第16話 日常2
金曜日の昼休み、葉月はお弁当を食べるために机をがたがたと動かして三人分の居場所を確保していた。
「葉月。あんた、エリーのとこ行ってきなさい」
あの子、どうせひとりで食べてるでしょうし、と晴は文子を呼び寄せてお弁当を開き始めた。
「こっちに呼んじゃダメなの?」
「私がいると彼女は不機嫌になりますから」
文子は晴の対面に腰掛けた。仲直りしたんじゃないの、と葉月が首をかしげると、文子は頭を振った。
「あれで先輩なんだから、いろんなこと教わってきなさい」
晴は手振りで葉月を追い払うようにして急かした。
「そうそう。いちおう明日の応援、誘ってあげてね」
葉月はひとつ頷き、お弁当を持って絵理の教室に向かう。一年生のなかで唯一、二階にある彼女の教室に向かう途中、葉月は涼も誘っておこうとメールを打った。
教室を覗き込むと絵理は最前列の隅でひとり昼食を食べていた。無表情よりすこし不機嫌な顔。世の中に対して漠然とした不満を抱いているのか、無関心を装っているのか。小柄な彼女がより小さく見えた。葉月は絵理に気づいてもらえるまで入口で待っていようと思っていたが、彼女は前を見据えて動きそうもないので勝手に入って隣の空席から椅子を拝借して絵理の対面に腰掛けた。突然のことに絵理は体を跳ね上げ、目を瞬かせた。
「待った?」
葉月が首をかしげると、絵理は首を振る。彼女は葉月が手を合わせて箸を持つまで無言だった。
「あんた……何しに来たの?」
葉月は昨夜の残り物だったチキン南蛮を箸でつつきながらどう答えるべきか考えた。晴に言われたから、と正直に言ってしまえば、いやいや来たと受け取られかねない。
「エリーと一緒がよかったから」
一緒がいい。葉月はたいていのことはこのフレーズで解決することを晴や文子で学習していた。きっとエリーも納得するだろう、と上目遣いに彼女を見やる。
「……そう。晴は?」
文子と教室に居ることを告げると不満げだったが、絵理はすこしずつ頬を緩ませて箸の動きを再開させた。
「よかった。あんた、怒ってるんじゃないかって心配だったんだから」
「?」
「昨日、顔蹴ったじゃない?」
受けの稽古にて、絵理は隙の多さを指摘するために上段廻し蹴りを放った。蹴りに気づいた葉月がきちんとガードすると思っていたらしいが、葉月は予想外の事態に対応できずに頬を蹴られて呆然としていたのだった。練習のことだし、と答え、葉月は黙々とおかずを分解する。喋らない葉月に再び疑念を募らせたのか、目を泳がせる絵理。
「今日の放課後、アイス行かない?」
最近出来たところなんだけど、と絵理はご機嫌を伺うような作り笑顔で葉月に向ける。
「今日はバイトだから」
「へ、へぇ。そんなことしてたんだぁ……」
「生活の一助にね」
ふうん、と絵理は次の話題を探すように教室を見渡した。エリーは無言が苦痛なタイプなのか、と気がつく葉月。思えばいつもなにか喋っている気がする。
「お弁当、美味しそうね。葉月が作ったの?」
葉月は首を振り、お母さん、と嘘をついた。
「料理上手なのね」
そういえば、となにかを思い出したらしい絵理。
「むかし、そういうところが羨ましいって思ったことがあったわ」
「おばさん、下手なの?」
さあ、と絵理は肩をすくめた。
「作ってるところすら見たことないもの」
「料理はお父さん担当?」
「家政婦。味気ないったらないわ。こんなもの、コンビニ弁当とおんなじよ」
絵理は自分の弁当を見下ろし、不愉快そうに舌を出す。
「せっかく作ってくれたのに」
「うるさい」
ふん、と絵理はそっぽを向き、箸を進めた。そのとき、葉月の携帯が振動する。涼からの返信だった。
「ちょっと。そんなもん見てないでよ」
携帯をかっさらおうとする絵理の手をかわし、葉月は内容を確認する。
「大会の運営……ってなに?」
「涼から?」
うん、と頷き、葉月はメールの内容を絵理に見せた。
「書いてるまんまよ。大会の運営。会場の設営とか受付、アナウンス、選手の呼び出し、後片付け。大会を円滑に進める手伝いってとこね」
どこも道場生が駆り出されるもんよ、と言いつつ携帯を返す絵理。不機嫌そうに葉月を睨む。
「あいつとどっか行くの?」
「晴の剣道大会、応援に行こうかなって。涼は無理みたいだけどエリーは行くよね?」
「…………まあ、うん」
葉月は絵理の答えに満足し、晴に結果をメールした。
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