指先で掴む。その剣はそのまま大きくなり、武器としての剣と言える得物となった。
「無事使えそうだな」
得物の重さを確認する。
剣と言っても刃先は無く、定規を二つ合わせたような外見で、なんと刀身に目盛りが付いていた。
定規と
使うのは久しぶりだが、いけそうだ。男が口角を上げた。
「とりあえずマッピング送ったけど、なにその剣は」
男の脳内がずん、と重くなる。彼の意識に大量の情報が送られてきたせいだ。
しかし、そこは変身ヒーロー。ドライバーの恩恵で高速解析されていく。
「……さすがに多いな。ああ、これな? コレは
「ふぅん?」
「まあ見てろって」
そういって、男は二分割された刀身の片方を上にずらした。
『イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン、ジュウマン、ヒャクマン』
上にずらすと、機械音声が剣から鳴り響く。上にずらすほど、その宣言する数が大きくなる。
「ついでに近辺の魔物も殲滅しておくか」
「はい?」
『モクヒョウホソク、コテイ。コウゲキジュンビ』
そして、男は剣を振るった。
一振り、二振り、三振り。
縦、横、斜め。
何もない
「こんなもんでいいか。大抵は倒せるだろ」
プレイヤーワンは、剣の握りにあったボタンを人差し指で押す。
『コウゲキフクセイ、カンリョウ』
そして、再び、トリガーボタンを押した。
『ジッコウ』
上にずれた刀身が、下へ移動する。
城壁に最も近かった一体の魔物が、『斬撃』で倒れた。
刀身が、下に移動する。
次の九体が、地面に伏した。
刀身が、下に移動する。
刀身が、下に移動する。
刀身が、下に移動する。
刀身が、下に移動する。
刀身が、下に移動する。
刀身が、下に移動する。
こうして、七十八万もの魔物の軍勢と近辺にいた一万ほどの魔物は、突如発生した鎌鼬のような斬撃現象により、殲滅された。
「やっぱ便利だなぁ。
「……なに、これ」
惚れ惚れと剣を見る男と、目の前の光景に唖然となる妖精。
「何これって、対『数』定規剣だよ」
「本来の用途と違うよね、それ!」
「俺も同じツッコミしたわ。しかし、こう言う武器なんだ、仕方ないだろ」
「えぇ……」
「ちなみに、
「もうその武器だけでいいんじゃないの」
あまりにもチートな武器に、この世界の神様の複製端末である妖精存在も呆れ果てる。
私はとんでもない存在を引き受けたのでは。
神様妖精が目の前のヒーローへの認識を改めようとしたとき、さらなる爆弾が投下された。
「雑魚には有能なんだが……俺が戦ってた怪人には、通じなかったんだよなぁ」
「どんなハードモードだったの!?」
ちがう、こいつがおかしいんじゃない。こいつが居た世界がおかしかったのだ。
そりゃあ、バッドエンドになるわけだよ、と妖精は独りごちた。
「ほんとにな……おっと、あの攻撃を受けてもまだ残ってるやつが居るか」
動く魔物の気配に気づいたプレイヤーワンは対数定規剣を構え、刀身の片方をずらす。
『イチ、ジュウ、ヒャク、セン……』
「もうやめてあげて!?」
神様妖精は泣きついた。
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