第10話 封印墓所と妖神


 {アイオーナ&ショボ・パート}

 「スバル神よ、この者に今一度“生”を与えたまえ、リメーイカン!」

 アイオーナが挙げた右手の手のひらからスズメ大の白い鳥が出現し飛び立ち、眼下のショボの胸の周辺を時計回りに旋回し続ける。白い鳥は淡い光を放ち、ショボの顎にある生えかけの赤いヒゲを照らす。アイオーナはプレイ時の肉体が男性にもかかわらず、プレイヤーである女性自身の想いに支配されようとする。

 (キス……したくなっちゃった……)

 アイオーナはかがんでショボの赤毛を掻き分けて顔を見つめた。キスしようにも自らが召喚した白い鳥……スバル神がジャマだ。だがスバル神をここで追い出してしまうと二度とこの場での復活はできない。つまりはこのクエストが終わるまで再会することができない。

 “ドーン!”

 地響きが激しくなっている。早く行動しなければ遺跡共々キャラクターがロストしてしまう。アイオーナは唇をぐっとかみ締め、立ち上がる。

 「ショボ、待っていろよ。必ず妖神を倒すからな!」

 と、踵を返してショボが自らの命と引き換えに開かせた岩扉……赤、青、黄色、黒などの原色で彩色された奇妙な記号が羅列された妖文様の踊る扉……人一人しか入れそうも無い隙間に入り込んだ。

 扉はアイオーナを飲み込むと自動的に閉まった。罠か? 後ろを振り返ると扉がない。あんなに分厚い扉なのに。

 「赤の扉……」

 「緑の扉……」

 果たしてアイオーナは暗闇の中にひとり立ち、彼は数メートル先にある赤く光る扉と緑色の光を照らす扉を見た。妖神が起こす振動はこちらに伝わってこない。ここは異空間なのか?

 彼はショボの言葉を思い出す。

 『いいか、俺の屍を越えて中に入ったら、真っ先に赤い扉を開いて滅菌室に入れ。滅菌が済んだらその先のコントロールルームでサイロを召喚して、ターゲットに向けてボタンを押す。あとは自動処理だ。いいな』

 彼は意を決して赤の扉に近付き……金色のノブを掴んで回し、押す……開けた。


 “ざわわ、ざわわ、ざわーわ……”

 「はっ?」

 アイオーナは青々とした麦畑のただ中に立っていた。麦が風に揺れ……竪琴の音色……低く穏やかに……流れ、耳に心地がいい。フルートの音も混じる。

 (フルートの音!)

 思い出した。ここはモララーが閉じ込められていたと同じ幻想の閉鎖空間だ。ということは……。

 「誰か! 誰かいるのか?」

 人の気配がない。だが何かがいる。アイオーナは慎重にあたりを伺いながら歩き、鞘から武器を抜こうとした。

 「あのう……」

 彼の右横で声がし、その白い影を見たとたん本能的にレイピアを突き出そうとする。

 「お、おまちください! あなたに危害を与えるつもりはありません」

 それは空中に浮かぶ“フースト”というモンスターだった。白い風船の中央にマジックペンでタテに線を二つ引いて、その下にクチにあたるアルファベットの“W”を描き、さらに風船の下に申し訳なさそうな三角錐の突起がふたつ……“手”を表現しているらしい……というこのゲーム世界で最弱のモンスターである。

本来であれば人語を解さず、空中を漂いながら“プー”とか“フニー”という猫のような鳴き声を上げるだけの、冒険の初心者に倒されるだけの存在だ。それが男の子の声色を使ってアイオーナに話しかけている。

 「フーストがなぜこんなところにいる。いや、というよりここはどこだ?」

 「ここはオマエ・モナーの第一封印墓所です。あなたは封印を解除に来られたのではないのですか?」

 「違う。私は対妖神爆弾を作動させるために来たんだ」

 「ああ、それならサーバーを移転したので隣です。ここを出て緑の扉です」

 「ああ、そう」

 アイオーナはレイピアを収めて回れ右をしようとした。

 「おまちください。あなたの旅の目的はここではないのですか? ここに来るまでに一人は必ず犠牲になったハズです」

 「……。確かにその通りだが、妖神が復活したんだ」

 「ですが、しかし……」

 「後でまた来るから!」

 彼はフーストが驚きの声を上げる前に扉を開け、元の暗闇の中に戻った。

 

