第24話 女は最後の愛人でいたいらしい

「今日の仕事は盗撮よ」

「へへへ。準備はバッチリ」

「お父さんからニコンの一眼を借りました」


 昨夜、俺の部屋に乱入してきた姉御三名は直ぐに退散してくれた。もちろん藍も一緒に出て行った。その後、俺を省いて作戦会議は延々と続けられたようで、その時の結論がこの「盗撮」なんだとか。


 姉御三名様はそろってTシャツとジーンズ姿で決めている。目立たないと言えば目立たない服装なのだが、そこは美少女三人組。この三人が揃って街に出かけるならそりゃ目立つだろう。そして、椿さんはニコンの一眼レフを首から下げているし、彩花様はパナソニックのビデオカメラを掴んでいるし、玲香姉さんなんかは米軍のM22双眼鏡を抱えていた。


「この双眼鏡は米陸軍の正式装備で製造は日本のフジノン。7×50でレーザー光線反射コーティングが施されているんだよ」


 軍用双眼鏡を自慢する姉さんである。これは親父のコレクションの一つで、俺も何度か使わせてもらったことがある。レーザー光線から眼球を保護するため、対物レンズに緑色のコーティングが施されている。通常タイプの双眼鏡と違いピンク色に着色された視界になるのが特徴だ。


「へへへ」


 ニヤニヤしながら双眼鏡を俺に向ける玲香姉さんだった。


「うーん。近くは見えないんだね」


 そりゃそうだ。双眼鏡によっては美術館の鑑賞などに使うため、近距離でもピントが合う機種もあるらしいが、軍用双眼鏡にそんな機能はないだろう。


「さて、弟君。今日は存分に藍とのデートを楽しんでい来るがいい。それと、これを持っていろ」


 彩花様から手渡されたのは白いICレコーダーだった。


「パナソニック製。最長523時間の録音が可能だ。念のため電池は新品と交換してある」

「これで何を録音するんですか?」

「何かあった場合の保険を掛けておけという話だ。これは弟君の安全のため。君に盗聴器を仕掛ける方法も考えたが、当面は不要との結論に至った」

「盗聴器とか、マジですか?」

「マジだ。昨夜、見ただろ? 連中は弟君を嵌めようとしている。私たちは連中の策に嵌まったフリをしつつ弟君を守らなくてはいけない。そういう事だ」


 なるほど……って納得してる場合じゃないぞ? しかし、しかしだ。昨夜の話では、学園フェミ側の作戦で越ケ浜さんが俺に接近するらしい。それで俺は藍と付き合いつつも、NTR、即ちネトラレ。敵方の越ケ浜さんに寝取られるフリをするのか。


 難易度が高い。高すぎると思う。


 俺は昨夜、途中から会議を抜けていたのであの作戦がそのままなのかどうか確認していない。もしかしたら変更されているかもと淡い期待を抱きながら、彩花様に質問してみた。


「あの……俺が嵌められるフリをするんですよね」

「そうだ。だからこそICレコーダーや盗聴器が役に立つ。つまりだ。仮に弟君が越ケ浜に迫られてセックスしてしまったとする。その時、越ケ浜の側がレイプだ何だと騒いだ場合、その時の音声データがあれば弟君の無罪は証明される。そしてな、爆弾や自作銃の製造に関しても、越ケ浜との会話が録音されていれば濡れ衣を着せられる事はないだろう」


 セックスって!

