第12話 第一の封印解除


{アイオーナ・パート}

「必殺! 分身(ぶんしん)星(ほし)祭り(まつり)!」

彼は様々な形の妖神の眷属を斬り、象牙色の石で四方を囲まれた墓所の通路を進んでいた。後ろからたどたどしい空中浮遊で赤と白のフーストが彼の後ろを付いてくる。

「ア、アイオーナ様。おまちください」

「これが待っていられるか!」


数分前に再度オマエ・モナーの第一封印墓所に入った時はわが目を疑った。赤の扉の向こうにあったのは青々とした麦畑のただ中ではなく、様々な形の妖神の眷属モンスターが暴れまわる殺伐としたコントロールルームの光景だった。おそらくは眷属によって立体ホログラフィ装置を破壊されたのだろう。造りはサイロのコントロールルームと同じだが、あちこちの機器が眷属によって破壊されてゆく。アイオーナに気がついた眷属たちは触手を伸ばし近付いてきたが、もはや彼にとって眷属らは敵ではなかった。

「必殺! 分身(ぶんしん)旋風(つむじ)斬り(きり)!」

アイオーナは様々な必殺剣を駆使してコントロールルームにいた眷属をまとめて斬りすて、眷属の触手にからみつかれ死にかけたフーストを救出した。

「アイオーナ……様」

「どういうことだ?」

「妖神です。彼が神の使いのあなたの反応を嗅ぎ付けて、ワルディスクに残存している眷属の全部隊を投入してきたのです」

「うわわわーっ。おたすけーっ」

悲鳴と共にドアが開かれ、赤いフーストが転がるように入ってきた。

「サイロのコントロールルームにも敵が侵攻してきたな」

「よっ、よくご存知で……」

「フースト」

「はい?」

アイオーナの呼びかけに白と赤のフーストが一緒に応じたので、彼は改めて、

「白のフースト。封印はどうやって解除するんだ?」

「ここから解除できるハズでしたが……」

「こいつらに破壊されたのだな」

「その通りです。オマエ・モナーの妖力が封印されているのはここからさらに地下に入った通路の先ですが……」

「既に敵が入っていると」

「あっ、はい確かに」

フーストの答えに対し、彼はハスキーボイスのため息。

「ユルユルのセキュリティだな」

「せっ、せめて『対策パッチが間に合わなかった』と言ってください」

天井から異音がする。アイオーナが見上げると、破壊された通気孔からいく本もの黒いヌメヌメした触手がのたうつところを夜目で確認できた。

「こんなところでコントやっている場合じゃない!」

彼は先程、白のフーストが指し示した階段にむけて走り出した。階段に来たところで振り返りフーストたちを見やると手を差し出す。

「おまえたちも早く来い!」


{ショボ・パート}

気を失ったショボを覚醒させたのは皮肉にも耳をつんざくような妖神の咆哮であった。頭が痛み、血の匂いが鼻につく。鼻から額、頭にかけてなにかの液体の感触がする。ゆっくりと瞼を開ける。オレンジ色の非常灯が眩しく、目をしばたかせる。液体の正体は鼻血であった。しかも身体は逆さまになっており、シートベルトによって”吊られた”状態になっている。

「くそっ、ざまあねぇな……ヒィル……よし、止まった」

ショボは鼻を押さえ、簡単な治癒呪文を唱えて鼻血を止めた。それからスリープモードのモニターを復帰させてサイロの体勢を整えようとする。ジョイステックを引いて上昇させ、上下が逆さまになったサイロをゆっくりと回転させていく。

「反重力装置はなんとか生きていてくれたようだ。それとも修理用ポッドのデキがよいのかな?」

サイロは墜落する前の姿勢に戻った。だがサイロの下部には直径四メートルもの大穴が開いている。第三者カメラを動かすと、大穴の中で数十体もの黄色いピンポン玉のような物体がめまぐるしく動いているのが確認できた。仮想世界であるからこその第三者視点。

(良い修理用ポッドを入れているな……、ところで)

