オールドファッション

「オールドファッションが食べたい」


 ソファに座りながら板状情報端末をのぞき込んでいた鈴原がそう言った。

 横には可逆の神様が口を開けてぐーたら寝ている。

 ついでに俺が契約している神様、ミワも寝ている。うらやましいことで。

 

「いきなり何だ? 鈴原」

「鈴原いうな、は ら す ず。いやあ、さっきミセスドーナッツの広告ツイートが流れてきてさ」

「サボるなよ」


 一応、ここは大学の研究室で俺たちは研究生だ。

 研究生の本分である研究をほっぽり出してソファでまったりする、毎度気ままな主席様に、俺は呆れかえる。


「その新作ドーナッツがおいしそうだったのよね」


 ほら、と見せるドーナッツは、有名西洋菓子店が監修したというドーナッツだ。

 たしかに、うまそうだ。紅茶に合うだろう。


「新作ドーナッツでなくて、なんで定番商品なんだ」

「……一番好きだから?」

「意外だな、もっとクリームとかチョコとかが好きなのかと」

「確かに好きだけど、一番はオールドファッションかな」

「へえ」

「サクサクとした外側に、ほくほくとした内側、ほのかに甘い生地、さめてもざくざく食べ応えがあって、プレーンだからいろいろ付けてもおいしい。オーブントースターで軽く温めた後にきな粉砂糖をかけて牛乳と一緒に食べるとおいしいのよ。おすすめ。あー、想像したらよだれが出てきちゃった。オールドファッションってドーナッツの王様よね」


 いきなり流暢に話し始める鈴原。どれだけ好きなんだ。

 しかし、熱を帯びていくオールドファッション推しに、俺も手にあるコーヒーのお供が欲しくなってきた。


「ということで、お金渡すから買ってきて、ミセドのオールドファッション」

「なんでそうなる」

「外寒いから行きたくない」

「俺もだよ」

「ふっふっふ。この二人の眼差しを見てそれが言えるかな……?」


 二人? と鈴原から目線を落として、寝ていたはずの二柱を見る。

 四つの眼が、じっとこちらを見ていた。逆様は薄めの赤色の両眼、ミワは濃緑の両眼で。

 逆様は何も話さない。俺が逆さま言葉を理由にして断るのを知っているから。

 ミワも話さない。眼で「分かってるよね?」と語っている。さすが二十年来の付き合いだ。有無を言わさない練度が違う。


「……二人の分もお前のおごりな」

「もちろん。あと、モチリングとフレンチウェーブと天使のクリームと」

「おいおい、オールドファッションだけじゃないのかよ」

「それだけで足りるわけないでしょ?」

「……太っても知らんぞ」

「うっ」


 ちなみにドーナッツを食べた後、逆様が「」と証言した。

 さもありなん。

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