第11話 Starship Breakers
九死に一生を得た。
正にそんな気分だった。
玲香姉さんの母、
俺としては大いに結構だと思う。一晩くらい、いや、新婚旅行で一週間くらい家を空けるくらいは何ともないと思っていた。
しかし、さっきの様な事、玲香姉さんに迫られるような事が頻発してしまっては不味い。本当に不味い。今夜は早めに帰って来てもらって感謝している。
「緋色。ただいま」
「お帰り」
「玲香さんは」
「さっき二階に上がったよ」
「そうか。食事と風呂は済ませたのか」
「うん」
その後、父と母は入浴もせずに寝室へ向かった。
かなりお疲れだったようだが、俺が口を出す話ではないだろう。夫婦仲良くイチャラブしているならそれは健全であり、家庭が円満である証拠だろう。近い将来、俺の弟か妹ができるのも悪くはないと思う。
静かになった所で、彩花様から借りたBDをじっくりと鑑賞する体制に入った。
正式なタイトルは『遊星迎撃隊——Starship Breakers』だ。大まかには、天体衝突から地球を守るため命を懸けて戦う若者たちの物語だ。
先ずは人類初の系外惑星探査艦から始まる。系外惑星とは、太陽系外の惑星の事で、現在はケンタウルス座α星にその候補がある。ケンタウルス座α星は、太陽系から最も近い恒星系だ。距離は約4・2光年。このα星は三つの恒星からなる連星系で、主系列星のα星AとB、そして赤色矮星のプロキシマ・ケンタウリで構成されている。この赤色矮星のプロキシマケンタウリに地球型の惑星が発見された。2016年の事だ。この星はプロキシマ・ケンタウリbと命名された。
26世紀の物語だから今から500年後だな。そのプロキシマ・ケンタウリbへと探査に向かう探査艦〝アキツシマ〟に護衛として赴任している人型機動兵器パイロットの三笠和馬が主人公だ。彼はトリプルDと呼ばれる人型機動兵器に乗り込み、アキツシマ護衛の任務に従事する。しかし、惑星探査艦アキツシマを襲ったのはハイジャックされた民間シャトルだった。和馬たちの活躍によりシャトルは解放されたが、その過程で巨大な小惑星群が地球に迫っていることが判明した。
そして、天体衝突から地球を守るために、超加速する質量兵器に搭乗する命知らずの男が秋山辰彦。光速さえも突破して小惑星に体当たり攻撃をするスピード感と質量感は圧巻だった。そして、未来へと羽ばたくかのようなラストシーンも感動ものだ。
なるほど。彩花様は、こういった人類を滅亡から救うような物語が大好きなのか。そして、ロボット同士のバトルも好みに違いない。そして多分、ハッピーエンドも大好きに違いない。
明日、彩花様にBDを返却する際の感想を脳内にまとめてみる。もちろん最後の言葉は「僕もこの作品が大好きです」だな。
彩花様に借りたBDソフトが思ったより面白かったせいで、その夜はなかなか寝付けなかった。脳内で質量兵器が小惑星へと突っ込んで行くシーンが何度も再生されるし、ロボット同士の熱い格闘戦も同じく何度も再生された。終いには、自分がそのロボットに乗り込んで敵のロボットと戦っていた。作中ではパイロットの視点とロボットの視点が一体化する。そして今、俺は敵のボスキャラと対峙していた。そうだ。あの、作中で主人公たちが倒せなかった高性能なカスタム機だ。俺はレーザーの輝く剣を抜き、あのカスタム機と格闘する。しかし、相手はやはりボスキャラだ。強い。善戦するものの、結局は撃破され意識を失ってしまった。
気が付くと、俺は野戦病院のベッドに寝かされていた。ベッドの傍には玲香姉さんがパイプ椅子に座っていた。
「緋色、気が付いたの? 良かった」
彼女は俺の胸に顔を埋め、涙を流していた。
「俺は? 生きてるの?」
「うん。生きてるよ。緋色の機体は破壊されたんだけど、奇跡的にコクピットは無事だったの。でも、トリプルDシステムの解除が上手く行かなくて、意識が戻らなかった」
トリプルDシステム……そうか。人間の意識と機動兵器を強制的に直結する操作系の事だ。確か、適正のない者がこのシステムを使用した場合、意識が戻らず廃人となってしまうのと事だった。まさか、自分がそうなってしまうとは夢にも思わなかった。
「でもよかった。こうして戻ってきてくれた」
「うん」
姉さんは至近距離で俺の顔を見つめ、そっと唇を寄せた。最初は頬に。次に額、瞼、鼻、そして唇に。その柔らかい感触に頭が真っ白になった。
俺は姉さんを抱きしめ、彼女の唇を貪った。そして彼女のブラウスのボタンを外し、胸元に手を突っ込んだ……。
「緋色。起きて」
ん?
姉さんの声だ。
今、抱き合っていたのは玲香姉さん?
ヤバイ。
「ねえねえ。さっきからね。玲香姉さん玲香姉さんってブツブツ言ってたけど、もしかして私の夢でも見てたの?」
「はい。そうみたいです」
「早く起きないと遅刻だよ。さあさあ」
掛け布団を剥がそうとする玲香姉さんだが、俺は布団をしっかりつかんで離さない。
「え? どうして頑張ってんの? 本当に遅刻しちゃうよ」
「わかってる。わかってるから。すぐに降りるからちょっと部屋から出てって」
まあアレだ。今、俺の下半身はヤバイ。いわゆる男の朝の生理現象なんだが、姉さんにこれを見せるわけにはいかない。
俺の必死の形相を察したのか、玲香姉さんはニヤニヤ笑いながら踵を返す。
「緋色。早くしろよ」
「わかってるって」
そして姉さんは、口元を抑えたまま、多分、必死に笑いをこらえながら部屋を出て行った。俺は急いで制服に着替え、階段を駆け下りた。
トーストと目玉焼きの朝食は既に出来上がっており、テーブルに並んでいた。俺が席に座ると同時に父が話し始めた。
「緋色と玲香。よく聞いてくれ。俺たち夫婦は今日の午後から9日間、新婚旅行に行ってくる。行先は台湾だ。しばらくは二人きりなるが、仲良くな」
俺が唖然としたのは言うまでも無かった。
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