第9話 バエンの攻防

 {ショボ・パート}

 一角獣ワイシャウトは昏倒したショボを治療し終え、彼の目覚めを待った。既にショボの肉体的外傷はワイシャウトの治癒妖術によって完治していたが、精神的に疲弊しているらしく、精神が完治した肉体について来られなかった。仕方なく一角獣はショボの目覚めを待つしかなかった。

 ワイシャウトは器用に口であたりに散らばる木片を拾い集めてから、万能の力を持つ一本の角を木片にぶつける。するとちろちろと火が出てきた。彼が息を吹きかけるとたちまち火の勢いが強まり焚き火となる。これでしばらくは寒空の夜を耐えられるだろう。

 ワイシャウトは目をつぶり、本来の主人の気配を探した。南からの人の気配。


 {アイオーナ・パート}

 アイオーナは漠然たる不安を抱えたまま、夜の都市の廃墟をさまよっている。

 何かの災害か戦乱の後なのか、廃墟には生きている人間が独りもいなかった。闇の中、アイオーナの夜目にはところどころに人間だったらしきぼろと死体が見えるが、彼は何かに呪われそうで直視するのを嫌った。死の風は吹き続く。 

 もう何度かやったろうか、彼は再び口笛を吹いた。右手の指を咥えて強く。

 “ピュー”

 さらに強く。

 “ピューロロッ”

 “イヒヒーン!”

 彼が三度目の口笛を鳴らそうとしたとき、遠くでワイシャウトとおぼしき馬の嘶きが聞こえた。

 (ワイシャウト、ショボ、モララー)

 アイオーナは喜んで走り出す。

 だが五○メートルほど走ったところでワイシャウトとショボ以外の気配が近付いてくるのに気がついた。咄嗟に瓦礫の山の中に隠れ、しゃがむ。闇の向こうから人間が六人、うち二人は松明を持っている……がこちらに近付いてくる。彼らの話し声が聞こえる。

 「おかしいな……。たしかこの辺りから口笛が聞こえたんだが」

 「鳥の鳴き声の間違いじゃないのか?」

 「いや、人の口笛だった」

 「馬のいるほうに行けばよかったぜ」

 彼らの汚れきった茶色の革鎧から察するに、兵から落ちこぼれた野盗たちに間違いなかった。その時、再びワイシャウトの嘶きが聞こえた。

 “ガヒヒーン!”

 「ワイシャウト!」

 アイオーナは一角獣の悲鳴にも似た声に思わずこちらも声をあげてしまった。当然、松明を持っていた者は声のするほうへ光を向ける。瓦礫の中に浮かぶ彼の顔を見た男は叫んだ。他の男も視線を向ける。

 「ウホッ、いい女!」

 「うへへっ」

 「女、キターッ」

 見つかってしまっては戦うしかない。アイオーナは立ち上がり、腰のレイピアをすらりと抜いた。その前に断っておかねばならないことがある。

 「違う! 私は男だ」

 「わかっているさ、中の人が男だって。こんなところに来る本物の女プレイヤーがいないことは充分にわかっているのさ」

 野盗の六人のうち、一番年配そうな白髪の男が身を乗り出して剣を抜く。

 「だが、ここは見てのとおりの無法地帯だ。そして、女に飢えたワシらがいる。例えおまえさんと神経を繋げている現実世界の肉体が太ったオヤジであろうとも、ワシらは女キャラを見過ごすことはできんのだ!」