「妖神はどうなった?」

後方カメラに映し出された妖神は頭を抱えて苦しんでいるように見えた。そして再び咆哮。

「はっ、早く裏切り者を始末……しろ……早く……」

妖神はバリヤーを展開させたまましゃがみ、どこかにいる眷族に命令しているようだ。


(どうやらアイオーナではなく、身内に出た裏切り者とやらが奴へのエネルギー供給を絶ったというのか? と、いうことはアイオーナのいる封印墓所が裏切り者に襲われているのだろうか)

「いずれにしてもさらに時間を稼ぐ必要があるな」

ショボはジョイステックを前に倒して前進しようとする。

“キリリリリッ、キュイイイイィン”

「?」

サイロは前進しない。ショボはジョイステックをニュートラルに戻し、前に倒した。

“キリリリリッ、キュイイイイィン”

前進させようとしても、ただ床下からの異音がコックピット内に反響するだけであった。

「おいおいおいおいおい、おい、マジかよ!」

サイロは壊れたまま空中を浮遊するのみ。



{アイオーナ・パート}

彼は玄室への木の扉を蹴り破り中に入った。そこは五十メートル四方の大きな石造りの部屋であった。床から天井へは八メートルはゆうにあるだろう。部屋を支えているのは四本の胴回り三メートルはあろうかという円柱。天井の中心へ紫色の光が、白い光の粒と混ざり合い昇ってゆくのが見える。紫色の光の元を辿ると部屋の中心にある台座と繋がっている。その台座を守るようにして三つの水晶球が浮遊しているのが見える。白いフーストが口を開く。

「あの台座の後ろにも水晶球があります。四つの水晶球を破壊すると封印が解けてオマエ・モナーの妖力が解放される仕組みです」

「わかった」

アイオーナは前方の水晶球に向けて駆け出す。

だが何か黒いものが動いた。

「!」

彼は本能的に後方へジャンプした。黒い触手が空を切る。

「誰だ!」

水晶球の影がゆっくりと起き上がり上へ上へと急速に伸びていく。

「我が名はカルフール。この妖力は誰にも渡さん」

遂に影は実体をおび、眷属と同じモンスターの形になった。違う点があるとすれば身長は三メートルもあろうかという巨体と、顔面には白い女性の顔が浮いていることであろうか?

「妖神の手先か?」

レイピアを握りなおしながら。

「違う。我は妖神を越える邪神になるのだ」

少しバスをおびた女性の人口音声が巨大な室内に響く。カルフールの右の触手は台座へと伸びたままだ。

「はぁ?」

「七分前まで我は妖神のコントロール下にあったが、この妖力に誘われ、触れた。その途端に我に力が漲り、コントロールから抜け出せたのだ」

「コントロールから抜けたのならいい事じゃないか。そのままワルディクスから出て行けばいい」

「そうはいかない。我こそ妖神を越える邪神になるべき存在なのだ。この妖力に触れ続けてさえいれば我はさらに質量と共に知能と力が増加し、妖神を越えることが出来るのだ」

「聞いてらんないよ」

アイオーナは前方へ駆け出した。

「邪魔をするなら我が相手だ!」

カルフールは空いた左の触手でアイオーナの腹にめがけ突こうとするが、アイオーナは右に避ける。先端が尖った触手はむなしく空を切る。アイオーナは目標めがけて上段から斬る。

