ミライコーヒー

 街のはずれ、駅近くの喧噪から離れたところにある喫茶店。


 今では珍しいオーク材で作られたシックな趣のあるカウンターテーブルのみの、小さな喫茶店だ。


 小さい店内だけど、席同士は手も届かないほどはなれているため、明らかにお一人様専用と言うことが分かる。


 メニューは二つのみ。


  ・おすすめのコーヒー 一〇〇〇円

  ・コーヒーのおとも 八〇〇円


 つまり、店長のおまかせコースしかない、シンプルなメニューだ。


 カウンターに一人しかいない店長――マスターに注文をすると、マスターは客にいろいろと質問をする。


 最近大変でしたか?

 よく眠れていますか?

 最近楽しいことがありましたか?


 質問内容は人それぞれ違う。


 マスター曰く、その人の顔を見て判断しているという。


『顔は人を写す鏡と言いますが、それはきっと正しいのでしょう。ただ、それを自覚できるのは鏡を見たときだけ。私はそれを尋ねているに過ぎません』


 つまり、質問の答えを知っている、と。


『はい、答えと言ってもはい、いいえだけを答えられるような質問ですが。

 ただ、自覚するというのは大切です。知らなければ自分の状態が分かりませんから。そして、私の出すコーヒーの意味も分からないでしょう』


 適温に温めたカップに、挽き立て淹れ立てのコーヒーが注がれる。


 ふわり、と湯気に載って流れてきた芳醇で芳ばしい薫りが花をくすぐる。


『私はその人の体調と好みに合わせた豆を選び出し、最適の抽出をしているだけにすぎません。その選出方法も、先人が作り出した膨大な情報から得られた一定の法則に従っています。つまりのところ、達人を科学的に分析した結果、この『人に合わせたコーヒー』を作っているわけです』


 私は、目の前のカップに入った焦げ茶の液体を口に含む。


 そのコーヒーは、酸味がほのかに残る程度で、苦みも丸く、そして口の中を包み込むようなふわりとした甘みがあった。その甘みも飲み干してしまえば残らない。


 驚いたことに一昨日辺りからあった口内炎が、全く痛みを知らせなかった。


 思わず、マスターに問いかけた。


『お仕事が忙しい、睡眠不足、お仕事が楽しい、と言うことでしたので、優しくすっきりとしたノンカフェインのコーヒーをお出ししました』


 よく眠れますよ。とコーヒー屋らしからぬ茶目っ気めいた言葉と共に、マスターは答える。


 実は口内炎だったことも告げると、


『ああ、やはりそうでしたか。あなたが口内炎である可能性は八〇%ほどでした。予想が当たって良かったです』


 そう言って、マスターの顔がモーター音をあげ、笑顔を作った。

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