 「そうだ! 盗賊の職業(ロール)のままに!」

「おまえたちこそ何を言っているのだ。私の外装はまぎれもなく半エルフの男のそれだ。わかったら、そこをどけ!」

 彼らにつられて、思わず“彼”は、アイオーナ役以外の地声が出てしまう。それは紛れも無く女性の声であった。

 だが、彼らの反応は変わらず、それどころか……。

 「エルフキターッ」

 「はぁはぁ」

 「早くむしゃぶりつきてぇ」

 野盗たちはさらに興奮して、じりじりとアイオーナに近付いてきた。中にはズボンを脱ぎかけながら迫る者もいる。

 「うおおっ、一番手行きます!」

 突然、男の一人が両腕を広げて走ってくる。

一閃。

 次の瞬間には男の上半身と下半身が分離して地べたに落ちた。

 「胴が……、がら空きだ」

 「何それ、何かのシャレのつもりか……。だめだ、ログアウトす……」 

 両断された男の肉体が徐々にかき消えていく。

 「くそっ、こうなったら五人がかりで奴の両手足を切断するんだ!」

 白髪の男の指示で残った四人も剣を抜いて、アイオーナを取り囲もうとする。アイオーナは両手足を切断された自分を想像して思わず身震いした。

 この仮想世界と現実の話をゴッチャにした会話をしていながら、イエローカードひとつ飛んでこないところを見ると、どうやらここは会社のサポートの目が行き届かない本当の無法地帯なのだろう。この危機的状況から抜ける方法は二つ。プレイを強制終了して、自分からこのゲームをログアウトするか、野盗を斬り殺して敵全員をログアウトさせるしかない。ならば……、“先手必勝”!

 「でえゃっ」

 アイオーナは剣と松明を持った一人の男に斬りかかった。男はマヌケか剣の覚えがなかったのか思わず松明を振りかざしてしまう。松明を持っていた腕は切断され、続いて男の首が飛んだ。

 「まずい、平蔵、逃げろ!」

 白髪の男が相手の意図を知り、松明を持ったもう一人に指図したが、間に合わない。白髪の男はアイオーナに向けて剣を突き出したが、軽くかわされてしまう、そしてアイオーナはジャンプして逃げる平蔵という男の背中を袈裟がけに斬った。

 「ぎゃっ!」

 すぐさま彼は松明の火を足で蹴り消した。辺りは真っ暗になる。

 「ぐっ。これでは夜目を持つ奴のほうが有利だ。ここは一旦引かねば。ってオイ!」

 だが白髪の男の言うことも聞かず、残りの二人はアイオーナが居たとおぼしき場所へ向けて駆け出す。

 「ぐぽぉっ」

 「ぐえっ」

 闇の中で小さな悲鳴が二つあがる。白髪の男は覚悟を決めて、相手の気配を探る。

 黒い雲間からようやく月が出ようとしたとき、男は後ろに飛びずさる。次の瞬間、二つの剣が交差した。交差した剣を隔ててアイオーナの顔を間近に見た男ははっとなり、相手の正体を悟った。

 「わかったぞ、おまえはあん時のイベントに出ていた三つ編みのババァだな!」

 再び月が雲間に隠れる。それを合図に、二人は一旦距離を離し、剣を振るう。剣が再び闇の中で打ち合う。

 「ぐおっ」

 月が雲間から柔らかい光を投げかける。その下で倒れたのは白髪の男のほうだった。

アイオーナは男の心臓に突き刺さったレイピアを抜きながら呟いた。

 「もう、私もそんな歳になっちったのよね……。いけない、いけない、ゲームに戻んなきゃ……」 


 {ショボ・パート}

 “ガヒヒーン!”

 三度目の一角獣の悲鳴を聞いたショボは、がばと跳ね起き、立ち上がった。それから辺りを見回す。

 近くに焚き火、そして瓦礫の向こう側で背中に矢が突き刺さったワイシャウトがいた。

 「ワイシャウト!」

 ショボが叫んで、近付こうと歩き始めたところで、

 “ヒュン”

 なにかの物体がショボの顔を掠めた、彼が後ろを振り向いて何が飛んできたのかわかった瞬間、彼は本能的に地べたに伏せていた。物体は弓矢だったからだ。

 「賊か!」

 正体不明の射手からは、ショボは瓦礫の壁の向こうで隠れたままだ。射手は相手の様子を伺った。

 ショボは手を伸ばし、焚き火の近くに置かれていた大石弓を取った。不思議と全身の痛みが消えていた。ワイシャウトの仕業か。ともかく相手の正体を知らねばならぬ。ショボはこちらを狙う射手に向けて叫ぶ。