「ひとつ!」

水晶球のひとつが真っ二つに裂かれ、破壊される。

カルフールはさらに触手を動かすが、スピードに優れたエルフ族を捕らえることは至難の技であった。

「ふたつ!」

アイオーナは台座の奥にあった水晶球を突いて、粉々に砕く。邪神をめざす眷属の悲鳴が上がる。

「んぎゃやぁぁっ!」

カルフールの一本の触手が二つに分かれ、二つの方向からアイオーナを目指すが触れることができない。


「なあ、邪神目指すのやめたら? みっつ!」

三つ目の水晶球を破壊。

「おのれ!」

カルフールは力を溜めたかと思うと触手をさらに分割させた。最後の水晶球はこの化け物の裏にあった。アイオーナは数歩後ずさりし、様子を見ている。

「どうだ! これぞ百ノ触手。今度こそ貴様を捕らえてくれようぞ」

「どうだか、数えたけどおまえの触手は三○本ほどしかないよ」

アイオーナは急に踵を返して、相対するカルフールとは逆の方向へ向けて走り出した。化け物は三○本ある触手のうち、十本を彼の背中へ向けた。

「遅い」

アイオーナは向き直ってレイピアを振り、十本の触手をまとめて両断した。それから台座の向こうへと廻り、一気にカルフールの裏側へ走り掛けるが……。急に何かに掴まれたかと思うと、彼の視点が急回転した。

「かかったぁ!」

喜ぶ化け物の声。なんと地面からいく数十もの触手がアイオーナの両足を捕らえ、持ち上げたのだ。

「さあ、このまま引き裂いてしまおうか? 苦しみの果てに死んでもらうか? それとも我に……」

「どっちもお断りだ!」

目標に向けてレイピアを投げた。だが……。

「えっ……」

「び、びっくりさせやがる」

水晶球の斜め上にレイピアは刃の半分まで刺さっていた。何も起こらない。カルフールは横目を見やり水晶球の無事を確認すると、彼の両手を触手で縛って拘束し、残りの触手全てでアイオーナに襲い掛かろうとする。

「まずはそのテクスチャーを剥いでくれようか? いつでもログアウトしてもよいのだぞ、ふふふ」

「くっ」

アイオーナは触手の妖の手から逃れようと身もだえし暴れたが、両手を硬く拘束されいるため思うようにいかない。こんな彼でも誰かが近付いてくる気配は感じていた。


「やい! ウィルスモンスター、こっち来い!」

「ん?」

カルフールの向いた数メートル先には白いフーストがいた。


「やい! ウィルスモンスター、次はオレ様が相手だゾと」

悲しいかな弱小モンスターがいかように怒鳴っていても迫力に欠けていた。

「貴様ごときになにができる」

カルフールはアイオーナを拘束している触手のうち三本を離し、フーストにさし向けた。だがフーストは触手から逃げ回り、捕まえられない。遂にフーストは触手の届かない部屋の入り口まで逃げることに成功した。彼はカルフールを挑発する。

「やあい! 鬼さんこちらーっと。さあ、台座から手を離してここまでおいでー」

「ぐぬぬぬぅ……」

カルフールは悩み苦しむ。台座との接触を離せば、自分を挑発するフーストに相応の罰を与えることが出来る。だが触手を離したとたんに妖神に妖力が戻り、また眷属を寄越してくるに決まっている。とはいえこのままフーストをほおっておけば挑発が続く。カルフールのプライドにヒビが入ろうとしていた。

「どーしたのかな? オレ様が怖いのか? それとも触手を離せば妖神のコントロール下にいる仲間が来るから、あいつらと戦うことになるのが怖いのか?」

「ぬぅ……」

「どっちかなー? どっちかなー?」

フーストの挑発は激しさを増す。ベロを出して腰(?)を振って踊り、遂には風船の後ろをカルフールに見せて振り始め……。

「ヌガアァァァッ!」

遂にカルフールの怒りの鼻緒が切れ、台座から触手を離し、走り始めた。

「コロスコロスコロスコロース」

顔を真っ赤にして、アイオーナを捕らえたまま……。


{ショボ・パート}

彼はアイオーナを信じていた。だからこそサイロにこもり、妖神に向けてありったけのミサイルを発射したのだ。妖神はこれで消えたかと思うほどの爆発が起こり、周囲は炎上した。だが、炎の中で黒い人型がうごめいたとき、ショボは眩暈がした。希望は失われたのだ。

「くそっ、途中でエネルギーが戻ったのか?」

ショボがサイロに入ってきた隙間から黒い煙がコックピット内に入ってきた。ショボは換気装置をかけたが間に合わない。

「げほっ、げほっ」

あっというまに視界は真っ黒に染まった。呼吸が苦しい。換気装置のレベルをMAXにして息を止めて換気が完了するのを待った。と、同時に後方のカメラを確認……。

すさまじいまでの音量での咆哮。ショボの鼓膜が破れそうになる。

サイロの後方カメラの前に妖神がいた。鼻からも口からも紫色の血を流し、サイロを見下ろしている――!

