第19話 大会後
晴が所属する川東高校剣道部は唯一全敗を喫するという不名誉を得た。しかし、閉幕して帰る彼女の表情は決して暗いものではなかった。
「晴!」
晴は駆け寄ってくる葉月に小さく手を振った。
「三人ともまだ帰ってなかったのね」
「なによ。みじめな剣道部を笑ってやろうと思ったのに、ずいぶん嬉しそうじゃない?」
絵理に言われ、晴は自分の表情を確かめるように両頬を手のひらで揉むように触れた。
「晴、格好良かったよ」
まっすぐなことばをぶつけられた晴は目をぱちくりとさせ、やがて吹き出すように笑いだした。
「でしょ?」
このあと、と絵理のうしろで控えめに佇んでいた文子が一歩前に出る。
「どこかに行きませんか? 残念会というわけではありませんが」
「どうせもう帰るだけだし、いいかもね」
「部員と打ち上げとかしないの?」
晴は絵理の疑問に肩をすくめて返した。
「残念会じゃないよ」
場所について話し合おうとしていた三人を遮った。三人は不思議そうに葉月を振り返り、首をかしげる。
「晴の全勝祝いだよ」
「……それもそうね。じゃあ、ファミレスなんかじゃなくてもっといいところに行かなくっちゃ」
絵理は携帯で店舗検索し、打ち上げにふさわしい店を探す。
「お金なんてあんまり持ってきてないんだからね?」
「じゃあ……いも炊きする?」
季節ではありませんね、と文子は葉月の提案に首を振る。
四人は歩いて橋を渡り、祝勝会のために明るい繁華街に向かう。最後尾を歩いていた葉月に合わせ、晴が少し歩調を送らせて彼女と並んだ。
「ありがとね」
晴は首をかしげる葉月に微笑み、それから正面を見据えて表情を引き締めた。
「もう負けないわ」
「負けてないよ?」
負けたのよ、と晴は頭を振る。
「気持ちで負けてたわ。みじめだったあのころみたいに、誰も味方がいないってね」
けれど、葉月だけは違った。そう言った晴はとても嬉しそうで。
「わたしたちを助けてくれたのは葉月とおばさんだけだった。だから、今度はわたしがあんたを助けるわ。そのために約束する」
負けないって、と晴は誓いを立てる。わざわざそんなことを口にしなくたって、いつも助けてもらってるよ、と葉月は口にしなかった。ただ、ありがとう、と答える。晴はくすぐったそうに、しかし誇らしげに頷いた。
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