第25話 初デートは監視付き

 そんなこんなで、俺と藍は市内のショッピングモールへと来ている。藍はかなり恥ずかしがっていたのだが、そこは姉御三人に押し切られた。体にぴったりと張り付いたニットのワンピースだったから、その気持ちはよくわかる。あの、学園一とも言われる巨乳が乳袋状態になっているのだから、俺も当然ドキドキしていた。更にはワンピの丈は短めでふっくらとした脚もモロ出しになっていたし、腰回りや腹回り、そして肩や腕なども藍のぽっちゃり系の体形がそのままだったのだ。正直な話、藍の体の事をこれだけ意識した事は今までなかった。


 女の子と一緒に出掛けてこんなにドキドキするなんて初めての経験だ。これが初恋なのかもしれない。そして先ほど、彩花様の言っていた言葉も気になる。


『男は好きな女の最初の恋人になりたがる』


 もちろん、全ての男に当てはまる訳じゃないということだが、自分はどうなのであろうか。よく考えてみれば、玲香姉さんは俺の好みにドンピシャといっていい容姿で、一緒に暮らすようになってからドキドキしっぱなしだったし、彩花様の部屋へと誘われてからは彼女に対してもドキドキしっぱなしだ。そして椿さんだ。女性として魅力的になっていく椿さんの事を意識するのが恥ずかしくて、無理に意識しないよう努めていた。つまり、本当は意識しまくっていたのだ。藍の事も同じなんだろう。ぽっちゃり系でからかわれる事が多かった彼女を、俺はいつも庇っていた。それは、俺が彼女に対し何らかの好意を持っていたからなのだと思う。好意が無ければ知らん顔もできた。それなのに俺は、どんどん女性らしくなっていく藍の事を無理に意識しないように努めていたのだと思う。


 自分は一人の女性だけを好きになるのだと思っていたし、そうあるべきだとも思っていた。しかし、現実はどうやら違うらしい。


 複数の女性を同時に好きになる事もあるのだ。人の心というものは不思議なものだなと、今まさにしみじみと感じ入っているわけだ。


「ねえ、緋色。どうしたの? 難し顔して?」

「ごめん。ちょっと考え事をしてた」

「何の事? もしかして、私の事?」

「うっ!」


 図星かもしれない。

 顔が熱くなってきた。


「へへへ。まあ、難しい事は置いといて、私とのデートを楽しもうね」


 そう言って俺の腕に抱きついてくる藍だった。豊かな胸が肘のあたりに押し付けられ、ちょっとぐらついてしまう。そしてそれが非常に気持ちいい。こんな程度の接触で幸福感を味わえるなんて思ってもみなかった。


 しかし、その瞬間にパシャパシャとシャッターを切る連続音がした。そうだった。姐御三人組が俺たちを監視していたんだ。


 椿さんがニコンの一眼を構えてシャッターを切っているし、彩花様は小型のビデオカメラを向けている。玲香姉さんは軍用双眼鏡ではなく、小型のポロプリズム式双眼鏡を覗き込んでいるのだが、それは周囲に不審人物がいないか確認している様子だった。


「あは! 写真とられてるね」

「うん」

「はずかしいね」


 恥ずかしいが、何かウキウキとした気分なのも確かで、藍も同じ気持ちなのか笑顔が輝いていた。


「ねえ。先ずは、アクセサリーを見に行こ」

「ああ」


 藍は俺の手を引き、アクセサリー専門店に入る。そこはブランド物の指輪とかネックレスなどが置いてある高級店だった。


「うわ。お小遣いで買えないものばっかじゃん。これ知ってる? オープンハートのネックレスだよ」

「高いね。8万だって」

「このハートに矢が刺さってる奴、可愛いね」

「それは12万……」


 何だかすごい。

 大人の男はこういうアクセサリーをプレゼントするのか。


 とりあえず、自分がどんな大人になっているのか想像もつかないのだが、こんな高価な買い物ができるようになれるのかは自信がない。


「お邪魔しましたあ」


 店内を一通り見て回ったところで早々に退散した。高校生が来る店では無かろうに、店員さんは笑顔で見送ってくれたのが何だか嬉しかった。


「次は、ゲームショップよ。突撃!」


 またまた藍に手を引かれてゲームショップに飛び込んだ。少しほっとした。「女の買い物に付き合わされる地獄」という悲惨な経験談を読んだ事があり、一着の服を買うだけで10件以上も店をまわり、ああでもないこうでもないと試着しまくって半日も振り回される。沢山買い込んだ場合はお決まりの荷物持ちをさせられ、精神的にも肉体的にもクタクタになるらしいのだが、今回はそうではなかった訳だ。


「何か欲しいものがあるの?」

「ふふーん。アレを買いに来たんだ」


 藍が指さす方にデカデカとポスターが貼ってあった。それは今大人気の「スプラX3」だ。確か、インクを塗って支配エリアを広げるシューティングバトルだった記憶がある。


「えへへ。緋色も買わない? 対戦しようよ」

「遠慮しとくよ。俺、そういうの苦手だし」

「だよね。小学校の頃にね、痛い目に合わせちゃったかなあ」


 ニヤニヤ笑っている藍である。彼女の家には古いゲーム機が何台かあった。スーパーファミコンとかセガサターンとかだ。彼女の家に遊びに行くと、決まって古い格闘ゲームで遊んだ記憶がある。スト2とかバーチャファイターなどだが、何だか勝った記憶は全くない。


「そうだよね。緋色は格ゲーとかシューティングとか苦手だったもんね」

「そうだな」

「でも、ドラクエとかは大好きだったじゃん。復活の呪文のメモ、今でも残してあるよ」

「そうなの?」


 初期のファミコンソフトにはデータのセーブ機能がなく、長い長いパスワードをメモしておかなくてはいけなかった。藍は新しいゲーム機を買ってもらえなかったらしいのだが、ご両親の使っていた古いゲーム機では自由に遊べていた。


「ファミコンはまだあるの?」

「あるよ。まだ現役です」

「久々にやってみたいかも」

「じゃあさ、明日はどう?」

「他に予定が無ければ」


 藍は途端に頬を膨らませ、ブーっと低い声を漏らした。藍が好きなら彼女の事を優先しろって事だ。俺だって、久々に藍の家で遊びたい気持ちはあるのだが、俺には例の任務があるじゃないか。


「ごめんな。他の用事ってのは、例の件の事だ」

「うん。そうだったね。しかたがないね」


 藍も納得してくれたようだ。


「緋色君? 委員長? 何してるの? ゲーム買いに来たの?」

 

 突然、声をかけられた。振り返るとそこにいたのはクラスメイトの辰巳たつみ藤次郎とうじろうだった。


 こいつはあの辰巳たつみ清十郎せいじゅうろうの弟なのだが、長身で色白で細面で兄とは大違いなイケメンだった。


「うん。スプラX3買いに来たんだ」

「お、奇遇だね。僕もそれ買うつもりなんだ。緋色君は?」

「俺は付き添い。今日は荷物持ちだよ」

「学校外でも仲がいいんだ。羨ましいな」


 羨ましいだと?

 何故かリア充になった気分がした。リア充なんて、自分とはもっとも縁遠いものだと思っていたのにだ。

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