 {ショボ・パート}

 「――っ」

 強烈な頭痛がショボを覚醒させた。地下迷宮の天井はところどころ四角い穴が空いており、首を横に傾けると直方体に切られた岩石が落ちているのが見える。

 「……そうか、アイオーナか」

 アイオーナが唱えてくれたリメイカンがショボの冥府行きを妨げたのだ。ゲームキャラクターが実際の冥府(?)に行く訳がないが、ともかくショボは自分の言う通りに扉の向こう側に消えたアイオーナに感謝した。オマエ・モナーの第一封印墓所もこの扉の向こうの異空間にあるハズだが彼のことだ、先に対妖神爆弾を作動してくれるに違いない。ショボは立ち上がった。少し眩暈がするが歩けば回復するだろう。

 “ズズーン”

 地面を揺さぶる地響き。再び妖神が暴れはじめたのだ。土煙と共に天井から岩が落ちてくる。

 (アイオーナはワルディスク地下の異空間に飛んだから、ここの現象とは無関係だな。よし!)

 ショボは駆け出し、地上へ向かう。

 (おまえにもらったこの命、無駄にはしないぞ!)


 {アイオーナ・パート}

 彼は意を決し、緑の扉に近付き……金色のノブを掴んで回し、押す……開けた。

 “ブー、ブー、ブーッ”

 ブザー音が響き、赤い照明の色が彼の目に直撃する。そこは全ての壁が赤く染まった通路だった。輪切りにするとちょうど六角形のようであり、通路は約二○メートル先にあろうかという赤い扉までまっすぐ続いている。歩き出すと彼の頭上、赤い照明のところどころにあるスピーカーから事務的な女性の声が響いた。

 『確認中……エルフ……男性を……確認しました……滅菌処理を開始します。そのままゆっくり歩きなさい』

 どうやらシステムのコンピューターがキャラクターを識別して自動的に滅菌……コンピュータウィルスチェックとウィルスの削除をするらしい。アイオーナはゆっくりと一歩を踏み出した。走ろうともしたが、その途端に意思とは裏腹に足が上がらなくなる。

 『エラーです。あなたは今滅菌システムのコントロール下……にいます……ゆっくり歩きなさい』

 彼はやむをえず、システムに従ってゆっくり歩くことにした。

 (くそっ、早くしないとショボが危ないのに!)

 『装備チェック……シルバーブーツにダツミウィルス、バージョン……を確認……削除しました……ゲートキーパー製トロイ……削除の上、サポートに連絡しました』

 数分のち、彼は通路を渡り終えて赤い扉にたどり着いた。

 『しばらく……おまちください……なお……これら滅菌過程はゲームの世界観を逸脱しているため、談話室もしくは簡易談話室設定下以外ではご内密に願います』

 (他言を禁ずるとも言う……)

と、考えていると

『ご利用ありがとうございました』

赤い扉は自動的に開いた。入る。

 扉の向こうはまた暗闇の空間のように見えたが、アイオーナの体が完全に室内に入ると同時に天井の照明が付き、空中に大きなスクリーン……横九メートル、縦六メートルか……が現れた。さらに小さなスクリーン……ディスプレイモニターがいくつも現れる。

