第30話 美海姫の気持ち
美海さんは泣きながら俺の胸に顔をこすり付けてきた。
「美海さん……あの……」
「ごめんな。もうちょっとこのままで……お願いや」
美海さんは時折体を震わせながら、俺の胸にしがみついている。涙は止まりそうになく、俺のポロシャツは涙でぬれてしまった。
それから五分ほど経過しただろうか。嗚咽を漏らしていた美海さんの息が落ち着いて来た。
「美海さん。大丈夫ですか?」
声をかけてみたが返事はない。
美海さんはすうすうと、ゆっくりとした規則正しい息遣いに変わっていた。これはまさか、寝息なのでは? 美海さん、もしかして寝ちゃったの?
俺は軽く彼女の体を揺すってみる。
「美海さん。寝ちゃったんですか?」
やはり返事はない。これは完全に寝入っているじゃないか。
どうする。
ここは起こしたりせずに、このまま彼女を寝かせてあげるのが良いだろう。しかし、俺の上で寝られるのは困る。
俺はそっと彼女を抱いてソファーに寝かせた。何かないかと部屋を眺めてみると、隅の方にたたんだ毛布と大きな枕が置いてあるのを見つけた。俺はその毛布と枕を取り、美海さんの頭の下に枕を入れ毛布をそっと掛けた。毛布は有名な男女ペアのネズミのイラストが描かれた可愛らしい絵柄だった。
関西弁で話しかけられるとついつい男勝りなイメージで見てしまうが、そこはやはり見た目通りの可愛らしい女性なのだろう。
プルルルルとスマホの着信音が鳴る。誰かと思えば彩花様だった。
「もしもし」
「やあやあ弟君。美海姫の抱き心地はどうかね」
「何を言ってるんですか? 抱き心地なんて」
「ふふふ。大丈夫だ。あそこで君が手を出さなかった事は称賛するぞ」
「え? 何で知ってるんですか?」
「弟君、声が大きい。美海姫が起きるぞ」
「何故?」
「ふふふ。その部屋は応接室だからな。監視カメラが設置してある」
「えええ?」
「深く考えるな。辰巳家は資産家なのだから監視カメラがあるのは当然だろう。玄関や庭、車庫など家屋の周囲。屋内も廊下や大広間、応接間と金庫室には設置してあるぞ。もちろんプライベートルームは除外されているがな」
これだけの屋敷を構えている辰巳家なら、家の外も中も監視カメラがあっても不思議じゃない。でも、問題はそこじゃないんだ。どうしてその、監視カメラの映像を彩花様が知っているのかって事だ。
「彩花様。何か違法な事に手を染めていませんか?」
「ない。では弟君の健闘を祈る。しばらくはその部屋でゲームでもして待っている事。適当なところで弟君と藍ちゃんのスマホへ連絡する。そうそう、美海姫は男の娘だ。間違っても手を出すなよ」
「ええ?」
切れてしまった。
男の娘……何と言ってよいのだろうか。言葉に詰まってしまう。
俺は美海さんの寝顔を眺める。どう見ても可愛らしい女の子だ。とても高校生には見えないが、小柄な中学生女子としてなら違和感がない。しかし、幼馴染だという事は清十郎も藤次郎も美海さんが男の娘だと知っているはずだ。
さっきまで、藤次郎に対して何か羨ましいような感情を抱いていたが、今はむしろお気の毒ではないかと思ってしまう。
兄の清十郎はLGBTのGらしい。そして美海さんは……何になるのだろうか。自分の姓自認が男性ならばGだし、女性ならばTになるのか。いわゆる性的違和なんだろうけど……ややこしい。
さて、美海さんが寝ているソファーとは反対側の一人掛けの椅子に腰かけて、スマホの電源ボタンを軽く押す。
ホーム画面にあるツブヤイターアプリのアイコンをタップすると、ツブヤイターアプリが起動した。
タイムラインには彩花様の投稿が幾つか並んでいた。そりゃそうだ。俺がフォローしているのは彩花様ただ一人なのだから、それ以外の投稿が表示される頻度は低い。
昨日の、美少女三人に胸を押し付けられて撮影した画像を添付した投稿は相変わらずバズっているようで、今日になっても〝いいね〟とRTは絶えず追加されている。そして今日の午前中、ショッピングモールで俺と藍が腕を組んで歩いている姿の画像もアップされていた。上手く背後から撮っているので顔は写っていないが、昨日の画像の中の二人だと直ぐにわかる。そしてその画像が添付された投稿には、これまた様々な投稿が寄せられていた。
『このクソオス、名誉男性とつるんでるぜ』
『ちんよし、ちんよし』
『このデブ女、将来飯炊きオナホ確定』
『あれ? もう一人オスがいる』
確かに、その画像の隅に藤次郎が写っていた。そしてもう一つ、カフェ・スピットファイアで座っている画像を添付した投稿もあった。それには俺と藍と藤次郎が写っていたのだが、俺と藍は背中側で藤次郎の顔は丸い黄色のコニコマークで隠してあった。
『ああ、こっちじゃ三人になってるな』
『ほお。このオスも参加するんか』
『食事の後はラブホ直行』
『夢の3P。爆乳デブを二人掛りで犯しまくれ』
こんな感じの、性的で汚い言葉を使った侮辱が続いている。投稿しているアカウントは例の四名、F6F、チャック・イエーガー、ルフトヴァッフェ、RRグリフォンが多い。
その、汚い投稿の中に異質なものが紛れていた。アカウント名はロリっ子バニー。アカウントのアイコンは簡素な落書きっぽいものだったが、ツインテールでうさ耳をつけていた。
『藤ちゃん、あの娘とデートしとるんか』
『ああ、もう一人の男の子の方か。ああ、羨ましいな』
『私もあんな胸。欲しいわ』
この投稿は、もしかして美海さんなのではなかろうか。アイコンの絵とソファーで眠っている美海さんの寝顔を比べてみる。このイラストは本当に美海さんにそっくりだった。
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