第37話 大会目前

 大会当日の土曜日。葉月と晴が集合場所である市民体育館の入口に到着したときにはすでに多くの参加者が集まっていた。市内の県立高校空手部部員が一堂に会しているとはいえ、総数があまり多くないせいで剣道大会の時ほどごみごみとはしておらず、葉月たちはすぐに皆と合流できた。ここにいる人たち全員がライバルなのか、と葉月は辺りを見回す。大会目前というのに緊張した面持ちの人はおらず、いつもどおりだと言わんばかりに仲間たちと談笑しリラックスしていた。強者の余裕だろうか、とやや気を張っていた自分がすでに敗者のような気さえしてくる。

 葉月が皆を見たとき、涼も絵理も普段は高い位置でまとめている髪を下ろしていた。それは晴も同様で、ヘッドギアがかぶりやすいように下で束ねているのだ、と説明していた。そのわずかな変化が非日常のように感じられ、葉月は不安になる。

「揃ったし、なか入るか」

 涼が先導しようとしたとき、絵理が葉月を見て怪訝そうに表情を歪めた。

「葉月、朝ごはん食べた?」

 ばっちり、と葉月が返事すると、絵理は呆れたように額に手を当てる。ちゃんと言っとくべきだったわ、と。

「これからすぐに体重測定なのよ」

「申請体重のプラス三キロ以内でなければ失格のようです」

 葉月は晴を振り返るが、その表情から尋ねなくても彼女が知らなかっただろうことが察せられた。

「三キロも食べないよ?」

「登録から経ってるんだから変わるでしょうが。あんたは増量期なんだから」

「……吐いたほうがいいかな」

 葉月が真剣な眼差しで晴に聞くが、すぐに止められる。

「みんなは食べてないの?」

「アタシは測定後に食べるつもり」

 絵理はそう言って肩に下げたバッグを軽く叩いた。ほかのふたりも同様で、朝食を摂ってきたのは葉月と晴だけだったことがわかった。

「言ってくれたらよかったのに……」

 空手部の五人は剣道大会で竹刀測定のために選手が並んでいたところと同じ場所に並び、体重測定の順番を待った。葉月は以前この場所に来たとき、自分が観覧席の階段を昇らずに選手のみが許される領域に立つことが出来るとは思ってもいなかった。そのせいか妙にそわそわとしてしまい、何度も後ろを振り返ったり通路の向こう側を確認したりしていた。

「落ち着きなさい。舐められるわよ」

 葉月は絵理のことばに首をかしげる。

「この列にいるのは選手だけなの。緊張してることがバレたらつけこまれるわよ」

 はっとした葉月は振り返って他校の生徒のようすをこっそり伺ってみるが、ライバル選手に目を光らせているような素振りや周りを威圧している人間は見受けられなかった。

「別に見られてないよ?」

「露骨に見るわけ無いでしょ」

 涼の番が終わり、絵理が体重計に乗った。つぎは葉月だった。

 絵理のとなりが空き、葉月はそちらの体重計を利用する。計器が示した数字は五〇キロ。記載の数字より一キロ多かったが、問題なくクリア。葉月はほっと胸をなでおろし、これだけでひとつ大きな試練を成し得た気になってやや緊張も薄らいだ。

「なんか、勝てそうな気がしてきた」

「おっ、頼もしいね」

 五人の測定が終わると地下の控え室に通され、選手表が渡された。参加している高校は五校。そのなかで控え選手の欄が空白だったのは葉月たち属する川東高校と、合同稽古を執り行った川西高校だけだった。

「個人戦のリーグ表は明日か……」

「あら、あの子先鋒なのね」

 絵理の視線をたどると川西高校の欄に行き着き、そこに書かれてある先鋒は西園美優、身長一四八、体重四〇だった。次鋒、中堅、副将はともに稽古した四人が退部したということもあって、記載されている名前に見覚えはなかったが、それぞれ体格的には平均以上であり、力で押していくタイプに見えた。そしてその上、大将として名を連ねていたのは佐倉真奈美、身長一七五、体重六〇。

「やあ。遅かったじゃないか」

 葉月たちが振り返ると、ジャージ姿の真奈美がにこやかに微笑み、軽く手を挙げていた。その隣には美優もいて、目が合うと小さくお辞儀した。

「真奈美さんが早いんじゃね? 開会式まであと一時間はあるけど」

「スロースターターだからね。ウォーミングアップは入念にしておきたいんだ」

「知ってるよ。飯は?」

「頂いた」

 真奈美はふいと涼から視線を外し、葉月を見下ろした。

「その節は後輩がひどいことをしたね。本当にすまなかった」

 そう言って深々と頭を下げる。憧れの人にそんなことをされ、葉月は唖然として中空に手を彷徨わせた。どうしたらよいのだろうと涼に視線を送って助けを求める。

「葉月も気にしてないってさ。注目浴びるから頭上げてくれよ」

「ああ、すまない」

 真奈美は頭を上げ、葉月をまじまじと見やる。

「しかし、ひどい怪我だと思ったが、よく復帰しようと思ったな」

 怖くはないのかい、と尋ねる真奈美の視線から葉月は逃げず、力強く頷いた。それが仲間に対する感謝と信頼を示す方法に思えた。

「健闘を祈る」

 真奈美はどこか嬉しそうに葉月の肩を軽く叩き、美優を連れてほかの部員が待つ場所に戻っていった。

「負けるんじゃないわよッ」

 絵理が美優に呼びかけると、彼女は振り返って頷いた。

「敵を応援とは余裕ですね」

「敵でも応援くらいするわよ。友達だもの」

 よし、と涼は気合をいれ、バッグからおにぎりやエネルギー飲料を取り出した。

「開会式のあとはすぐに試合だから今のうちに食って、ウォームアップも済ませんぞ」

「「「押忍」」」

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