 「コントロールルームにようこそ。アイオーナ様」

 地面から声がし、彼は下を向いた。自分の顔が写っている。

 「どうして私の名を?」

 「滅菌通路で解析済みだからです。失礼ですが、思考も読ませていただきました」

 鏡のような金属製の地面の一部が赤く明滅したかと思うと、そこから赤い風船、もといフーストがにょきにょきと出てきた。床から飛び出た赤いフーストは言葉を続ける。

 「事態は理解しています。コントローラーを取ってください」

 アイオーナに向けてどこからか立方体の物体が飛んできた。両手で持つと立方体の表面に左から青と黄色と赤の三つの四角いボタンが等間隔に並んでいる。

 「どうすればいい?」

とアイオーナ。フーストは頷き、

 「まず青いボタンを押してください。異空間からサイロを召喚します」

 彼は言われた通りにボタンを押した。

 すると……。

  

 {ショボ・パート}

 「ふぅん!」

 地下迷宮の入り口、四メートルはあろうかという縦穴を壁蹴りのジャンプで飛び出たショボは、妖神による破壊のすごさをまざまざと見ることになった。

 「こりゃまた……、綺麗に無くなったな」

 ショボたちが迷宮に入った時、王宮は存在していた。今はない。あるのは焼け焦げ黒ずんだ大理石の破片や、かつて像であったろう青銅製の甲冑の一部だけだ。他の王宮であることを証明する物体は吹き飛ばされたか、燃やされたか、亡骸を再現できずに消滅したかもしれない。

 “ズズーン……”

 ショボの腹に重く響く地鳴りがする。音のした方、右下へ視線を転じると城下町では黒い黒煙が上がっており、黒い巨人が建物を破壊し燃やしていた。歩くたびに振る両腕がある。二日も経たずしてもう右腕を再生させたのか?

 「妖神……」

 それは視線を感じたのか、かつて王宮であった残骸の中にいるショボへ首を向けた。

 「ショボ! やはり生きていたかぁ!」

 チュチェドの妖神から発せられる怒号。空気が紫色にゆらぐ。しかし、怯んでいては聖騎士の名がすたる。ショボは胸を張って妖神に対し大声で応えた。

 「妖神の旦那よぉ――。ここらで終わりにしようや――ぁ」

 「ほう、死ぬ――いやロストする覚悟は出来たようだな」

 「いいや、ロストするのは貴様だ」

 大石弓と矢を背中から取り出し、ショボは標的の頭部に向けて矢をつがえる。

 「フハハハッ、おもしろいジョークだ。いで――よ。我が眷族よ」

 妖神は両腕を前に突き出し笑う。両腕からボタボタと“グレンの落とし子”たちが放出される。黒いタールのような腕から次々と現れる落とし子は、産み落とされた直後に触手を小刻みに震わせて重力に抗い、ゆっくりと城下町の瓦礫に落下し、落着してから一点の目標を目指す。聖騎士はおぞましい悪寒に襲われそうになる。

 「ウィルスモンスターを無制限にコピーかよ。貴様こそジョークだ!」

 「フハハハッ、無限の複製と拡散する歓喜! それがコンピューターウィルスの本質だぁ!」

 「くそっ!」

 彼は大石弓を引き絞り、矢を射る。だが矢は妖神の頭部へと近付くと急に失速し、停止し、重力に沿って落ちていく。同時に妖神の黒い胸のあたりに“不可止(ふかし)のバリヤー”という白いテロップが現れる。

 「フハハハッ、俺の周りに張り巡らされた“不可止(ふかし)のバリヤー”がある限り、何度やっても同じことだ。ショボよ、俺の腹の中でひとつになれ! 俺の中で永遠に奉仕するのだ」

 「 “不可止(ふかし)”? それは“止”じゃなくて”視る”の方の“不可視(ふかし)”の間違いだろ。いい加減な辞書機能だ。貴様を製造した親の顔が見てみたいぜ!」

 「フハハハッ、それで俺の怒りを呼ぶつもりか? ここはビーム兵器を無効化する霧の谷ではないぞ」

 妖神は両眼の赤い目を金色に光らせた。“ギューン、ギューン”という奇怪な音と共に、オレンジ色の光の粒子が二つの目の周りに集まってくる。

 「終わりだぁ!」

 (くそっ、ギガ粒子砲を放つつもりか)