 「俺は聖(パラ)騎士(ディン)のショボ。貴様は何者だ!」

 「拙者は豪丸と申す。大人しく金目の物を置いてゆけ。さすれば馬をこれ以上傷つけまい」

 「……」

 「返答はいかに?」 

 「やはり野盗か、その前に教えてくれ。ここはどこだ」

 「何を面妖なことを申す? ここはホマツ国の王都バエンなるぞ」

 その時、ショボは見た。闇の向こうで銀色の影が射手のいるであろう建物内に入っていくのを。

 「アハハハッ」

 「何がおかしい」

 「そうか、ここが世界の最北端ホマツ国バエンのなれの果てか。俺は目的地にたどりついていたんだな。なんでこんな廃墟になった」

 「妖神じゃ」

 「なに?」

 「南の海を隔てた半島国ワルディクスからチュチェドの妖神とその眷属が攻めてきたのじゃ」

 「成る程。封印から解けた直後の奴がすぐに俺たちを追わなかったのは、この国に飛んでいたからなのだな」

 「どういうことだ!」

 「こういうことさ」

 何時の間にか豪丸の後ろにアイオーナがいた。アイオーナの持つレイピアは豪丸の首筋に軽く当たっていた。豪丸の白髪交じりの髷が震えた。

 「なにっ! 陽炎(かげろう)、五郎(ゴロー)。どこだっ!」

 「下で死体になっているか、ログアウトしているよ。野盗のリーダーが指揮もとらずにムダ話していると、こうなるといういい見本だな」

 

   ×   ×   ×


 {チュチェドの妖神・パート}

 そのころ、妖神は体育座りをしてから、再び自身の眷属を召喚して右腕の再生につとめていた。

 “ドクン”

 「何だ。この胸騒ぎは……」

 妖神は自身が再び封印されるのを恐れていた。だから暗黒要塞内で封印が解かれた直後、式神の力を持つショボよりも、ホマツ国の首都バエンにあるといわれた対妖神爆弾を破壊しに行ったのだ。

 だがそんなものは噂話にしか過ぎなかったハズだ。バエンの都市を有無も言わさず灼熱呪文で燃やし尽くしたのがいけなかったのか。 

 眷族を使って、生き残った政治家らしき人物を捕まえては対妖神爆弾の在りかを聞き出そうとしたが、あいまいな答えばかりか逃げるか延命のためのウソをついてくる。それを見抜いた妖神は次々と彼らを殺してまわり、『二度と俺を倒す道具を作るな』と脅してから“神々の使い”が侵入しないようにバエンの廻りを結界で覆ってから、ワルディクスに飛んで戻ってきた。


 ワルディクスに戻ったのち、監視者の血筋とおぼしきショボの持つ力を手に入れるために、なるべく彼を殺さないように戦ってきた。

だがこれも右腕を失い失敗した。それどころか自身に対し完全な死を与える少年妖術師がショボの側にいたのだ。妖神の誤算が続く。

 “ドクン”

 まただ、自身を殺す“気配”は確実に北の方向で高まってきている。彼は首を上げてバエンに残してきた眷族に異常はないか聞いてみようとした。すると相手から先にテレパシーがきた。落とし子たちのリーダーであるレイヴンが告げる。

 『主様、大変です。ショボの一行がバエン王宮の地下に入っていきました』

 「なんだと! バエンには結界を敷いていたハズだぞ」

 『は、はい確かに、結界は維持されていますが、結界内に突然出現したようです』

 「テレポーターも封じたハズ……いや、不可能を可能にするのが聖(パラ)騎士(ディン)ということなのか……」

 おそらくショボも対妖神爆弾を探しにバエンに入ったに違いない。だが、その一行に“ヤツ”がいれば飛んで行ってもこっちが殺されるだけだ。

 「その一行にあの少年はいるか?」

 『イイエ、一行の中にいません』

 「すぐに追え。俺もそちらに向かう」

 『マタですか?』

 「俺を倒そうとするヤツはすぐに殺すのが俺のポリシーだ。ショボは何かに気がついた。それを知られる前に殺さねばこちらが殺されるのだ。とにかく、すぐに追え!」


 {アイオーナ&ショボ&豪丸・パート}

丸い穴から光が差し込む迷宮の入り口に彼らは立っていた。

 アイオーナは自分たちに“照明憑き”の呪文をかけて地下迷宮の暗闇に備えた。半径三○メートル先まで明かりが“憑く”が、三○分ごとに呪文をかけなおさないと暗闇に包まれる妖術。