「ショボ、おまえは神々の手先としてよく戦った。だが……」

妖神は再び両眼の赤い目を金色に光らせた。

奇怪な音と共に、オレンジ色の光の粒子が二つの目の周りに集まってくる。

「ショボ、このまま消滅しろ! 忌まわしい記憶と共に!」


{アイオーナ・パート}

白いフーストは来た通路を急いで戻る。飛びながら彼は部屋に残った赤いフーストがうまくやってくれると信じた。

「コロスコロスコロスコロース!」

顔を真っ赤にしたカルフールとフーストとの距離が縮まる。焦るフースト。だが、彼の前方に黒い馬に乗った黒い甲冑騎士が三騎も現れた。乗り手も馬も光沢のある黒一色に染められた三騎は走り始め、馬の四肢に打ち込まれた蹄鉄が床に当たる軽快な音と共にこちらへ向かってくる。

「しめた!」

白いフーストは上空へと逃れたが、百本もの触手を広げ、体長が三メートルもあるカルフールにとってこれは思いがけない事態になった。カルフールの悲鳴が通路内に響く。

「きゃあああっ!」

三騎の騎士のうち、真ん中の乗馬騎士がカルフールの胴体に突き刺さり爆発した!

   ×   ×   ×

その頃、部屋の中央に向けて黒い影が動いた。

「しめしめ、鬼のいぬ間に……」

言葉を発した影は赤く明滅したかと思うと、そこから赤い風船、もといフーストがにょきにょきと出てきた。床から飛び出た赤いフーストはレイピアが突き刺さった水晶球を見上げ、ひとりごちた。

「けど、腕がないボクに何ができるっていうんだ?」

とりあえず赤いフーストは上に向かって空中を泳ぎきり、レイピアの握り部の上に乗ってみた。

「このまま体重をかければ、これって割れるのかなあ……」

赤いフーストは下に向けて体重を落とすが、何も変化が起こらない。

通路の方で馬が走る音がする。フーストはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)の共有データベースを検索したが、記録されているSEデータにはない蹄鉄音だ。その時点で常に進化するウィルスモンスターの可能性が高い。

「乗馬するウィルスモンスター? まさか……」

通路の奥で爆発の音と光が発生し、爆風がこちらにもやってきた。

「うわっ!」

強風にふきとばされる赤い風船。

   

「いたたた……」

気がつくとアイオーナは傷だらけのまま通路に倒れていた。視線の向こうにはカルフールであっただろう黒い物体の上で炎上を続ける硬直した黒い馬と、停止した二つの黒い騎士と馬の影。

「い、急がないとショボが……、妖神に消されて……しまう」

彼は全身の痛みをこらえながら立ち上がろうとした。それに気がついた騎士の一人が甲冑のプレートどうしがぶつかる音を立てながら、こちらへ走ってくる。

「な、何者だ?」

だが黒い兜は何も答えを返さないまま、アイオーナのもとへ駆け寄ると、彼の首をむんずとつかんで上に持ち上げる。彼の首が締め上がり、肺に残った空気は一気に吐き出される。

「ぐえっ!」

アイオーナの意識が無くなりかけるその時、上から白いモノが落ちてきた。

「オレが相手だ!」

フーストが騎士とアイオーナの間に割って入るが、騎士の平手打ちにフーストは横に飛んだ。だが、次に騎士の視界が捕らえたのは、人のコブシだ。

アイオーナが放った渾身のストレートパンチは的確に騎士の兜を捉え、兜は奥へ飛んでいった。え、兜だけ?