 以前、復活直後の妖神が“それ”を放った時はショボとアイオーナが暗黒要塞から脱出して、しばらく経った後だった。アイオーナと共に二キロ近く荒野を走っただろうか、突如としてオレンジ色の閃光と共に光の柱が天を貫き、二○○メートルの高さを誇る暗黒要塞が真っ二つになったのだ。もしそれが地上の一点に向けられていたら……。

 (あっという間にロストしちまう! 神経接続を全面カットオフにしなければ現実世界の俺も……)

 ショボは妖神から逃げながら左耳の後ろを触ろうとするが……。妖神は怒号した。

 「発射ャァア!」

 オレンジ色の強烈な閃光。


 「……」

 目を開く。まだ自分はここに存在している。とっさに地面に伏したままのショボがそこにいた。立ち上がりなにか巨大なものが後ろにあるという気配に気がつく。

 後ろを振り返ると――、真っ白い壁があった。

 「……」

 上を見上げても壁が続いていた。そして彼は思い出す。

 「いや、これは――サイロだ!」


 {チュチェドの妖神・パート}

 「な、なんだコレは」

 妖神の目の前に真っ白い直方体が浮かんでいた。高さは彼と同じ五○メートルほど、横幅と奥行き二○メートルはあるだろう。直方体の中央で赤い光がまたたいた。

 赤い照明の右隣にある直径四メートルもあろうかというスピーカーから、ノイズが混ざった事務的な女性の声が響く。

 『当方は……アンチウィルスソフト、“サイロ2”バージョン2・0……ウィルスを確認……解析中』

 「ふざけるな!」

 怒りを覚えた妖神の豪椀が風を切る。

 “ぶぁああん”

 だが彼の拳は奇妙な音と共に直方体の数センチ手前で止まる。拳が先へ進まず、ビクともしない。

 『現在……アンチウィルスシールドを展開し、ウィルスを解析中……当方への振動は誤動作を起こす可能性があります……おやめください』

 「眷属ども! 奴を攻撃しろ」

 もとよりショボの元に向かっていた落とし子たちは触手を振り回し、次々とサイロに飛びかかるが、数センチ手前で触れることができず、触手の先端から輪郭が無くなり消滅していった。どんな形で飛び掛ろうとも、見えないなにかの壁に触れたとたんに彼らは震え消えていく。

 『警告……アンチウィルスシールドに低レベルウィルスが接触しています……自動排除中……警告……』

 「進軍中止! あいつに近付くな!」

 六○匹ほどの落とし子たちが消えていくのを見た、落とし子たちのリーダー格であろう他よりもひとまわり大きい紫色の落とし子はそう叫び、落とし子たちを下がらせた。それを見た妖神は唇を歪ませる。

 「どうした、レイヴン。攻撃を続けさせろ。ソフトに負荷を与え続けるのだ!」

 「恐れながら申し上げます主様。先程分析しましたが相手の負荷は高まりません。奴にはいくつものシールドに覆われており、破ろうとして一○○体、いやさ一万体をもってしても徒労に終わるのがオチでございます」

 「ええい、役立たず共が。ならば下がれ」

 落とし子たちは潮が引くようにぞろぞろと妖神の後ろへと下がっていった。

 「こんなオモチャのくせに……」

 妖神はサイロから後ずさり、両眼の赤い目を金色に光らせた。

“ギューン、ギューン”という奇怪な音と共に、オレンジ色の光の粒子が二つの目の周りに集まる。

 「先程は無効化されたが、今度は超特大のものをお見舞いしてやる」

 彼は身震いしながら猫背になり、彼の体のそこかしこに現れたオレンジ色の光が頭部へと流れていく。全エネルギーを両眼へ集結させてゆくつもりなのだ。そう理解したレイヴンは両腕の触手を上げて叫ぶ。

