第3話芍薬の女優(ピオニーアクトレス)

さる映画女優が死んだのは今から七年前のことだった。美しいブロンドヘアの巻き毛は少女たちの羨望の的となり、彼女の唇を引き立てるピオニーピンクのリップはひときわ注目を集めた。吸血鬼を描いた映画で死せる花嫁の役柄が当たり役となり、棺に横たわり、吸血鬼の口づけを待つ彼女の両手に包まれたピオニーの花束は、彼女の印章となった。血の色に塗られた吸血鬼の唇が、淡くピンクに色づく彼女の唇に触れるさまは、貞淑と純潔の誉れ高い彼女の女優人生のうちでもっともスキャンダラスな場面として後世まで語られた。あのとき官能というものをはじめてこの身で味わったのだと彼女は云った。園芸家たちにこよなく愛されたピオニーを彼女もまた手ずから庭に植え、風薫る五月になると群れ咲く花々の中でほほえむ姿は、さながら妖精のように麗しかった。実際のところ彼女の背に昆虫に似た二対の薄羽が生えているのを見たという者もいた。空を飛ぶにはあまりに華奢で、優美に輝いていたと。彼女の爪もいつも綺麗に手入れされて艶を帯びていたが、そのときばかりは長く伸びて、人間離れしていたように見えたという。あれは瞬く間のいたずらだったのだろうか。映画館で目にした彼女の爪は、たしかに人間のものだったと彼は語った。それから十一年後、三十七歳の若さで彼女はこの世を去った。死因は自殺というのがもっぱらの噂で、ベッドサイドに置かれた小瓶に入っていたローズウォーターからは毒物が検出された。彼女の死後棺の蓋をかぶせる折りになって、弱々しくしなだれた羽が棺からはみ出しているのを神父が見かけたが、その有様は公の記録には残っていない。彼女の美貌は永久に銀幕の中で輝きつづける。


ペーパーウェル お題「包む・贈る・添える」

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