第11話 旧友

 月曜日の放課後、晴は部活にも行かずひとりで二階にある一年五組の教室に向かった。賑やかな教室内を覗き込もうとすると、後ろ扉から出てひとりさっさと家路に着こうとしていた絵理を見かけてあとを追う。肩を叩くと、勢いよく振り返った絵理の右拳は臨戦態勢。晴が両手をかざして無抵抗を示すと、絵理は拳をおろしてため息をつく。

「久しぶりね、エリー」

 絵理は返事の前にツーサイドアップにした髪をわさわさ揺らして辺りに目を走らせ、なにもないとわかると落胆したように肩を落とす。

「なにかお探し?」

「うるさい。なによ」

 絵理は眉根を寄せて晴を睨むように見上げる。勝気な瞳が目を引く小柄な少女、荒川絵理。彼女は晴と葉月の小学生時代からの友人であったが、中学でクラスを違えてから疎遠になっていた。晴は定期的に彼女を気にかけていたが、基本受動的な葉月は意地を張って会いに来ない絵理にわざわざ顔を見せにくることはしていなかった。葉月を引き連れてこないことを怒っているのか、会いに来てくれたことを喜んでの照れ隠しなのか、晴が訪ねてきたときはいつも憮然とした表情だった。わかりやすい、と微笑ましい気持ちになった晴はすこし焦らすつもりでたいした意味もない前置きをつらつらと口にする。初めこそまともに聞いていた絵理だが、中身がないことに気がついたのか、つま先を地面に打ちつけだした。そろそろしびれを切らしそうだ、と見極めをつけた晴はことばを切って肩をすくめる。

「葉月に会いたくない?」

「どーいう意味よ」

 絵理は怪訝そうに眉をひそめたが、口元を見ると気分の高揚具合が見て取れた。好感触だと思った晴は手短に葉月の近況を話す。空手部に所属したこと、部員不足に悩んでいること、勧誘に失敗したこと。腕組みして話を聞いていた絵理は話が終わると間髪入れずに口を開いた。

「お断りよ」

 絵理の意地に晴はうんざりする。葉月は会いにこそこないが、来る者拒まずなのに。自分から動くなんてプライドが許さないのだろうか。まずは絵理が張っている意地をどうにかするべきか、それとも葉月のものぐさをどうにかさせるべきか、と晴は首をひねる。

「アタシ、由緒正しい極拳会館の門下生よ? 高校生の空手家ごっこになんか付き合ってられないわ」

 出直してこいとばかりに鼻を鳴らす絵理。頑ななのは空手家としての矜持からのようだった。晴は咳払いし、自分たちも真剣であることを告げる。

「ごっこじゃないのよ」

「?」

「あの子、本当に強くなりたいって思ってる」

 口でならなんとでも、と絵理は肩をすくめて取り合わない。

「理由があるのよ。わたしの剣道みたいな、ね。わたしには話してくれなかったけど、きっとそう」

「ふぅん……」

 こういうときに察してくれるから昔馴染みはありがたい。あとはプライドをくすぐれば陥落しそうだった。

「お願いよエリー。葉月を強くしてやれるのはエリーしかいないの」

 絵理は目を見開き、顔を赤らめる。

「ま、そういうことなら? ちょーっと顔出してやるくらい、やぶさかじゃないわ」

 ふふん、と得意げな絵理。乗せられやすくて助かった、と晴は安堵する。ここまでくればあとは葉月が自分でなんとかするだろう。希望が見えてきた。

「手とり足とりよろしくね。きっと喜ぶから」

「任せなさい。一年で勝てる選手にしてやるわ!」

 絵理は武道館の位置も把握していないというのに意気揚々と晴の前を歩き出す。

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