第32話 辰巳家での合コン?

「さっきの緋色君。ごっつ優しかったなあ。ウチ、気に入ったで」

「それはどうもありがとうございます」

「せやからな。緋色君、ウチと付き合うて」


 後ろから耳元に囁かれる。

 これはグッとくる。ややもすれば心が折れてしまいそうなほど惹かれてしまうのだが、美海さんが男の娘だと思い出し何とか抵抗してみる。 


「それは……無理です。さっきも言いましたけど、俺は藍と付き合ってるから」

「ウチは気にせんで。緋色君の第二婦人でええ。あ、さっきの人がいるなら第三婦人か」

「その第二婦人とか第三婦人とかは何ですか?」

「一夫多妻の話や。日本でも昔は認められてたし、イスラム系社会では認められてる地域もあるし、まあ、緋色君がそれだけの甲斐性を持ってるならいう話やけどな」


 イスラムの一夫多妻は聞いたことがある。初期のイスラム社会においては戦争による拡大を続けていたため寡婦が多くなり、社会保障の一環として始まったのだとか。当然、相応の社会的地位や経済力が必要とされる訳だし、複数の妻を平等に扱う義務もある。日本的な考え方をするなら、複数の専業主婦とその子供たちを扶養する義務があって、生活が苦しいからパートで働いてなど一切言えないのだ。そんな甲斐性が自分にあるはずがない。絶対に無理だ。


「何難しい顔してんねん。一夫多妻の例を出しただけで実際にそうしろて訳やない。いわゆる不倫でええからウチと付き合うてくれっていう話や」

「無理です。俺には藍って彼女がいるんです」

「強情なやっちゃなあ。まさか。ウチの正体知っとる? あ、さっきの電話は会長さんからやったん?」

「そうです」


 ピンク色だった空気が重苦しいものへと変化した。美海さんの落胆した様子が手に取るようにわかった。


「それならしゃあないわ。普通の男の子がウチと付き合うのは無理やからな」

「すみません」

「緋色君が謝る事はないで。自分が特殊な存在なんはようわかっとるから」

「すみません」


 俺は只々頭を下げるしかなかった。美海さんのような性的マイノリティに対し、どう接してよいのか皆目見当がつかなかったからだ。


「そないな顔せんでもええ。緋色君が優しいのはようわかっとる。ウチがこんなんやから色々白い目で見られるんや。だからな、緋色君だけはウチを普通の女の子として見て欲しい。ウチの味方でいて欲しい。それだけや」

「わかりました」


 俺は至極当然と言った風に返事をしていた。しかし、これがそう単純ではないとも感じていた。ただし、こんなに純粋で可愛らしい美海さんの事はいつまでも応援してあげたい。これは俺の揺るぎない意志だと思っている。


 その時、部屋の隅からスマホの着信音がした。美海さんの持ち物であろう小型のリュックの中からだった。


「美海やで」

「何や。清ちゃんか」

「あ? 合コン? 辰巳家の大広間?」

「あの連中もか? 確かに盛り上がるけどなあ」

「ああ? 緋色君も誘うんか?」

「わかったで。彼はウチのお気に入りやからな。変な事したら許さへんで」


 美海さんは耳元からスマホを離してから画面にタッチして通話を終了させた。そして俺に話しかけようとしたその時に俺のスマホが鳴った。藍からの着信だった。

 

 俺はスマホの画面をタッチして耳元に当てた。


「あ、緋色? 寛いでたところごめんね」

「いや、大丈夫だよ」

「あのね、藤次郎君がね。今夜、このお屋敷の大広間で合コンするから参加しないかって誘われたんだ。私はどちらかというと、緋色の家で先輩方とゆっくりする方が良かったんだけど、緋色はどうかなって思ったから」


 確かに俺も藍もこういった合コンには向ていない。藍を誘うべきではないと思う。しかし、俺には使命がある。学園の自由を守るために、ここは心を鬼にして藍を誘わなければいけない。


「俺も誘われたんだ。合コンなんて初めての経験だからちょと興味があってね。一回だけ参加してみないか?」

「うん、わかった。私も興味はあるよ」

「じゃあ」

「うん。後で」


 俺は美海さんを見つめる。彼女も俺を見て頷いた。


「ありがとな、緋色君。始まるのは大体6時ごろや。もうすぐ大学生連中がオードブルやら飲料を運んできて準備するやろ。カラオケセットもここの大広間にはちゃんをあるから心配無用やで」

「こういう事って、よくあるんですか?」

「せやで。清ちゃんはああ見えてバリッバリのパリピやからな。ま、色々と後ろめたい事もしとるはずや」

「後ろめたい事って?」

「緋色君も会長さんと知り合いなら知っとるやろ。清ちゃんはガッチガチのゲイなんや」

「そうらしいですね」

「普通に恋愛はできへん。せやから大学生連中とつるんで相手を探しとるんや」

「大学生ですか?」

「ああ、そうや。地元国立大の不良学生でな。サークル名は〝ウルトラフリー〟や。コンサートやら合コンやら色々なイベントを企画してチケット売りさばいとるエンタメ系サークルやな」

「それ、儲かるんですか?」

「当たる企画だけを興行できるなら儲かるやろ。しかし、現実は甘くない。上手くいく企画もあれば上手くいかない企画もある。儲けているのは幹部だけで、末端サークル員はチケットを被らされるだけという噂やな」

「何だか、関わったら不味い感じがしますね」

「せやから緋色君は連中と仲良くせん方がええ。会長の霧口氷河きりぐちひょうがと幹部連中は要注意やで」

「騙されるんですか?」

「そう思って間違いない。言葉巧みに〝儲かる〟とか〝異性にモテる〟とか勧誘して会員を増やすんや」

「モテるんですか?」

「大学生くらいになると、大概は異性とイチャイチャしたいもんやろ。ある程度大きなサークルなら、男女共にそういう異性との出会いを求めて集まる要素はある」

「もしかして、儲かるよりも異性と遊べるからなんですか?」

「恐らく」


 大学生の、いわゆる不純異性交遊を目的としたサークルが〝ウルトラフリー〟だ。清十郎も異性との……いや、彼の場合は同性か……を求めてそのサークルと関係しているのか。そして、江向吹雪ら学園フェミ協会も親交があるのか。


 男女の性的な乱れを指摘し男女別学を推進しているグループが、性的に乱れている大学生と親しくするのは違和感がある。これは注意しなくてはいけない。


巧言令色こうげんれいしょくすくなじんやな」


 美海さんがボソリと放った言葉だが、それこそがズバリと本質を語っているような気がした。




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