「うわわわわっ」

すっとんきょうなアイオーナのハスキーボイスが通路に響く。

騎士には“頭”が存在しなかった。首から下は依然としてそこに立っている。それを見たアイオーナはびっくりして後ずさる。彼の視界の横にはもう一人の騎士が馬に乗る場面。

「に、逃げるです」

彼が足元を見ると、転がったフーストが再び浮遊を開始しているところであった。アイオーナは浮き上がったフーストを抱き、再び部屋に向かって走った。走りながらフーストに質問する。

「あ、あれはなんだったの?」

「妖神眷属のデュラハンタイプ、バージョン不明のモンスターです。首が無く自爆します」

「そのデュラ~ってどうすれば倒せるの?」

「不明です。過去に対ウィルス部隊が削除しようとしましたが、彼らには一切の武器、妖術が効きません。逆に彼らは自爆し、その部隊は全滅しました」

「要はそいつらをコントロールしている妖神さえ倒せばいいんだな」

デュラハンが追ってくる。フーストを抱いたアイオーナは横に跳んだ。相手は彼を追い越して一足先に部屋に入ってしまった。

「まずい! 台座に触れられると……」

「カルフールと同じことになるってことだろ!」

彼はフーストを抱いたまま全速力で走り、追いつこうとする。だがデュラハンは部屋の中の赤いフーストを見つけるや追いかけはじめた。追いつけない。

「くそっ!」

「いえ、水晶球を見てください」

アイオーナが最後に残った水晶球を見たのと、水晶球の崩壊が始まったのはほぼ同時であった。

レイピアは水晶球を貫き通し、水晶球は砕け散った。

「やった!」


部屋がゆれ始め、下から突き上げるような地響きが始まる。

異変を察知したデュラハンは手綱をたぐり、馬を急停止させた。追われていた赤いフーストは部屋に戻ってきたアイオーナが手招きしているのを見てとり、急ぐ。

「赤いフースト! こっちにこい」

レイピアを回収したアイオーナは銀貨を頭の上にかざして、エンダードアの呪文を唱え始めた。

「ヒルズの頂点に君臨するメド神よ、我と我らをホマツ国バエン王宮前に転移させよ。我の願いが叶うのであれば、貴方の望む目玉の買収資金の一部を与え奉らん」

すると彼の頭の上の何もないところに直径三○センチ大の青い色のゴム製のような球体が出現した。球体はふわりとアイオーナの胸のあたりまで降りてくると、銀貨が丁度入りそうな長方形の穴を見せながらカワセミのような掠れた鳴き声をする。これがメド神なのか?

『しぃーしぃーしぃーしー』

彼が銀貨を入れると、球体はゴムのように縦に伸び、青色の四角い扉となった。チョコレート板のような台形が整然と並んでおり、青地に目立つ金色のノブが早く掴んでほしいと自己主張しているように見えた。

「行くよ」

アイオーナはそう言ってノブを回すが、彼に抱きかかえられていた白いフーストはそれを拒否するように身体を横にゆらす。

「アイオーナ様、我々にかまわずに行ってください」

「何言っているの? もう三人分の代金は払っているんだ。赤いのも早く」

「はっ、ハイ」

赤いフーストがアイオーナの差し出す手に触れる刹那、台座の中で封印されていた“それ”は眩い光を発しながら台座を形作るブロックを内側から破壊し、上昇しようとしていた。アイオーナが目を凝らすと“それ”は発光する白い球体状の物体に見えた。

(モナキーンの尻尾と同じ……そうか、あれが妖力の源だったのか)

目を赤いフーストの方に転じると、彼の後ろ四メートル先に黒い馬に乗ったデュラハンが静かにこちらを見下ろしていた……首がないのにそう見えた。天井を支えていた柱が崩れ始め、部屋の崩壊はますます進むのになぜ私たちを見続けているのだろうか?