 「主様! お身体に障ります」

 「やかましい!」

 妖神は左手の先から赤い牽引ビームを発射、当たったレイヴンの身体が持ち上がる。そのままレイヴンは吹き飛ばされる。どこか遠くへと。

 「いやぁぁあああぁぁぁぁぁ!」


 サイロの声。妖神にとっては死刑執行の前触れ――。

 『解析完了……ハッカーK.A制作の……邪神二号との類似が二点……邪神六号との類似が四点……邪神シリーズの改造型と確認……消去を開始しますか?』

 「いまだ、アイオーナ。黄色のボタンを押せ!」

 どこからかショボの大声が響く。

 おのれ。

 「させるかよ! 発射アァァァッ」


  閃光。

  視界はオレンジ色に染め上げられた。

  妖神の足元に居た落とし子たちは強烈な光と嵐に巻き込まれてちりぢりに飛ばされていく。


 {アイオーナ・パート}

 大きなスクリーンはオレンジ一色に染め上げられた。

 「ど、どうなった?」

 彼は隣に浮かぶフーストを見やった。

 「おまちください、受光メーターを調節します」

 フーストは赤い舌を出して上げ下げをする。するとスクリーンに横のノイズがかかる。しばらくするとノイズが消える、だが白いもやがかかったまま先が見えない。アイオーナの脳裏に不安が増す。

 (まさか……、サイロが破壊された?)

 「おまちください、もうひとつのカメラからの映像を持ってきます」

 フーストは確認作業を続け、雑誌大のフチなしディスプレイがフワフワと空中を泳ぎながらこちらに近付く。ディスプレイには上空から見た妖神の頭部が見え、下は爆発時に起こった粉塵が舞い上がっているのか白いもやがかかっていて見えない。

 「エネルギーチェックを開始します……、ああっ!」

 「どうした?」

 「サイロは稼動中……。ですが……」

 ディスプレイには黒煙をスピーカーから吐き出し、傾いたサイロが映っていた。所々塗装が剥がれ落ちたのか鈍く銀色に光っている。確かサイロは倒れたショボの後ろに出現したはずだ。

 「まさか、ショボは? ショボ!」

 ディスプレイ上に目を凝らして見ても人影は見当たらない。

 「アイオーナ。俺ならここだ」

 突如としてアイオーナの視界の奥で浮遊しているもう一つのディスプレイに光がまたたき、黒い煤にまみれたショボの顔が写った。

 「ああ、よかった。今どこにいるの?」

 「サイロの中だ。スピーカーにヒト一人分入れる隙間が出来ていたのでね。ここから機器プログラムをハッキングして映像を送っている」

 「ああ……」

「全く、アンチウィルスソフトのくせに俺のトロイに対しては想定外の規格でよかったよ。ハハハッ」

 アイオーナには彼の笑い顔が精一杯の虚勢を張っているように見えた。心臓の鼓動が高まる。

 「待っていて! 今、助けにいくから」

 「その必要はない!」

 「どうして! 貴方は今、妖神の前にいるんだよ。殺されるよ!」

 「違う、俺が奴を殺す、いや消去するんだ。奴の攻撃で無線での攻撃プログラムがイカれている。もうこいつは手動で動かすしかない! 俺の手で奴に引導を渡せるチャンスはこの一度きりなんだ!」

 「そんな――っ!」

 「いいか、よく聞いてくれ。おまえはこれからコントロールルームを出て、オマエ・モナーの第一封印墓所に行って封印を解除するんだ」

 「えっ?」

 「さっき、サイロをハッキングしたら妖神の解析結果が出てきたのでね。結論を言おう。妖神の力の“根源”こそ、第一封印墓所に安置されているオマエ・モナーの“妖力”だからだ。こいつを解除しないと妖神のエネルギーは尽きることがない」

 「 “根源”って、ワルディクス側にあるんじゃないの?」

 「大丈夫だ。言い忘れていたが今、おまえは空間を越えてワルディクスの地下にいる。おまえは気がつかなかったかもしれないが、地下迷宮で俺が開けた扉に一歩入るとワルディクス側の地下にテレポートする仕様になっていたんだ」

