第38話 高校生空手道選手権大会1
開会式が始まると団体戦に出場する選手たちが中央の試合場に集まって列をなした。運営の挨拶、審判団の紹介、反則技の説明が終わると選手たちはコートから退場し、同志たちと互いを励ましあう。
「五人中三人が勝利したほうが勝ちとのことですが」
文子が四人を振り返る。
「アタシが必ず勝つから、気を楽にしてね」
絵理は気負ったようすもなくそう言ってのける。確実に勝てる選手は涼と絵理だけ。あとの一勝は三人で掴みとらねばならなかった。葉月は責任の重さを感じ、体が硬くなるのを感じた。
「総当り戦だからな。一回負けたって次があるさ」
絵理は肩をすくめる涼を呆れたように横目で見やる。
「全勝してるところがなければ、ね」
アナウンスが響き、各々の試合場に集まるように呼びかけた。
「行こうか。自分に勝てて、悔いがなければそれでいい」
五人が第一コートの東側に整列したとき、対面には既に対戦相手が整列していた。
「あっちの大将、相撲部からの助っ人としか思えないんだけど……」
「いや、たぶん違うよ。去年も先鋒にいたしな」
「大将になってくれてよかったわ」
晴は胸をなでおろし、自分の対戦相手を見た。大将よりは小柄とはいえ、晴よりも体重があることは間違いなかった。
「ボディが効くとは思えないし、末端から壊していきなさい」
晴は絵理のアドバイスに頷き、審判に促されるままコートの中央に立った。
「構えて。……始めッ」
ふたりはにらみ合いつつじりじりと距離を詰めた。先に仕掛けたのは相手。左ロー。晴は左足を外に張り出して受け止め、相手の足が戻る前に左足を一歩送り出して距離を詰め、腹に向かって右足刀蹴りを放った。相手は身を引き、晴の蹴りは肉を掠めた程度だった。
「嫌みたいね」
絵理は試合場から目を離さずに呟く。
「ボディいけるわ!」
絵理は大声で晴に呼びかけるが、相手側の声援のせいで聞こえたかどうかはわからなかった。相手の右ロー。ストッピング。ワン・ツー。内受け。かすることさえ許さない晴のさばき見て威圧されたのか、相手は攻めているにも関わらず後ろに下がってコーナーに追い詰められていった。右ミドル。晴は待ちわびていたように右掌底で相手の膝頭を捉えて押し込んだ。相手の足は晴に届くことはなく、かつ勢いを殺しきれずに膝を伸ばしきる。
「よし!」
勝ちを確信したのか、絵理は拳を握る。相手は顔をしかめ、飛ぶように横に回って距離を取った。そして、下がりつつも突きを主体に攻め続ける。晴は冷静にさばき、カウンターのチャンスをうかがいながら相手を追い詰めた。
「晴! 自分から攻めなさいッ」
「今、いい感じです。焦らないほうがよいのでは?」
絵理は文子の疑問に頭を振る。
「どっちも有効打が出てないの」
このままだと手数の多い相手のほうが気勢で勝っていると判定にされかねない、と絵理は懸念していた。相手の左ジャブ。前蹴り。晴の中足が先に腹を蹴る。
タイムキーパーがコート内にお手玉を投げ込んだ。
「やめッ」
審判がふたりの間に割り込み、試合を止めて中央に連れ戻しつつお手玉をタイムキーパーに投げて返す。
「判定」
ふたりの副審は紅白の旗を股の間で交差させ、引き分けであることを示した。そして、すぐさま延長戦が始まる。相手は足を引きずりつつ、後ろに下がらず突き主体の猛攻を見せた。晴は有効打こそなかったが、さきとは違う勢いに押されつつあった。
「体重判定、持ち込めるかしら」
歯噛みする絵理。葉月は説明を求めるように文子を振り返った。
「延長戦後引き分けの場合は体重判定。女子は三キロ以上体重差がある場合、重いほうが負けになるようです」
「じゃあ、引き分けたら晴の勝ちなんだ……」
三〇秒がすぎたころ、相手は攻め疲れを見せ始めた。晴が奥足にインロー。内腿を脛で蹴られた相手は一瞬動きが止まるが、すぐに右ローを放つ。晴の足払い。審判は軸足を蹴られて尻餅をついた相手に立つよう促し、構えたのは確認してから試合を再開させた。
「いまのは有効?」
「スリップじゃ得点にもならないわ。けど」
明らかに相手の気勢が削がれ、流れは晴のものになっていた。相手は前傾姿勢になり、腕で腹を守るようにガードを固めた。左ハイ。相手の頬を捉えた。相手がガードを上げたところで前蹴り。
「やめッ」
主審が晴を止める。気がつくとコート内にはお手玉が。ふたりはコートの中央に。三人の審判は川東高校を示す白旗を上げており、主審は晴の勝利を告げた。挨拶を交わし、相手は晴に近づいて握手をしようと手を伸ばした。晴はそれに応じてから自陣に戻る。
「最後の握手は礼儀みたいなもんだから忘れないようにね。勝っても負けても」
晴が戻ってくるとすぐに文子に声がかかり、試合場に向かわされた。
「お疲れ様でした」
「リラックスしてね」
すれ違う瞬間、ふたりは声をかけあう。
「お疲れ。幸先はよさそうじゃん?」
晴は涼のことばに肩をすくめ、自陣に正座して息をついた。
「疲れた?」
「まあね。こういうのは剣道で慣れてるつもりだったけど、やっぱり違うもんね」
一回戦は文子と葉月は判定負けを喫した。守りに回り過ぎ、有効打はなかったものの気勢で差をつけられたのだった。絵理は技ありをひとつ取って判定勝ち。涼はローキックの連続で相手を立てなくし、下段廻し蹴りによる一本勝ちとなった。
一回戦目が終わり、葉月が隣のコートに目をやるとちょうど大将戦が終わったところのようだった。敗者と思われる選手は苦痛に表情を歪め、足を引きずって試合場をあとにする。勝者は川東の次なる対戦校だった。絵理は悠然と立ち去る勝者を見やり、舌打ちする。
二回戦目、晴は体重判定でも引き分けて再延長までもつれ込み、ようやく勝利を収めた。文子は判定負け、葉月も延長戦までもつれ込んだが判定負けに終わった。絵理は技ありをふたつ取って一本勝ち。そして、最後の大将戦。試合を終えた絵理は涼とすれ違う瞬間、彼女の肩を叩いた。
「気をつけなさいよ、あいつ」
涼の対戦相手は絵理と同じ道着を身につけていたが体格的には葉月と大差なく、涼が苦戦しそうな相手には見えなかった。
「心配すんな」
涼は肩を叩き返し、試合場に向かう。中央に立ち、向かい合う。
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