21
「うわっ」
「おおっ」
私と父は同時にキョウガクして天井を見上げた。
「いつのまにいたの?」
「ユエホワ、君大丈夫かい」
「うん」ふくろう型鬼魔はこうもりのように天井にぶら下がっていたけれど、すとんと下におりてきた。「まあ助かったよ、サンキュー」ぼそぼそと言いながら、机の上のぶあつい本の表紙を開いてぱらぱらと中身をのぞく。
「ていうか、鬼魔界へ帰ったんじゃなかったの?」私は目をぱちくりさせてきいた。
「ほら、あの件だよ」緑髪鬼魔は顔を上げてウインクした。「親父さんに、いっしょに行ってもらう件」
「いっしょに?」父がきく。「どこへ?」
「ぜったい、だめ!」私は叫んだ。書庫内の壁に声がひびく。
「俺といっしょに、鬼魔界へ行ってくれませんか」ユエホワは、まだ私の声がわんわんひびいている中しれっとして父にお願いした。
「鬼魔界へ? ぼくが?」父も大きな声を出して壁にひびかせた。「そんなこと、できるのかい?」
「大丈夫です」ユエホワはうなずき、
「ぜったい、だめ!」私はもう一度叫んだ。
「でもぼく、空も飛べないし、箒にも乗れないんだよ。それでも行ける?」父は私の方を見たいけど見ることができない事情があるみたいに、申し訳なさそうな顔をまっすぐユエホワの方だけに向けて言った。
「あ」ユエホワは片目をとじ、まずいことに気がついたときの顔になった。「そうか、忘れてた」
「ほうらね」私は勝ちほこったように胸をはった。
「お前乗せてってやれよ、箒で」ユエホワは私に向かって言った。
「ばかなこといわないで」私は大人の人がよくやるように、肩をすくめながら両手を上に上げた。「あたしは明日学校よ。行けるわけないでしょ」
「そうか」ユエホワは床を見て考え「じゃあ、ニイ類でも呼んでくるか」と言った。
「えっ」
「ニイ類?」私と父は目をまん丸くした。
「うん、あの背中に乗っかって行けばいい」
「おお」父は感動に声をふるわせた。「ニイ類の背中に?」
「何いってんの、そんなの呼んだら町中大騒ぎになるじゃん」私は父が賛成してしまわないうちに現実に引きもどした。「ぜったいだめだよ」
「森の中に呼べばいいだろ」ユエホワは本当に、悪さをすることにかけては天才的に次から次へとアイデアを思いつくようだった。
「だけどニイ類といえば凶暴な性格の鬼魔として有名だよね。それでも君の言うことならきいてくれるというのかい?」父の目は、きらきらとかがやいていた。
「うん、まあね」ユエホワは眉を持ち上げた。「おやつでも与えてやれば言うこときくよ」
「おお」父はますます感動した。「じゃあもしかして、ラクナドン類なんかも同様に、従わせることができるのかい?」
「ラクナドン類? ああ」ユエホワはかるくうなずいた。「そっちの方がいいなら、そうするよ」
「おお」父は目をぎゅっとつむり、両手をかたく組み合わせた。「すばらしい。こんな体験ができるなんて。おお」
「パパ」私はもういちど、父を現実に引きもどしにかかった。「ママになんていうの? ものすごく心配させると思うけど」
「――」案の定、父は大きく息をのんだ。
「大丈夫だって。すぐ戻ってくるから」ユエホワは肩をすくめた。
「こんな性悪鬼魔のいうことなんて」私は、びしっ、と音がするぐらい強く、緑髪ムートゥー類を指さした。「ぜんっぜん信用できないってことだけは、あたし世界中のだれよりも知ってるから。これだけは誰にも負けないよ。本当だよ」
「まあ、なんてことを」ユエホワは両手で頬をおさえて裏声を出した。ぜったいにそれは、祖母のものまねにちがいなかった。
ああ、キャビッチ!
私は書庫の中を大急ぎで見回した。
どこかその辺に、この極悪最低恩知らず鬼魔にぶつけてやるべきキャビッチが、ないか?