 ショボは床にしこたま腰を打ちつけた豪丸の両腕を縄で縛り、アイオーナと暗闇の中へと入っていった。地上には金の糸を右脚に付けたワイシャウトを残している。アイオーナは列の最後尾でその金の糸が巻かれた木の棒を持ち、真ん中にいるショボは短剣で豪丸の背中を突付きながら、石の迷宮内を歩く。歩きながら、豪丸から妖神がこの国に攻めてきた経緯を聞く。

 「……拙者が見たのはここまでじゃ。後は見ての通りの野盗に落ちぶれ、仇を討つ機会を見計らっておった。そう、仇を討つためにはまず金が入り用だったのじゃ」

 「何が落ちぶれたんだか」

 アイオーナはあきれ顔で木の棒を回しながら歩く。ショボは妖神の目的を悟る。

 「対妖神爆弾……、妖神というこのゲーム世界の最大のウィルスを完全消去する爆弾のことだな」

 「なんじゃと? あ奴の正体が“病原体”だったとは……、なんと面妖な」

 豪丸の驚く声を聞いてアイオーナはクスクスと笑う。

 「おまえ、キャラになりきり過ぎだよ。ここは無法地帯なのだから、もっとくだけてもいいのに」

 「拙者の部下も同じ事を申していたが、いつこの国が正常に戻り、サポートが常駐するかわからぬではないか。イエローカードが来てからでは遅い。わかったら“ウィルス”などという現実世界の外来語を使うのはよせ」

 「あの、“サポート”とか“イエローカード”を言っている時点で外来語使いまくりのような……」

 「いや、“マニュアル”まわりの話はプレイを損ねない限り使っても良いとされているぞ。ん?」

 ショボは耳を澄ませた。遠くから微かに規則正しく肉を捏ねるような“グチャ、グチャ”という音が聞こえる。

 「無駄口叩いている間に番人がきやがった」


 苔むす石垣の地下迷宮。アイオーナは夜目で明かりの届かない三○メートル先を見た。

黒っぽい紫色の人の形をした生き物が、両腕の触手を前に突き出して震わせている。頭部と思わしき部分には目、耳、口、鼻も無く、ただ“グチャ、グチャ”という気味の悪い音を発しているだけ。

 ショボは短剣を鞘にしまい、大石弓を背中から取り出し、豪丸の前に立った。だが、アイオーナが右手を前に突き出してさらにショボの前に来ようとする。

 「私にまかせて」

 「おい、まさか……」

 「劫火の神よ、敵を焼き尽くす火炎の力をこの手のひらに与えたまえ」

 「やめろ!」

 「ファイヤーショット!」

 ショボの制止を振り切ってアイオーナが放った火の玉は確実に化け物の胸に当たった。夜目がないショボと豪丸にも火の玉によって化け物の姿を目視することができた。

だが、それだけだった。化け物は怒ったのか、いっそうスピードを上げてこちらに迫るだけだった。

 「奴らは“グレンの落とし子”だ。火炎の妖術ではだめだ、電撃でないと」

 そう言いつつ、ショボは電撃系の呪文を使いこなす少年の顔を思い出していた。

 (レオンがいれば……)

 アイオーナはすぐさまレイピアを抜きながら言い訳を呟く。

 「私はてっきり、ノッペラボーだと思った」

 「ノッペラボー? なんだそりゃ」

 「そんな事より、何故日本をモデルにした地下迷宮にEDEN(エデン)神話の化け物が出て来るんだ?」

 「妖神の仕業じゃ」

 豪丸が口を開いた。

 「妖神も対妖神爆弾を探させるために無数の眷属をこの迷宮に放ったのじゃ。わかったらこの縄を解いて逃がしてはもらえぬか? おぬしらと関わっていたら拙者も妖神の“敵”と認識されてしまうし、ダミー人格に切り替えることが出来ない地下迷宮ではトラップに引っかかって死ぬ傷みを伴うかもしれんし、何より早くログアウトして登校せねば……ひっ!」

