第12話 朝から色々ありまして……新婚旅行とか告白とか。

「ごめんなさいね。この人がどうしても行きたいって言うから。航空券もホテルもその場で予約しちゃったの」


 俺は愕然とした。

 本来なら反対するような事じゃない。二人には是非とも旅行にでも行って欲しいと思っていた所だ。しかし、しかしだ。昨夜の事を思い出すと、素直になれるはずがない。


「私は賛成。二人でゆっくりしたらいいよ。家の事は私に任せて」


 玲香姉さんはノリノリだった。


「緋色は? 特に反対ではないんだな」


 俺は静かに頷く。


「よし。じゃあ決定だ」

「緋色君が反対しても行くつもりだったんでしょ?」

「緋色は反対しないさ。なっ!」


 父と母の話に俺は黙って頷く。一本気な父の、ある意味強引な性格は熟知しているつもりだ。そしてこの父の決断が間違っていた記憶はない。まあ、立派な父親だと思っている。


「じゃあ、緋色と二人っきりになるね。今夜のおかずは何にする?」

「何でもいいよ」

「そういうのが一番困るんだよね。今日の放課後はスーパーに行くよ。一緒に買い物しようね」

「あ……うん」


  俺の返事は何故だか歯切れが悪い。


「緋色君。玲香の事、お願いね。この子、はしゃぎ過ぎて失敗する事が多いの」


 母さんにお願いされてしまった。そして親父が口を開く。


「いや。玲香ちゃんにお願いするよ。緋色はね、奥手というか、一人でこもりっきりなのでね。外へ連れ出して、少し開放的な空気を味わった方がいいと思うんだ」

「うん、任せといて。とりあえず、ショッピングモールを連れまわしちゃうね」

「わ……わかったよ」

「あれ、もうこんな時間だ。急がないと遅刻するよ」


 俺と玲香姉さんが打ち解けている様子を見て、父も母も一安心しているようだった。俺は急いでトーストとスクランブルエッグを平らげて、家を出た。俺は徒歩だが、玲香姉さんは自転車通学だ。以前住んでいた家が5キロ以上あったとかで、許可証のステッカーを貼ったままになっている自転車に颯爽と跨る。


「じゃあ、私は先に行くね。遅刻すんなよ」

「わかってるって」


 玲香姉さんはさっさと自転車をこいで、走り去っていく。

 そうだった。実は、玲香姉さんがウチに来てからこれが不満だった。俺は、超自分好みの玲香姉さんと肩を並べて歩きたかったんだ。しかし今、そんな感情は何処かへすっ飛んでいた。


 時間に余裕はないが、走らなければいけないほどでもない。俺はやや速足で歩きながら、昨夜の事を考えていた。何故だか知らないが、玲香姉さんはお色気を振りまきながら俺に迫って来た。これは一体、どういう事なのだろうか。

 玲香姉さんは、俺とそういう恋人関係にでもなりたかったのだろうか。それとも、何か別の意図があるのか。俺には想像もつかない。何故、姉さんは……。


「弟君! おはよ!」

「おはよう。弟君」


 突然声を掛けられた。考え事をしている間に校門前まで来てしまったようだ。そこに立っていたのは生徒会長の柊彩花ひいらぎあやか様と突き出た胸元が眩しすぎる椿さんだった。


「朝から真剣な顔でどうしたの?」

「顔色が悪いぞ。何かあったのか?」


 椿さんと彩花様に問い詰められる。いや、二人共それは距離が近いのですけれども。


「そういえば、玲香はルンルンだったな。鼻歌を歌いなからかなりご機嫌な様子だったぞ」

「うんうん。でも、今の弟君の様子はちょっと変かな?」


 彩花様と椿さんがさらに一歩近づいてくる。ど、どうしよう……。


「ん? もしかして例のツブヤイターの件か? まあ、軽く炎上してるけれども」

「何? 彩花さん、それ何の事?」

「後で説明する。で、弟君? その事かな?」


 あああ……またまた彩花様が歩を進める。ちょっと上目遣いなご尊顔が麗しいのだが、胸が触れてしまいそうなヤバイ距離だ。


「あ……ツブヤイターの方は……通知の設定ですかね。それ、オフにしてたので全然見てません」

「ふむ。懸命な判断だ」

「ねえねえ。何の事? 私だけのけ者にしないでくれるかな」

「スマンな、椿。後で説明する。玲香と何かあったのか?」

「いえ……何でもありません」

「何かあったな。ふふふ」


 この人はヤバイ。本当にヤバイ。今の俺の態度で、何か勘づいたらしい。


「椿、アレだよアレ」

「何?」

「だから」


 俺から離れた彩花様は、椿さんと何やらゴニョゴニョと小声で話しているのだが……。


「そうなの?」

「多分な。あいつ、癖が悪いから心配してたんだが」


 一旦、俺の方をじろりと睨んだ彩花様だが、再び椿さんと小声で話している。そして、再び俺を睨んだ彩花様が俺を指さして宣言した。


「今から私は、この変態の竹内緋色と付き合うぞ。恋人同士だ」


 いやいや、彩花様は何てこと言ってんの? そんなのいきなりすぎるでしょ。他の人も、近くにいる先生も聞いてるんですよ。

 

「返事は?」

「え? 今の、告白だったんですか?」

「そうだが?」


 ああ。何てことだ。彩花様、もうちょっとTPOとか空気を読むとか考えましょうよ。


 俺はマジで困ってしまい、何も言えなくなってしまった。


「ねえねえ彩花。あなたの告白がいきなりすぎて、弟君が固まっちゃってるよ」

「そうか」

「そうだよ。ここは幼馴染の私の出番だよね」


 助かった。流石は俺が全幅の信頼を寄せている椿さんだ。


「彩花と付き合うのが難しいなら、私が彼女になってあげる。私だったらいいでしょ。ね、弟君」


 前言撤回。

 余計に困った。

 そして俺は、朝っぱらから途方にくれたのである。





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