あった!
父がブックエンドがわりに本の間にはさんでおいてあるキャビッチが、書棚の上の方に見えた。私はそこにかけてあるはしごに飛び乗った。
「あのなあ、ポピー」ユエホワが私の背中に向かって呼びかける。「いいか、俺はお前の親父に、お前の兄ちゃんになってくれと言われた男だぞ。妹は兄ちゃんの言う事を信用するもんだろが」
「何いってんの」私ははしごのいちばん上から赤い目の鬼魔を見下ろして言った。「兄ちゃんって、じゃああなたはあたしのママから生まれた人なの」
「ばかいうな」ユエホワはいやそうな顔をした。「お前の母ちゃんからなんか、死んでも生まれるか」
「じゃあ兄ちゃんじゃないじゃん」私はどなって書棚のキャビッチをとりあげ床に飛びおりた。
「まあまあ。兄妹喧嘩はやめなさい」父が両手を上げ止めようとする。
「ほらみろ兄妹だ」緑髪が肩をすくめる。
「兄妹じゃない」私はどなってキャビッチを肩の上に構えた。
「わーっ」ユエホワは両腕で頭と顔を隠した。「妹は兄ちゃんにキャビッチをぶつけない!」
「妹じゃない」私はキャビッチを投げた。
「ポピー」父がユエホワの前に立ちはだかってかばおうとした。
けど、キャビッチは父に当たらなかった。
その寸前で、ふっと消えたのだ。
「あいたーっ」そのかわりユエホワが父の向こうがわで身体をのけぞらせ、悲鳴を挙げた。
「えっ」父がびっくりして振り向く。
「痛いわけないじゃん」私は腰に手を当てた。「相当手加減したし」
「おお」父は私と、お尻を押さえてしゃがみ込むユエホワを交互に見た。「シルキワスか! 本当に使えるようになったんだね、いやあ見事だ」笑顔になる。
「痛えよ充分」ユエホワは顔をしかめながら立ち上がった。
「ポピー」父は突然、私のもとへきて私をぎゅっと抱きしめた。「ポピー、どうか今回だけ、パパの希望をかなえてくれないかな。ぼくの職業は知ってのとおり鬼魔分類学者だ。こんなチャンス、今をのがしたらもう二度とめぐってこないかも知れない。ぜひ、行ってみたい。鬼魔界というところへ」
「でも、パパ」私は首をふった。「危ないよ。危険すぎるよ。パパがキャビッチ投げとかできるんならまだいいけど――あ」私はふと、あることを思いついた。「そうだ、ママといっしょに行ったらいいんじゃない?」
「えっ」
「ええっ」
父とユエホワが同時にびっくりした。
「いや、それはだめだよ」父はすぐに首をふり、その横でユエホワがほっと胸をなでおろした。「ポピーが家でひとりぼっちになってしまう」
「だいじょうぶだよ」私は口をとがらせた。「あたしもう、十三歳だよ」
「いや、そうじゃなくて、あの“妖精”のことさ」父はまた首をふった。「ぼくもママも留守にしてしまったら、万が一ポピーをさらいにあの妖精が来た時、君を守る者がいない」
「あ」私は一瞬納得したが、大急ぎで代わりの案を考えた。「じゃあ、おばあちゃんは? いっしょに、キー」
「ぜったい、だめ!」叫んだのはユエホワだった。「それだけは無理! 無理無理無理!」
「なんで?」私はきいた。「おばあちゃんが鬼魔界をメツボウさせるから?」
「いやその前に」ユエホワは首をふった。「あの人つれてくだけで、俺が陛下にぶっ殺されちまう」
「あはははは」私はお腹をかかえて笑った。「陛下に『次は負けぬ』って言えばいいじゃん」
「しゃれんなんねえし」ユエホワは眉をしかめながら苦笑した。
「楽しそうだなあ」父が何度もうなずく。「でもポピー、本当に今回だけ、ぼくの悪運の強さを信じて欲しい。ユエホワのことも」真剣な顔でもういちど私に言う。
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