心は晴れでも雨は降る

「狐の嫁入りね」


 隣に座っていた女性が、そう呟いた。


 大きな一枚ガラスからアスファルトがひかれた道路を見ると、確かに雨がぽつりぽつりと降っている。


 だけど、空は曇りだ。


「曇りの時に雨が降るのは天気雨なの?」


 僕は隣でカフェラテを飲んでいる、見知らぬ女性に問いかけた。


「気分的に、そんなかんじ」


「気分?」


「すごい楽しい気分の時に雨が降ってくると、なんだかテンションダウンしない?」


「まあそれは分かる」


「すっごいおいしいラテを飲んで幸せな気分なのに、これから外に出て雨に打たれると思うと——狐め、いま嫁入りすんなよな! ……とか思わない?」


 すごい暴論だ。


 そもそも曇り空の雨だから狐の嫁入りてんきあめじゃない上に、見ず知らずの狐に対して文句を言っている。


 嫁入りを計画している狐にとって傍迷惑もいいところだ。


「思う」


 だけど、世の中の不条理を誰かのせいにしたい気分、というのは僕も同じだった。


「だよね!」


 はっはっはー! ざまあみろ狐め! と彼女は秋晴れのように笑う。


 外見はスーツを決めたビューティーキャリアウーマンなのに、笑い声ですべてが台無しになる彼女を見て、俺は眼を丸くした。


「はー、スッキリした。雨がやむまで外回りなんてやめやめ、ケーキでも食べよっと」


 席を立つ彼女。そのままレジに向かい、しばらくした後、再び席に戻ってきた。


「話聞いてくれたお礼」


 目の前には、ドリップコーヒーとベイクドチーズケーキ。


 ただ、ベイクドチーズケーキにはフォークが垂直に刺さっていた。


 僕は、目を見開いた。どうして、ばれたのだろう。


「ここから動けないんでしょ、キミ」


 彼女はどうやら、僕がどういう存在かを知っているようだ。


「うん、でも、どうして」


「何も頼まないで席にいたのに、店員から注意もなかったし、私の隣に突然現れたし、状況証拠は揃ってたからね」


 そう言われると、ばれてもおかしくはない。


「ってか最近ここの交差点、事故が多発してるじゃない。だめだぜー、未練で災いを呼んじゃ」


 ニッ、彼女がおいたをした子供をからかうような笑顔で、僕に話しかける。


 僕はいたたまれなくなり、彼女から視線を逸らした。目の前には、コーヒーの湯気が立っていた。


「ま、未練は簡単に消えないだろうけどさ、それを味わって、少しの間わすれなよ。話だけは聞いてあげるし」


「あなたは、一体」


「私は相談屋。人様から畜生、生物から非生物、あの世とこの世、ついでに八百万の神様から話を聞くだけってのが、私の仕事よ」

 

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