(気持ち悪い奴だ)

アイオーナはノブを押して青い空間に一歩を踏み出した。その時、バスがかかった女性の人工音声の悲鳴が響く。

「待て! 力を返せ!」

「カルフールだ! 早く」

白いフーストを抱いたアイオーナは赤いフーストの手をぐいと引っ張り、そのまま彼らは青い空間に入っていった。

青い扉は勢いよく閉まる。

その直後、部屋に残っていたデュラハンは己の目的を達成するため部屋に入ろうとした傷だらけのカルフールに向けて走り始めた。

「フフフフ……、貴様も吸収し、我が野望の踏み台にしてみせよう。ハーハッハァ!」

デュラハンが赤く発光し、触手を伸ばしたカルフールの懐に突入するのと、青い扉が消滅するのはほぼ同時であった――。


{ショボ・パート}

彼はまだアイオーナを信じていた。だからこそ隙間ができたサイロのスピーカーから這い出て、サイロの屋根に登り立ち、最後の抵抗を試みようとした。

「ま、待ってくれ! 降参だ」

「降参? 何を今更」

「そうだ。今更遅いかもしれない。だがな、いいか!」

ショボは胸を張り妖神の顔を睨みつけ、指をさし、言葉を続ける。見上げると妖神の両眼から発せられるオレンジ色の光がみるみるうちに薄くなっていく。思ったとおりだ。

「俺を消去すると、貴様はずっと自分が作ったこの結界に居続けなければならなくなるぞ」

「ショボ! おまえなど居なくても対ウィルス部隊やエージェントなど敵ではないわ」

「どうかな? 結界を張った貴様なら、外にいる対ウィルス部隊の総数は把握できているハズだ。サポートのドラゴン騎士団たち、ペガサス・エージェントの数はおそらく二○○騎を越えている。無傷でここを出られると思うか?」

「黙れ、黙れ! おまえの『力』に頼らずとも俺は……」

再び妖神の両眼に光が集まりだす。だがショボは退かない。逆に両手を広げて挑発の言葉を投げかける。

「無限の複製と拡散する歓喜!」

「!」

「それがウィルスの本質なんだろ?」


”――”

どこからかノイズが聞こえ、そしてショボが待っていた時がきた。妖神の意思とは裏腹に彼の両眼は点滅をはじめ、黒い身体のそこかしこに現れていたオレンジ色の光は消失した。

「あ、あ、あ、あれッ?」

妖神は言葉を発しようとしたが言葉にならない。

「あれッ? あれェへれ――」

妖神は膝を屈し、そしてそのままサイロに寄りかかるように倒れはじめた。あまりに突然のことだったので、ショボはサイロの屋根から飛び降りるしかなかった。

天地をつんざく地響きの音と共に、大量の土煙とホコリと瓦礫が舞い上がる。


{アイオーナ&ショボ・パート}

白い霧の中。

数時間前までバエン王宮であった一部の瓦礫と霧が舞い上がり、空間に魚眼レンズのような歪みができたかと思うと、歪みから奇妙な鳴き声があたりに木霊した。

『しぃーしぃーしぃーしー』

ひとたび鳴き声がやみ、次の瞬間にはその場所に青い扉が出現した。ガチャリと扉が開き、中からアイオーナと二匹のフーストが出てきた。扉は自動的に閉まり消滅する。


アイオーナはあたりを見回し、疑問を口に出す。

「なぜこんなに霧が出ているのだろう?」

「いえ、これがこの国の本来の気象です」

白のフーストの答えに、赤のフーストが補足する。

「ホマツ国は元々霧に覆われた国です。それを妖神が結界を作って霧の出入りを防いでいたのです」

「なるほど。と、いうことは」

「妖神は倒れました。ミッション・コンプリートです」

「アイオーナ様、おめでとうございます」


風が吹いてきた。風はアイオーナの白銀色の髪をなで上げ、なびかせる。彼が何かの気配を感じ、上空を見上げると、八体のレッドドラゴンがロープでがんじがらめにした全長五○メートル以上の黒い塊を持ち上げて飛翔していた。

強き皮の翼を持ち、赤い巨躯に大蛇のごとき長首を備えたレッドドラゴンたちは予想外の相手の重量に苦しんでいるらしく、首を曲げ息も絶え絶えに翼を動かし、飛んでいる。


「ショボは?」

「おーい!」

アイオーナが声のしたほうへ首を向けると、今度は空を滑るように滑空する白く輝くペガサスが視界に入った。ペガサスに乗る白銀の甲冑をつけた騎士の後ろに、真っ黒いススで汚れた懐かしい顔。思わずアイオーナの顔がほころぶ。

