20
母は大きくうなずき、父は少しおどろいたように私を見た。
私自身は父以上におどろいていた。
たしかにしょっちゅうユエホワに向けてキャビッチを投げつけているけれど、自分が本当にあのムートゥー類をやっつけられるとは、思ってなかったからだ。
「彼――ユエホワは、ポピーのキャビッチ使いとしての強さを、今となっては心底認めている。またポピーのまわりにいる、ポピーを守る者たちの強さも同様に。だからこそ、彼はその者たち、つまり人間たちのことを、もっとよく知ろうと努めている」
「ええっ」私はさらにおどろいて大声を出し、
「ああ」父は感動してため息まじりの声を出し、
「まあ」母は憎たらしげにうなり声を出した。
「ほほほ」祭司さまは面白そうに肩をゆすって笑う。「もちろん儂は、彼がどれほど勉強を積んで人間への対策を打ちたてたとしても、人間が負けるなどとはこれっぽっちも思ってはおらん」
「当然です」母はめらめらと燃える炎のように体をゆらした。
「さればこそ、みずから人間という強敵に近づき、あまつさえ言葉や物腰、考え方にいたるまで人間のことについて学ぼうとするユエホワの姿勢に、深い感銘と、喜んで迎え入れたいという気持ちになるのじゃ」
「――」母は、黙りこくってしまった。
父は、祭司さまのお話がつづく間中、何回も何回も、大きくうなずきつづけていた。
「これも、神がそうさせていることなのかも知れん」
「おっしゃるとおりです」父がしゅわしゅわとわき出る泉の水のように体を舞い上がらせた。「私は、ああ、祭司さま、おお、私も」興奮のあまり何をいっているのかよくわからなかった。
「それで、森の中にいる妖精はどうしてユエホワをさらっていったんですか?」
と、私はききたかったけどなんとなくはばかられた。
すごいな。
そう、ぼんやりと思っていたのだ。
これで、ユエホワの味方(というのか)が、三人になった。
まあ祭司さまは確かに、今にして思えば、初めて出会ったときからユエホワに対して、厳しいけれどどこか親しみをこめて接していたような気がする。
それはつまり、もし鬼魔が人間に向かって牙をむいてきたとしても、人間にとっては恐れるようなことじゃないと、自信をもっているからなんだ。
そうか、祖母も、自分に対してユエホワや他の鬼魔たちが攻撃をしかけてきても絶対に負けたりしないから、あんなにユエホワをかわいがったり、ほめちぎったりできるのかも知れない。
父は――闘いになってしまうと危ないかも知れないけれど、鬼魔語まで喋れるぐらい鬼魔についてくわしく知っているという自信が、やっぱりユエホワに対するヨユウにつながっているのかも。
じゃあ、母と私は?
ユエホワを――恐れている?
ううん、そんなことはない。
じゃあ、攻撃されたら勝つ自信がある?
うん、母は絶対そう思ってるだろうな。
私はどうだ?
またあの性悪鬼魔に首をしめられたとしたら、どうする?
そう……まずはリューイの呪文で巨大化させたキャビッチをあいつの顔面にぶつけてたじろがせ、つづけてストレート、いやシルキワスで意表をついて後ろから攻撃し、さいごの仕上げにあごの下からスプーン投げでとどめをさしてやろうか。
「すてきだわ」母が叫んだ。
私ははっと我に返った。
「ははは」父がすごく困ったときのような顔で笑っている。
「うむ。見事な作戦じゃ、ポピー」祭司さまがほめてくださった。
「えっ」私は自分の口をおさえた。「あたし、今なんかしゃべってた?」
「ええ、あの極悪ムートゥー類をねじ伏せる手順をみごとに描いてくれていたわ。もう恐いものなしね。ああポピー、ママはうれしいわ、こんなにたくましく成長してくれて」
「あ」私は顔が赤くなるのを感じた。「あはは」とりあえず笑う。
「でも、だからこそポピーは、天敵だと言いながらもユエホワとあんなに仲良くしていられるんだね」父がそう言って、目を細め微笑む。
「いや」私は首を大きく横に振った。「仲良くなんかないよ」
「でも今回君はみごとに彼を救い出したじゃないか」父は両手を広げてみせた。「友達でなければそんなことはできないさ」
「いや、あれは、おば」
「すばらしい」祭司さままでが声をふるわせて大きく感動した。「かの鬼魔と知り合えたおかげで、こんなにもすばらしい人間の成長というものが広がっておる。神の守護の輝きがここにある」
「わかりました、で、犯人の妖精は今どこに?」と話をひっくり返して元のところに引きずり戻したかったけど、やっぱりそれもはばかられた。
◇◆◇
家に帰り、遅めのディナーのあと、私は父に、妖精についての本を持っているかたずねた。
父は、いつものようにすぐに「あるとも!」とは言わず、「うーん」と天井を見て考え込み「そうたくさんはないけれど、確かどこかには、あったはずだよ。これから捜してみるかい?」と言った。
「もう遅いわ。明日学校があるんだから、またの機会になさいな」母が反対した。
「うん、でも」私はがんばって意見を言った。「妖精のことが少しでもわかった方が、安心して眠れるような気がするの」
「うん、うん」父は理解してくれて何度もうなずいた。
「仕方ないわね」母はふうっとため息をついたけれど「あんまり遅くまでかからないようにね」と少しだけゆずってくれた。
そして私と父は、地下の書庫へ下りていった。
「あのねパパ」扉が閉まると同時に話し出す。「ユエホワから聞いたんだけど、妖精はなにか、たちの悪い力を使うんだって」
「たちの悪い力?」父は目を丸くした。「どんな?」
「ユエホワを、力が入らないようにさせて、動けなくさせて、それでさらっていったんだって」
「動けなく、させて――?」父は口もとに拳をあてて考えこみはじめた。
「マハドゥのカイヒ方法がきかなくて、もっとたちの悪い感じがしたって言ってた」
「ふうむ」父は腕組みした。「さすがユエホワだな。ほんの二回かそこら見ただけで、もう回避方法を探り当てるなんて」
「でも、きかなかったって」私は口をとがらせた。
「ううん……まあ確かに、マハドゥの行使には基本的にキャビッチを使うから、姿の見えない妖精が気軽に扱えるとも思えないしね」
「じゃあ、魔法じゃないってこと?」
「ぼくたちが普通そう呼ぶ力とは、別のものなのかも知れないな」父はシンチョウに答えた。「そういうのが、書いてあったっけかなあ」自信なさそうにつぶやきながら、本の並ぶ棚を見上げ書庫の奥へと進む。
私も棚の、父のいる所とは反対の方向へ走り、はさみ込む形でめざす本を探し合った。
その結果、妖精のことについて小さな文字でぎっしり書かれたぶあつい本が三冊と、どちらかというと子どものために書かれたような、読みやすそうな薄めの本が二冊、掘りおこされたのだった。
「やっぱりまずは、こっちかな」父はそう言って、薄めの本を私にわたしてくれた。
「こっちの本、ユエホワに貸してみてやろうかな」私はぶあつい本を見ながら思いついたことを口にし、いひひひ、と笑った。
「どうだろうね」父も苦笑した。「これはさすがに、彼でも苦労するんじゃないのかなあ」
「もしこれを、文句もいわずにぜーんぶ読んだら、あたしもユエホワのことほめてやるかも」私はまた思いついたことを口にし、けらけらと笑った。
「へえー、そう」
とつぜん頭の上からユエホワが言った。
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