第3話 正拳突き

 葉月と涼は三メートルほど離れて向かい合い、不動立ちの姿勢になる。

「三戦立ち用意!」

 涼の掛け声と同時に、ふたりは正面に十字を切り、再び不動立ちになる。足は肩幅、拳は腰の手前。

「構え!」

 右足を左足に引き寄せ、くの字を地面に描くような軌道で右足を前に一歩踏み出した。それと同時に息を吐いて全身の筋肉を引き締める。

「正拳上段突き!」

 左手をきつく握って顔面の高さに突き出し、右肘は真後ろに引いて右拳を脇のそばに置く。拳は左手とは対照的に軽く握っているが、いつでも硬く締めることができる状態を保っていた。

「拳を当てる位置は相手の人中だ。もうすこし正面に……」

 涼は構えを一度解き、葉月の拳や肩、腰に触れ、正確な構えになるよう修正した。

「このまま突いてみ」

 涼は葉月の正面に立って手をかざす。葉月は彼女の手のひらを的にし、正確な軌道を描いて突きを放つ。二度目を突いたとき、涼は葉月の後ろに回って彼女の頭を両手で挟むように持った。

「ぶれないように。もう一回」

 頭を挟まれたまま葉月が正拳突きを何度か繰り返すうち、涼はゆっくりと手を離した。

「正拳上段突き一〇本、気合入れて!」

「押忍!」

「一!」

 涼が後ろから数を数えるたびに葉月は正拳突きを打つ。擦れ合う道着の袖は繰り出される拳が仮想敵の顔面を打ち抜くたびに硬い音をたてた。それが一〇度繰り返されると号令がやみ、後ろにいた涼は葉月の横に立って同じように構える。

「ちょっと見てな」

 そう言うが早いか、涼は正拳突きを放つ。その美しさに魅入られた葉月はどこが自分と違うのか、と涼の洗練された技の秘密を探ろうとした。しかし、見れば見るほど自分とは違うように思えた。風を切る拳。仮想敵の顔面を殴ったあとはそのまま流れてしまうことなくぴたりと止まり、破裂音にも似た鋭い音が道着の袖から打ち鳴らされる。

 葉月が感嘆の声を上げると、涼は再び構えを取るように促す。葉月は涼を横目に見ながら同じように動いた。腕の力だけに頼らずつま先から膝、腰、肩、肘、拳の順に流れるようにエネルギー伝達を行い、全身を意識的に使う。突いたあとも気を抜かず拳を止める。その点を押さえておくだけで技の見栄えは格段によくなった。

 涼は葉月の型を見て頷き、最初に立っていた場所に戻った。

「つぎ、正拳中段突き!」

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