ある男の話

 憔悴しきった顔の男が、ふらつく足取りで歩いている。

 男は、すでに心がなかった。

 燃え尽き症候群といった具合で、目的もなくただただ歩く、ゾンビに成り下がっていた。


 男は、どうしようもない男だった。

 賭博に身を賭け、遊戯に人生を賭けた、誇りだけは立派な、賭博師。

 運の良さと遊戯の本質を理解する力に優れた男は、その生活に慣れてしまっていた。

 しかし、転機と言うものは、何処にでも転がっていた。

 

『私と一緒に、世界を救おうぜ』


 人々の気づかぬ所で、世界は遊戯により変質していた。

 遊戯から作り出された怪人は、人々の意識の外から心をもてあそび、浸食する。

 そんな怪人から救うためのヒーローとして、男は女に選ばれた。

 男は女と賭けをし、負けた。

 人生というチップを賭けてしまった彼は、女に巻き込まれる形で、怪人と戦っていく。


 正義心などはない、ただ、人生を取り戻すために戦うヒーロー。

 しかし、男の心は次第にヒーローへと成長していった。

 戦いの激化に伴って。


『これが、最後の賭け。あんな巫山戯た理不尽ヤロー、絶対、ぶっとばして』


 最後の強化アイテムが男に手渡される。荒らされた事務所の中で、渡した女は死んだ。


 そこから、男は犠牲を払いながら最後の戦いに臨む。

 散っていく仲間達、自身も大きな傷を抱えながら、チートな黒幕へ挑む。

 加速度的に滅亡に向かう世界。慌てふためく民衆。

 今更気づいても遅いだろう。彼女はもう戻らないじかんはまきもどせない


 そして、男は偽物の神に勝利した。


 世界を救った男には、彼女の形見となったベルトとアイテムしか残らなかった。

 変身は、もうできなかった。


 ふらつく足で、男はさまよう。男は、自分を見失っていた。

 焦点の定まらない眼、しかし、その光景を捉えていた。


 目の前の交差点、赤信号を無視するトラック。横断歩道上の少女。


 男はヒーローになっていた。起こす行動は、一つしか無かった。


——というのが、この男が体験したこれまでの人生だ。

——うわぁ、すっごいバッドエンド。TV放映したら評価星1案件だよ。

——だろう? さすがの私も忍びなくてね。

——いいよー、管轄のどこかで匿ってあげる。

——助かるよ。アレは嫉妬深いのでね。

——丁度、救って欲しい世界があるしね。ヒーロー大歓迎。

——そうか、そうか。ついでにこれも頼む。

——これ? ああ、分かった。幸せになるといいね。

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