「ショボ!」

彼はペガサスが着地しようとする城壁の残骸に乗り、ショボを待った。やがてゆっくりとペカサスは残骸に降り立つ。


「ショボ!」

アイオーナはペガサスから降りたばかりのショボに抱きついた。

「おい、ススがつくぞ」

「かまわないさ。君が無事なら」

「ショボ殿?」

ペガサスの騎士がショボを呼ぶ。やれやれ。ショボは片手を挙げてアイオーナがじゃれるのを止めた。

「悪いが最後の仕上げだ。妖神を爆弾で消去しなけれゃならん。手伝ってくれ」


三○分後、鎖にがんじがらめにされてひと回りほど小さくなった妖神は、レッドドラゴンたちによって妖術師たちが指定した場所に降ろされた。アイオーナにはそれが哀愁漂う敗残の黒い塊に見えた。

その間、ショボは仮設テントの中でサポートから派遣された妖術師クラウディアに、妖術による体力回復とクリーニングを施された。


「アイオーナさん、ショボさんを止めてください!」

仮設テントから出てきたショボを追って、大きな乳房をゆさゆさと揺らしながらクラウディアは彼を引きとめようとする。テントの外で待っていたアイオーナが駆けつける。

「どうしました?」

「この人、またサイロを操縦して直接妖神を消去するってきかないのよ」

「離してくれクラウディア。俺はこの手で直接仲間の仇を討つんだ」

クラウディアは腰まで届く金髪をなびかせながらショボの前に立ち、彼の顔を見つめながら説得しようとする。アイオーナから見てもクラウディアは絶世の美女の風格を備えており、むっちりとした肉体を覆う紫色のレオタードは男性の性欲をもてあますのに充分な色気をかもし出していた。

「もう現実の肉体での限界時間を越えているわ、“一度手がけた仕事は最後まで責任を持ってやり通す”というサムライ根性は尊敬するけど、ログアウトしないと危険なのよ!」

「ショボ!」

「どいてくれ! 俺が奴に引導を渡す。それに俺は睡眠を取ったハズだ」

「いくら小細工していても、システム側はきちんとあなたをモニターしていたのよ」

「クラウディアの言う通りだ。ショボ、もういいだろ」

止めようとするアイオーナとクラウディアを押しのけて、彼は右肩を左手で押さえながら前に進もうとする。そこへ男の声が飛んできた。

「うらやましい奴だな! 美人二人をソデにできるなんて」

「その声は?」

霧の中から白いプレートアーマーの騎士が現れた。肩まで届く真っ青な髪と、顎下に真っ青な髭を垂らし、青い目をしている。風もないのに青いマントが波打って動いていた。


「ミナクス!」

「久しぶりだな、ショボ」

ミナクスと呼ばれた騎士を睨むショボに対し、クラウディアは片方の膝を屈してその騎士にうやうやしく挨拶した。

「ミナクス様」

「ミナクス?」

きょとんとして立つアイオーナに、赤のフーストが囁くように注釈を入れる。

「エージェント・ミナクス様です。このゲームを作った統括リーダーであり、ゲームマスターであり、ビーダッシュ社の取締役部長です」

仮設テントの周りにいるサポートの兵士たち……転じてビーダッシュ社の社員たちは、自分たちの上役が突然現れたことに戸惑いを隠せないようだった。

「ミナクス様」

「エージェント・ミナクス」

“ざわ、ざわ――”

「皆の者、私にかまわず持ち場に戻れ!」

凛としたゲームマスターの喝で、社員たちは自分たちに与えられた役に戻り、作業を続けた。


「その姿、またチートを使ったな?」

「私はまともに時間を取ってゲームできるほどヒマではないのでね。これを本業にしている君とは違うのだ。仕方なかろう」

ミナクスに食って掛かろうとするショボをアイオーナが止めた。

「ショボ、妖神を倒すのだろ。敵の挑発に乗るんじゃない」

「テキ、敵? この私がか」

そらきた。今度はミナクスがアイオーナに挑発される番だ。

「そうだよ。今は“フォルトレー戦役”下にあるけど、本来の私たちの仕事は“不正ユーザーの撃退”並びに“ウィルス・トロイ・ワーム系モンスターの消去”だ。疑うなら雇用契約書の写しを見るかい?」