 「そうか、それで扉に入ったらあんな空間に……」

 「説明は終わりだ、そろそろスリープモードに入っていた妖神が再起動する。俺が時間を稼ぐ。急いでくれ。妖神のエネルギー供給を切ることができれば、奴が張っていた結界が消え、エンダードアの呪文が使える」

 「わかった」

 アイオーナはコントロールをフーストに渡し、駆け出した。彼がドアのノブに手をかけた瞬間、ディスプレイ後ろのスピーカーごしに妖神の咆哮がこのコントロールルームにも届き、室内を震えさせる。

 「ショボ!」

 振り返る。ショボの必死の形相が目に飛び込んでくる。

 「行け!」


 {ショボ・パート}

 「――とは言ってみたものの、さてどうするか……」

 「ごおおおおっ、ふしゅー」

 目の前に再起動をしたばかりのチュチェドの妖神がいる。一度は立ったまま脱力しているようだが、全身に力が戻りつつあるが、まだ活動できないようだ。再び咆哮。

 「ごおおおおっ、ふしゅー」

 ショボは手動のための即席のコックピットをこしらえ、モニターごしに妖神にエネルギーが充填していくのを横目で見届け、もうひとつのディスプレイ上に現れたメニュー画面と格闘していた。

 「なにか対妖神爆弾以外に時間を稼ぐ武器はないのか?」

 だが、握るマウスは動力やセンサー類のメニューしか表示しない。

 今、切り札の爆弾を発射しても、例の“不可止(ふかし)のバリヤー”によって無効化されるのは目に見えている。確実に倒すためには奴のエネルギーの源を断ってバリヤーを生み出す動力を止めてから爆弾を爆発させる必要がある。つまり、アイオーナがあの封印を解除しない限り妖神を倒すことができないのだ。

 妖神の左肩から紫色の煙が立ち昇っている。それを見たショボの眼に希望への光が差す。

 「これはチャンスか? とりあえず、距離を稼がなければな」

 彼はマウスから手を離し、屈みこんで反重力装置の赤いスイッチを入れてから、ジョイステックを上に倒す。

 「このソフトの開発者がゲーム好きで助かった」


 倒れかけていたサイロが垂直に立ち、浮き始める。そこに正気を取り戻した妖神の怒号が響きわたる。

 「まて! 逃げるか」

 「悪いがこんなところで死ねんよ」

 彼はサイロの向きを変えてから前進させ、妖神の左側を通過した。妖神の身体と八メートルは離れていないだろう。ショボはホッと胸をなでおろす。

 (思ったとおりだ。全力を出し切ったギガ粒子砲の負荷に耐えらず、奴の体内の回路がいくつか焼き切れたらしい)

 ショボはジョイステックを前方へ倒したままにして、そのまま前進を続ける。モニターごしに前方を見ながら、もうひとつのウィンドウにサイロの後方に設置されたカメラからの画像を注視する。妖神の左肩から立ち上った紫色の煙がバリヤーの中で充満しつつある。

 (よし、ストップ)

 ショボはサイロの進行を止め、百八十度回頭させて再び妖神と対峙した。それからマウスを再び握り、メニュー画面の数あるセグメントの中からようやく所望する項目を見つける。

 「あった!」

 すぐさまその項目をダブルクリックし、実行キーを押す。サイロの正面、スピーカーの左右にある二つのシャッターが開いた。ひとつのシャッターの影には三つの穴が開いており、中から白地に黄色のラインが筒ぞいに三つ引かれたミサイルがせり出す。

 「さあ、早くバリヤーを開放しやがれ」

 ショボはそう呟きながら、ミサイルの標準を妖神の右肩に集中させる。

 「Pワンセット、続いてPツー、P……」


 「おのれぇ~、う――」

 妖神はこちらに向き直り一歩を踏み出そうとするが、紫色の煙がバリヤー内に充満し視界を確保することが難しくなっているらしい。バリヤー内で首を振り、顔の前を払っても煙は消えない。


 「さあ、さあ、ハリー、ハリー。早くバリヤーを開放しろ」

 ショボはジョイステックの上にある赤いボタンに親指をかけた。ジョイステックを握った手がじっとりと汗ばみ、額からも汗が流れる。

 (くそっ、こんな生理現象までシミュレートするなよ)

 だが、なかなか妖神はバリヤーを開放しない。ショボの脳裏に浮かぶのは相棒の顔。

 (アイオーナ……。早くしろ)


 {アイオーナ・パート}

 “キュッ、ドーン!”

