第36話 急転直下

 尚も王様ゲームは続いている。


 臣下への命令カードには「激辛たこ焼きを食べる」や「パンツを見せろ」、「特製ドリンク一気飲み」などで、過激なセクハラ行為を強制したり、お酒の一気飲みなどを強制するものはなく、高校生が参加しても問題ないようなお題ばかりだった。


 俺はその「特製ドリンク」の一気飲みをさせられたのだが、中身は普通のフルーツミックスジュースだった。


「王様だーれだ!」


 俺が引いたカードはハートの10。王様は江向吹雪で、臣下に選ばれたのは辰巳清十郎だった。


「それでは王様、命令カードを読んでください」


 江向吹雪がカードを一枚引き、カードの内容を読み上げる。


「臣下は王様の胸を揉む。もしくはブラのホックを外す。その後、王様に思いっきりビンタされる……ってマジかよ」

「マジだな。拒否権はないらしいぜ」


 大柄な清十郎がどちらかと言えばスリム体形の江向吹雪を後ろからガシッと抱きしめ、そしてその双丘に両手を這わせる。


「やめろ。皆が見ているじゃないか」

「ちょっとくらい構わんさ。気分出そうぜ」

「お前とそんな気になるわけないだろ」


 ニヤニヤ笑いながら、江向吹雪の胸を触りまくる清十郎だ。これは完璧なセクハラになるんじゃないのか


「ああ。ちょっと待て。感じちゃうじゃないか」

「へええ。男嫌いのフブキがねえ。感じちゃうんだ」

「いい加減にしろ」


 大人しくされるがままになっていた江向吹雪はくるりと体を回して清十郎を軽く突き放し、彼の股間に膝蹴りを入れた。軽く当てたつもりなのだろうが、モロに急所にヒットしたようで清十郎はその場に転がってしまい、ゴロゴロと転げながら呻き声を上げていた。


「フブキ……やり過ぎ……だ」

「ふん。お前のセクハラの方が数倍ダメだね。その程度で済んで感謝しな」

「お前……」

「あたしに逆らうんじゃないよ。次は潰す」


 江向吹雪がドスの利いた声で捨て台詞を吐いてから席に戻った。江向吹雪がやり過ぎたのは事実だろうが、あんなに胸を揉みまくってしまえば相応の反撃があってもおかしくはない。そして、清十郎のやり過ぎな行為を主催者側が注意し止めるべきではなかろうか。しかし、清十郎はこの大広間を提供している側でありスポンサーになる。主催者としてはそんな彼に逆らえないという事か。


 まだ畳の上に転がっている清十郎を横目で見ながら藍が近寄ってきた。


「緋色。さっきのジュース美味しかった?」

「ああ。普通の100%ミックスジュースだと思うぞ」

「私も飲みたい、いいですか?」


 藍の問いかけに上野佳さんが頷き、コップにミックスジュースを用意してくれた。藍はそれをごくごくと飲む。こいつは食べっぷりも飲みっぷりもなかなか豪快だ。飲酒が可能な年齢になったならば、いわゆる〝うわばみ〟と化すのではなかろうか。藍の豪快な飲みっぷりを見た美海さんもそのミックスジュースをごくごくと飲んでいた。


「これで王様ゲームは終了しまーす。次はカラオケタイム。歌いたい曲名をメモして私に渡してくださいね。最初は……相島陽士あいしまようじ、曲は米津玄師の「M八七」(エム ハチジュウナナ)だ。映画『シン・ウルトラマン』の主題歌……おっと映像も映画の映像がてんこ盛りだ! 陽士、滑るなよ!」

「任せなさい。私の好きな言葉です」


 いきなりメフィラス構文だ。この人、なかなかやる。

 みんなが特撮映像と相島陽士さんの歌に酔っていた。そして彼は歌い終わった時にまたやった。


「『痛みを知る ただ一人であれ』私の大好きな言葉です」


 拍手喝采、メフィラス構文を使いこなすエンターテイナー。相島陽士さんだった。


 その後、乃木坂46やキングアンドプリンスなどの流行の曲が続いたが、突然古いアニソンがかかった。歌うのは美海さんで曲は「マジンガーZ」だった。


「空にそびえる くろがねの城……」


 この曲はあの有名なアニソンシンガーの人が歌っているのではなかろうか。たしか名前は水木一郎。もう七十歳を超えていたと思うのだが、生涯現役を目指し歌い続けている強者だ。


 曲が中盤に差し掛かったところで、美海さんはその場にしゃがみこんでしまった。体調が悪いのか? 彼女はお酒を飲んでないはずなんだが。


 俺は美海さんの傍へと向かおうとしたのだが、立ち上がれなかった。どうした? 俺の体はどうなった?


 そのまま目がグルグルと回り始めた。

 酔ったのか?

 

 酒は一滴も飲んでいないはずだ。

 どうしてこんな事になった。


 俺はそのまま仰向けに倒れてしまった。目はグルグル回っている。俺を心配そうにのぞき込んでいるのは越ケ浜佳澄と河添奈々恵だった。


 焦って救急車でも呼ぶのか?

 そう思ったのだが、焦った雰囲気でもない。


 二人はニヤニヤ笑っているようだし、何か笑いながら話している声が聞こえる。


「上手くいった?」

「これ、酔っぱらってるの?」

「大丈夫。二時間くらいで正気に戻るよ」

「本当? 病院送りになったら困るじゃん」

「実験済み。目覚めた後は絶倫になるし」

「何種類ブレンドしてんの? それヤバイじゃん。あたしら犯されちゃうの」

「やりたいくせに」

「あは。ちゃんと録画するんだろ?」

「もちろん。いい小遣いになるさ」


 録画……小遣い……何の事だ。目が回り思考が追い付かない。何か、ヤバイ事になったのは分かった。俺と藍と美海さんがだ。あのミックスジュースに何かが混ぜられていた。


 何かが……。


※12月6日。歌手の水木一郎氏が亡くなられました。生涯、アニソンを歌い続けたアニキでした。ご冥福をお祈りいたします。










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