第12話 ライバル?

 下駄箱で靴を履き替え、低木や桜の木に挟まれた石畳の道を東に進むとグラウンドと第一体育館が見えてくる。体育館の左脇は背の高い雑草が生い茂っている。そこの一部分が踏み倒されて草が禿げ、地面がむき出しになっているところがあった。さながら獣道のようなそこをまっすぐに突っ切ると第二体育館と武道館にたどり着く。晴はその道を進もうとするが、絵理は立ち止まったまま動かない。

「グラウンド突っ切ったほうがよくない?」

「武道館使う部活はこの道を通るのが伝統なのよ」

 そう言って晴は絵理の手を引いて、いまにもバッタや蜘蛛、蛇などが飛び出してきそうな草むらの道を歩かせた。伝統の道を通って武道館の前にたどり着くと、竹刀の音に混じってかすかにミットを蹴る音が聞こえてくる。

「あんた、部活いいの?」

 さあね、と晴は肩をすくめた。一度無断欠席したていど、先輩たちがここぞとばかりに嫌味を言ってくるかもしれない。しかし、面と向かってぶつかってくることはないから、と問題にもしなかった。開いた窓から中を覗くと葉月がビッグミットで中段廻し蹴りを練習している。

「全然ダメね」

「そう?」

 見た目はそこそこさまになってると思うけど、と言いつつ、確かに涼と比較すると音も小さく速度もない。

「実戦空手よ? 相手を倒さなくっちゃあ意味ないじゃない」

「基本が最初でしょ」

 涼もそう思っているからこそ、威力がなくともいまの綺麗な型の反復を行っているのだろう。しかし、絵理は首を振る。

「ったく。こんなヌルい指導してんのはどこのどいつよ」

 絵理は半端に開いていた窓を完全に開け放ち、背伸びをして涼の姿を確認した。

「……帰るわ」

「ちょっと。いきなり何?」

「あいつがいるなんて聞いてない」

 絵理は晴を睨み上げるが、彼女には事情がわからなかった。

「流派が違うのよっ」

 苦々しげに言う絵理の表情からは、それ以上の理由がありそうだった。

「エリー?」

 騒ぎに気がついた葉月が窓から顔を出し、絵理を見下ろした。絵理は気まずそうに顔を逸らす。

「見学、いいかしら」

 あがって、と葉月がわざわざ玄関を開けてくれる。剣道部員たちが横目で晴を見やったが、彼女は気にかけることなく絵理を畳に押し上げる。

「おっ。荒川選手じゃん」

 絵理は手を振る涼を見て眉間にしわを寄せて威嚇する。

「知り合い?」

「大会のたびに会うんだよ」

 ライバルだね、と嬉しげな葉月の声を聞いていっそう苦しげに表情を歪ませる絵理。地元で開かれる大会は女子選手の少なさから階級分けが行われておらず、参加に積極的な涼と絵理は必ずと言っていいほど拳を交えることになっていた。そう語る絵理に戦績を聞くと舌打ちが返ってくる。

「最近やったのは春分の日だな。あたしは準優勝だった」

「じゃあ、エリーが優勝?」

 絵理は期待の眼差しを向けてくる葉月に歯ぎしりする。

「事実上の決勝戦だったわ」

「一回戦敗退だろ」

 あたしと当たってな、と涼は笑う。晴は余計なことを言わないでもらいたくて、なんども涼の口を塞いでやろうかと思っていた。ここでへそを曲げて帰られては困る。

「ホームなら負けなかったわ。アタシはあんたじゃなくて、試合のルールに負けたのよ」

「へぇ。まあ、確かにお前は強いよ。けど……」

 戦績を忘れたのかい、と嬉しそうな涼。絵理を怒らせようとしているようにしか見えなかった。そんなにも喧嘩がしたいのか、と晴は文子の空手野蛮説を支持したくなる。

「試してみるか?」

 いやよ、と絵理はそっぽを向く。

「まあ、葉月の前で恥かきたくないよな」

 絵理は眉根を寄せて涼を睨む。

「あたしはいつでもウェルカムなんだけどねぇ。怖いってんなら仕方ない」

「……やってやろうじゃない」

 涼は嬉しそうに、やたらと芝居がかった動きで絵理の落ち着かせようとする。それが癇に障ったらしい絵理は苛立ちを隠そうともせずに歯を剥き出しにする。涼は対戦者の観察に慣れているのか、どう言えば相手が怒るのかを理解し、嫌がるところを的確についているように見えた。

「明日、道着持ってくるから、ここでアタシと決闘よ」

「明日は部活ないけどな」

「次の稽古日!」

「じゃあ、木曜日だ」

 葉月は火花を散らすふたりの顔を交互に見やり、おろおろとするばかりだった。

「ねえ、止めなくていいのかな」

 晴は眉尻を下げる葉月に肩をすくめてみせる。黒帯同士、そこまで無茶なことはしないだろう。しかし、葉月は不安を払拭できないようで、にらみ合うふたりを見つめていた。

「アタシが勝ったら二度とでかい顔するんじゃないわよ」

「あたしが勝ったら軍門に下りな」

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