 不味い。顔が凄く熱くなった。


「弟君が恥ずかしがってるじゃないの。言いすぎだよ、彩花」


 椿さんに助けられた。俺は黙って頷く。


「恥ずかしいのか? 役得でエッチし放題かもしれないんだぞ」


 それはそれで興味がないわけじゃない。でも、やはり最初は好きな女の子と……。


「困ってるじゃない。好きでもない女の子とエッチするなんて、弟君は嫌だよね」

「椿。それはそうかもしれんが、そうじゃない場合も多いはずだ」

「え? どういう事?」


 椿さんに話を振られて頷いていた訳だが、この彩花様の切り返しは理解し辛い。


「それはだな。男は好きな女の最初の恋人になりたがるんだよ。自分が最初の恋人になるじゃない」

「それそれ。男は処女膜が好きなんだ」

「玲香は黙ってろ。これはそういう単純な話じゃないんだ」

「どゆこと?」

「うん。聞きたい」


 彩花様の話に玲香姉さんと椿さんが乗ってきた。二人共じーっと彩花様を見つめている。


「これは特定個人のことを指している訳じゃない。男性一般、多数派の男は大抵こんな欲望を持っているという話だ」

「うんうん」

「それで?」


 彩花様は腰に手を当てて胸を張る。


「つまりな。自分は何人もの女と肉体関係を持ちながらも、好きな女の最初の恋人になりたがる訳さ。単に処女とセックスしたいだけじゃなくて、処女を自分色に染め上げたいっていう欲求だよ」


 そして偉そうに話す彩花様に玲香姉さんと椿さんはしきりに頷いている。そうなの? 男って、そういうものなの?


「これはある種の男の独占欲とも取れるが、実際は女の中に他の男の影を見たくないという幼稚な願望でもある」

「へえー。男って幼稚なんだ」

「ねえ、弟君。そうなの? そうなの?」


 椿さんが俺をじい―っと見つめる。距離が近い。これはかなり恥ずかしいのだが、俺も勇気を出してみた。


「えーっと、自分にはよくわかりません。女の子と付き合った事も無いし、別れたことも無いし、そういう元カレとか元カノとか、三角関係になった時の事なのかな。あ、でも、俺は好きな女の子と一緒になれればそれで満足すると思います」

「そうだよね。そうだよね。弟君はそういう一途なタイプだよね」


 俺は椿さんの言葉に思いきり頷く。そうだ。それ以外にないじゃないか。


「なるほど。しかしそれは非モテ男子の意見なんだ。モテモテの男はそうじゃないんだよ」

「え? 弟君は非モテじゃないの?」

「ふふふ。今まではな。しかし、今からは違うだろ?」

「そっか、そうだよね。弟君はモテモテだし」


 再び椿さんに至近距離で見つめられる。俺は恥ずかしくて下を向いてしまった。


「ところで彩花。男がそうなのはわかったけど、女の方はどうなのさ。やっぱり童貞喰いたいものなの?」


 玲香姉さん。童貞を目の前にしてその質問はどうなの? しかし、彩花様は堂々と返事をしていた。


「ふふふ。私は童貞が欲しいかな。しかし一般論としては、女は最後の愛人でいたいが本音」

「そうか。それ、わかる」

「私も。私も」


 最後の愛人に激しく同意している玲香姉さんと椿さんだったのだが、俺にはさっぱり理解できない。そんな時、仏間から藍が出て来た。


「これ……ちょっと恥ずかしいかも」


 丈の短いワンピースに黒ストという格好だ。かなり可愛い。藍のふっくらした脚が惜しげもなく晒されているし、ワンピースの方は白いニット地で藍の体形がモロに浮き出ている。彼女の豊かな胸元は乳テントどころか乳袋状態となっていた。


※「男は好きな女の最初の恋人になりたがる」と「女は最後の愛人でいたい」については、松任谷由実の楽曲である「魔法のくすり」に出てくる歌詞を簡略化して表記している。大筋では「恋の悩みに効く魔法の薬。男女の恋愛観は違うんだから、悩んでないで行動しなさい」と言うような意味らしい。この曲はアルバム「流線形'80」(1978年)に収録されている。この中では「埠頭を渡る風」が有名かな。同時期の曲としてはアリスの「チャンピオン」や甲斐バンドの「HERO(ヒーローになる時、それは今)」など。懐かし……いや、ググっただけですから。78年はピンクレディーの絶頂期でもあり、キャンディーズ解散のショックもあり……愛しの百恵さまが引退したのはこの二年後……いえ、ググっただけですから。

 ちなみに、「魔法のくすり」の元ネタはオスカー・ワイルド(19世紀英国の作家)の言葉、「男は愛する女の最初の男になる事を願い、女は愛する男の最後の女になる事を願う」であるらしい。

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