英雄裁判

 正義、と言う言葉を使うのは正義の味方だけでいい。


 しみじみそう思う。


 それを体現できるのは、ドラマ、フィルム、コミック、テキストの世界であり、つまりは虚構だ。


「私は正義のために! この高慢と偏見に満ちた検察を! 断固として! 戦う所存だ!」


 私は、横にいる弁護士が熱弁を振るう姿を見て、少し溜め息を漏らした。


「○○さんは確かに犯罪を犯しただろう、しかし、情状酌量の余地があるのは世論を見ても明らかだ」


 熱血、という言葉が似合うそのまなざしをカメラに向ける弁護士。


 パシャパシャ、と光るストロボとシャッターの偽装音がうるさい。


「それに対し、検察は無慈悲にも! 殺人罪を求刑するという愚直で怠慢な選択をした!」


 そう、私は人を殺した。それは紛れもない事実であり、客観的な真実だ。


 例え、殺した相手が、街を破壊し、人を傷つけた悪役ヴィランであったとしても。


「私はこの裁判によって、今後の人間社会を決定づけると核心している」


 弁護士は腕を掲げる。パフォーマンスとしてもやり過ぎた。


 ちらりと廊下で訊いたが、この前のワイドショーTV出演で、他のTV局からもお声が掛かっているらしい。


英雄ヒーロー裁判、そう、私たちは時代の証人として、この英雄裁判を正しい方向に導くのだ!」


 弁護士と言うよりも、扇動士だな。


 私は独りごちて、心の中でふふっと笑った。


 さあ、私の番だ。


 ヒーローなんてものは現実には存在しない。


 なら、演じてやろうじゃないか、正義の味方きょこうのそんざいってやつを。

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