天国退社

「あー、終わった終わった」


 机の上に散乱した紙どもを一気にファイリングし、漏れがないか確認。


 引き継ぎ資料も作成、引退した後のフォローアップも万全なことを確認した男は、腕と背中を伸ばした。


「肩こったなぁ」


「お疲れ様です。所長」


「おう、ありがとよ」


 所長と呼ばれた男は、秘書から飲み物を受け取る。桃の香りがしておいしいお茶だ。


「しかし、本当にやめちゃうんですね、所長」


「ああ。まあ最近の騒動がやっと落ち着いてきたからな」


「本当に、あのときは大変でした」


「この世界からの一斉召喚、そして新しく出現する同僚……本当、天国で一番忙しかった時期じゃないか?」


「ええ、少なくとも、ここ五〇〇年ほど無かった話ですね」


「まあ、そのお陰でバカンス先が出来たわけだが」


 ずずず、と茶をすする、背に翼が生えた男。


「数万年振りのバカンスだ、せいぜい楽しんでくるさ」


「いいですね。私も行きたいです」


「ははは、そうなったら地上を案内するよ」


「ふふ、楽しみにしてます」


「まあ、その前に俺を召喚できそうなやつを探さなきゃならないんだがな」


「目星などは?」


「一応付けているんだが」


 下界を覗く望遠鏡で、目星を付けている人間をのぞき込む。

 いつも通り、自宅に引きこもってばかりの少年だ。


「動きませんね?」


「才能を笠に着て失敗した系少年でな、なんとかして立ち直らせたいと思っているよ」


「本当、所長らしいですね。余計なお世話が好きなところ」


「うるせいやい」


 男は口をとがらせる。


「天国に別れを告げるためにも、なんとかあいつを召喚の儀式に立たせないとなあ」


「一計を打たないといけませんねぇ」


 主(予定)は部屋からでないまま。男のバカンスは始まりそうになかった。

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