ミナクスは手と首を振り笑う。

「いや、はははははッ。こいつは一本取られたな」

「そういうことだ。俺が今ここでダミーと切り替えていたら、貴様の首は胴体とお別れしていた。そもそも貴様がイレギュラーな妖神を利用して、このイベントを組み込んだのだろうが」

「そうだ! あんたのせいでたくさんの人が死んだんだ」

アイオーナも同意する。

「おー怖。わかった。用件を伝えたらセーブせずにログアウトさせてもらうよ。あとアイオーナ君。ここは“本当の死人の出ないゲームの仮想世界”であることをお忘れなく」

そう言いながらミナクスは腰に付けた巾着袋を取り広げ、アイオーナにとって見覚えのあるモノを取り出した。

「あ、それはサイロのコントローラー」

「その通り。カモーン!」

ミナクスが叫んだ直後、彼の後ろで霧を弾き飛ばしながら、巨大な白い直方体が静かに降りてきた。

スピーカーから、ノイズが混ざった事務的な女性の声が響く。

『当方は……アンチウィルスソフト、“サイロ3”バージョン1・1……当方から三百メートル圏内に邪神クラスのウィルスを確認……解析中』

「バージョンアップさせたのか」

驚くショボに対し、ミナクスは頷く。

「君たちが戦っている間、サイロの開発スタッフは昼夜をかまわず働き、対妖神用の装備と爆弾をバージョンアップさせていたのだよ」

「そうだったのか」

「前のバージョンの爆弾を爆発させても、ウィルスは完全に消えない可能性があったからね。もっとも、それ以前のバージョンは妖神を眠らせて封印するのがやっとの性能だったな」

『解析完了……制作者名“ディープスロート”。邪神シリーズの改造型と確認……消去を実行しますか?』

「ハッカーK.Aが作ったのじゃなかったの?」

アイオーナは新型の解析結果に驚きを隠せなかったが、ショボは冷静だった。

「おそらく制作者名を詐称させていたのだろう。本物のハッカーK.Aは今、ネットの繋がらない宇宙ステーションにいるからな」

空にはいつの間にか銀色に光り輝く翼を持つ鷹が滑空していた。

ミナクスは上空に向かって叫ぶ。

「オペレータ。聞いての通りだ。通報したまえ!」

「イエッサー!」

鷹は凛とした女性の声を出して消えた。


「さあ、ショボ君。君の手で引導を渡してやりたまえ」

ミナクスからコントローラーを手渡されたショボは、倒れた妖神であった黒い塊を見て、ひと呼吸置いてから黄色のボタンを押した。


サイロはゆっくりと移動を開始する。風がゆるやかに吹いていた。

「では、さらばだ」

ミナクスは数歩後ろに下がり、耳の後ろのスイッチに手をかけてログアウトを開始した。

「エージェント・ミナクス! おまちください。せめて記念写真を……」

クラウディアはこの世界でのカメラにあたる映写機を持ってミナクスに追いすがろうとしたが、笑顔の残像を残してミナクスは消えた。


「やっと……、俺たちの旅が終わる」

「うん……」

「あ、そうだ。霧の谷で会ったモララーへの報酬どうしよ?」

「一期一会だ。どのみち“フォルトレー戦役”のシナリオ内ではもう会えないだろ。システム側が必要ならば次の戦いで会えるかもな」

ショボはアイオーナの肩を抱き二人は見つめ合う。

クラウディアは何を思ったか、映写機を二人に向けて写真をとりはじめ、アイオーナにはシャッター音が五回ほど聞こえたが、振り向くとそこには彼女と仮設テント、二匹のフーストまでいなくなっていた。


二人は周りの人々の好意に甘えた。


それから二人は一緒にセーブし、ログアウトした。


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