 ショボは豪丸が話している間に、迫るグレンの落とし子に三発の矢を当てて消滅させていた。彼は怒りの形相で振り向くと豪丸を睨む。

 「おい、貴様。学生の身分でこの“遊戯(ゲーム)”に参加していたのか?」

 「め、面目ない」

 「面目ないじゃないだろ! 一歩間違えればアイオーナがおまえの部下に襲われていたんだぞ」

 「何を言うか! 全てはサポートの目が行き届かない無法地帯を作ったここの会社の責任じゃ」

 「……」

 「それに“盗賊”とか“忍者”っていう非合法専門の職業作っているのに“強姦”を……ぶっ!」

 今度はアイオーナが豪丸の顔を思いっきり殴る。両手を縛られた豪丸は受身が取れずに床に倒れ、しこたま頭を床に打ち付けた。

 「いい機会だ、ひとつ教えとくよ。プレイヤーによっては“強姦”は“殺人”より重い罪だ。わかったか!」

 「おい、そのへんにしとけ。やっこさんはノビてるぜ」

 アイオーナはさらに腰からレイピアを抜いた。ショボは慌てて彼の肩を掴む。

「おい! だからと言って殺すつもりじゃないだろうな」

だが、ショボに向けた彼の顔には微笑があった。

 「私は無抵抗のプレイヤーは殺さない」

 そう言ってアイオーナは豪丸を拘束していた縄を切った。


 {豪丸・パート}

 豪丸は目を覚ました。仮想とはいえ、太陽の光が眩しい。倒れている彼の視界に一角獣の頭が入ってきた。心なしか豪丸を睨み付けているようにも見える。

 「うっ、悪かったでござる。まさかプレイヤーじゃあるまいに」

 彼は立ち上がり、ワイシャウトからあとずさると、瓦礫の上でまだ時を刻む、からくり時計に視線を向けた。どうやら気を失ってから五分も経っていないらしい。ショボかアイオーナのどちらかが迷宮の入り口に戻す呪文を彼にかけたに違いない。徒歩で二○分近く歩かされたのだ。引き返す時間を考えるとそう考えるのが自然であろう。

 「奴らは……まだ迷宮にいるのか?」

 ワイシャウトはそうだと言いたげに首を縦に振って、地下迷宮の入り口である銅像の後ろを見た。石畳の床にぽっかりと丸い穴が開いており、像からくくりつけた縄が闇の中まで続いている。

 豪丸は二○分前にショボに突き落とされた穴を見てぞっとした。地上から四メートルもなかったが、それでも打ち所が悪ければ死んでいたであろう。そしてアイオーナの突然の怒り……自分の部下が半エルフの男性に対して何をしようとしていたのかわからない彼にとって理解できない事だらけ。

 「ログアウトせねば」

 豪丸は左耳の後ろ側にあるスイッチに触れ外装のフタを開き、黒いプラスチック製の小さなツマミを奥へまわした。そうすることによりアイテムのチェック後、状態のセーブができ現実に戻ることが出来る。

 豪丸の視界にアイテム欄が表示された。

 「無い……。あいつら、お宝の地図を奪っていきやがった」

 妖神襲撃のドサクサにまぎれて、彼が王宮内の一室から盗んだ地下迷宮の地図が無くなっていたのだ。これを手にしたのでショボたちは豪丸を必要としなくなったのだ。

 「ドロボウがドロボウにあっていちゃシャレになんねーな。くそっ」

 豪丸をプレイするプレイヤーの本音がポツリ。同時に状態セーブが終わった。

 そこへ突然の空からの轟音。

 “ごごごご~”

 「妖神がまたきやがった!」

 豪丸は見た。上空にいる妖神が再び灼熱呪文を唱えるさまを。彼は妖神の呪文によって生じた直系百メートルはあろうかという巨大な火球が地上に落下する前にログアウトした。即ち彼はこの仮想世界から現実に帰ったのだ。