 そのころ、彼は滅菌通路を走ろうして足が滑り、盛大に転んでいた。

 通路の天井、赤い照明のところどころにあるスピーカーからノイズが混ざった事務的な女性の声が響く。

 『エラーです。あなたは今、滅菌システムのコントロール下……にいます……ゆっくり歩きなさい』

 「……。くそっ」

 仕方なくゆっくりと立ち上がり、歩く。

 (なんて不便なシステムだ)

 愚痴をこぼしつつも彼は歩き続け、遂に扉にたどり着く。

 扉の向こうから聞き覚えのある不快な音が伝わる。

 「!」

 アイオーナは音の正体がわかったが、ここで退く訳にはいかない。彼はレイピアを柄から抜いて、これからの戦闘にそなえる。ゆっくりと深呼吸し呼吸を整える。右手にレイピアを握り締め、左手でゆっくりとノブを回し……手が震えている……開いた!

 彼の予想通り扉の向こう八十センチ先にはそれ……グレンの落とし子がいた。赤い照明のもと、不気味さを一層増した落とし子は両腕の触手をふりまわし走りかける。

 「おおおっ!」

 アイオーナはひとたびそう吠えて体勢を低くし、化け物に向けて斬りかかっていった。


 {ショボ・パート}

 妖神の咆哮と共に紫の霧が上空へと舞う。

バリヤーが開放されたのだ。ショボは間髪を入れずにミサイルを連続発射した。ミサイル群は白い軌跡を描きながら目標へと到達する。

 耳をつんざくような激しい轟音が響き、妖神は爆発……したかに見えた。

 「ぐううぅ……、ショボよ」

 「! 失敗か」

 妖神は爆発していなかった。それどころか、さらにひとまわり大きくなったようにショボには見えた。妖神はゆっくりと歩き出す。目はギラギラと紅く染まり、拳を握り締め、ゆっくりと言葉を吐く。

 「ショボよ。最後のお祈りはすませたか? この世界から消える前に遺言は?」

 「さあな。ところで、俺を取り込むつもりじゃなかったのか?」

 「気が変わった。これより、おまえを消去する。肉体の一片、魂のひとかけらも残すまい」

 「くそっ!」

 ショボはジョイステックを握りなおし、サイロを再び反転させた。そして急加速。

 サイロは妖神から逃げようとするが、突如として即席のコックピット内にアラートブザーが鳴り響く。続いて天井のスピーカーからノイズが混ざった事務的な女性の声が響く。

 『前方二キロ先に結界反応。危険です。停止してください。危険です。停止してください』

 「アイオーナ! 早くしろ」

 ショボはジョイステックから手を離し、サイロの動きを止めた。途端に衝撃が走る。

 「ぐわっ!」

 アラートブザーの音量はさらに増し、即席のコックピットは上下左右に激しく揺れる。シートベルトを締めていなければショボは頭からどこかへ飛んでゆき、仮想世界の中で交通事故死するところだ。

 「なっ!」

 爆発音と共に彼が見たのはサイロの後方に設置されたカメラからの画像。妖神の両眼が赤く燃えている。奴から小レベルのギガ粒子砲が発射されたのだと知る。彼はコンソールのNEXTボタンを何度か押し、上空からの第三者カメラの画像を呼び出した。白い直方体は下部から黄色い煙を吐き出している。サイロはバランスを崩し、横に倒れてゆく。

 「くそっ、バランサーがイカれたかっ」

ショボの視点が右に偏り、そのまま落ちてゆく……。

 (アイぉ……)


 暗転。




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