二秒前まで豪丸のいた地点へ火球が到達する。

 その場に取り残されたワイシャウトの悲鳴。


 {アイオーナ&ショボ・パート}

 二人は豪丸から奪った地図によって、正確なルートを辿ることができ、宝物殿のある巨大な岩扉の前に着いた。

 アイオーナは早速、岩の一部に描かれた古代のベラデュウ語を解読する。

 「なになに、“この先、オマエ・モナー第一の封印と対妖神爆弾がある。この扉は代償を欲する。力の解放で開けるものだ”と書かれているね。“力の解放”ってナニ?」

 アイオーナは振り向いてショボを見たが、彼は視線を外して無精髭をさすりながら独り言。

 「そうか……、それでモナキーンは俺を……」

 「ねえ、聞いている?」

 ショボは意を決したようにアイオーナを見据えた。

 「 “力の解放”は高等妖術のひとつだ。自分の命と引き換えに発動する」

 「ええっ!」

 アイオーナの息が止まりそうになるのをショボは手で制す。

 「アイオーナ、再生の呪文は持っているな?」

 「 “リメイカン”のこと? けれど一回しか唱えられない上に成功率は五0%だ。ムチャだよ……。あれっ?」

 ショボはアイオーナの手元を見た。今までピンと張っていた金の糸が、ダラリと垂れ下がったのだ。ショボは地上で何が起こったのかを瞬時に悟った。

 「ワイシャウトがやられたな」

 「そんな……、ウソだ!」

 「ウソだと思うなら、金の糸の感覚を手繰ってみろ」

 アイオーナは祈る気持ちで金の糸を握って目をつぶり“視界ジャック”の呪文を唱えた。

   ×   ×   ×

 ワイシャウトが先程まで見ていた視界が広がる。豪丸の後姿が見える。彼は上を見上げながら叫んだ。

 「妖神がまたきやがった!」

 空が急に赤く染まり、豪丸の姿がかき消えた。ログアウトしたのだ。その瞬間、目の前が炎に包まれた……。

   ×   ×   ×

 「うあぁぁぁぁぁぁっ」

 「しっかりしろ!」

 ショボは目をつぶったまま叫ぶアイオーナの両肩を掴んで彼の身体を揺さぶり、妖術を強制的に解除した。途端にアイオーナは身体の力が抜けて、へなへなとショボにもたれかかった。

 「体中が焼けて……ワイシャウトが……」

 「わかってる、いい馬だった」

 ショボはアイオーナの肩を抱く。両目が合う。その時、微かに迷宮が揺れた。彼らの頭上へパラパラと石の粉が降ってくる。

 「泣くな。急がないとここも持たない。俺の屍を越えてゆけ」

 彼はアイオーナから離れ、扉に向かった。

 「まさか、本当にやるつもりか?」

 アイオーナの問いにショボは扉に向かい合ったまま頷いた。

 「いいか、中に入ったら真っ先に赤い扉を開いて滅菌通路に入れ。滅菌が済んだらその先のコントロールルームでサイロを召喚して、ターゲットに向けてボタンを押す。あとは自動処理だ。いいな」

 「ちょ、ちょっと待って。赤い扉とかって、なんでそんな事を知っているの?」

 「以前、ヤツと同じような巨神型ウィルスが発生した時に、急遽会社が対ウィルスのイベントを組み込んだんだ。その時は俺が俺の上司のキャラの屍を乗り越えてウィルスを消去した……」

 「じゃあ、これも会社が設定したシナリオのうちに入っているってこと? 絶対王のプレイヤーはこのことを知っていて私たちを使いに出したのか」

 「そんなところだろうが……、今度のウィルスは前回と違ってかなりタチが悪そうだ。ひとつの都市が瞬時に崩壊するとか、ワイシャウトなどのノンプレイヤーキャラ(NPC)が瞬時に焼死するなんて、会社の被害予想を遥かに越えている」

 「くそっ、ワイシャウト――」

 再び振動。迷宮全体がグラグラと揺れ、どこからかダイナマイトを発破させたような爆発音が聞こえる。ショボとアイオーナは咄嗟にしゃがんで揺れが収まるのを待った。揺れが収まるとすぐにショボは立ち上がって叫ぶ。

「今は会社を非難している場合じゃない。今から“力の解放”を開始するぞ!」

「ま、待って……」

アイオーナの制止を振り切って、ショボは呪文の詠唱を始めた。彼の頭の前に白いドーナツ状の発光体が浮かぶ。

「……フェーズ、サイズド、ティヌファエル!」

「ショボ!」

と、止める間もなくアイオーナの目が眩む。


閃光。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る