第5話 柊(ひいらぎ)商店
「さあ乗って!」
玲香姉さんは、そう言って自転車の荷台を指さす。俺は恐る恐る自転車の荷台に跨った。右手で鞄を抱え、左手は玲香姉さんの肩に添えた。
「じゃあな。緋色は私のペットだから、余計なちょっかい掛けんなよ!」
「ああ……」
姐さんの捨て台詞に清十郎はがっかりと肩を落としている。あの落胆した顔を見ると何だか爽快な気分になる。そんな清十郎を無視して姉さんは颯爽と自転車をこぎ始めた。俺の体重は75キロもある。結構重いはずなんだが、それをものともしない漕ぎっぷりだった。
「無事だったか?」
「はい。椿さんの情報は一切漏らしていません」
「はあ? 緋色、何言ってんの?」
「いや、あの人は椿さんの家を教えてくれってしつこかったんです。断ったら今度は一緒にゲームしようって。佳乃家はすぐ向いだから、ウチに来られるのも不味いと思って、もうどうしていいかわかんなくて、そんな時に玲香姉さんが来てくれたんです。助かりました。ありがとうございます」
姉さんが自転車のブレーキを掛けた。キュっと軋む音がして自転車が停まる。そして玲香姉さんは振り返って俺の顔を見つめた。
「緋色。君さ、かなり鈍感だよね」
「え? 確かにそうかもしれないけど、今それ、関係ありますか?」
「大ありだよ。君、危機感ってものが欠落してる」
「危機感ですか。自分としては、昨今のウクライナ情勢とかを鑑みて、日本の防衛力強化は必須だと思います。日本は、ロシアと中国、北朝鮮っていう軍事力にモノを言わせて他国を脅迫する勢力に囲まれてるんですよ。敵基地攻撃能力は当然として、核武装まで視野に入れる事は必要です。勿論、憲法改正もしなくてはいけません」
「あははは。そうかもね。私、その辺の事はよくわかんないんだけど」
「そうですか? じゃあ自分がみっちりと解説して差し上げます」
「あ……それはまた今度。そこでジュースでも飲もうよ」
100メートル先に小さい雑貨屋があった。食料品や日用品、灯油や木炭などの燃料に自転車やバイク、スキューバダイビング用品とかモーターボートなんかも扱ってるとんでもない雑貨屋さんなんだけど、店の売り場は十二畳ほどしかない。店舗の隣にあるガレージでスクーターの整備をしている親父がいた。
「よ! おっちゃん元気してる?」
「貧乳民のお出ましだな。今日は何の用だ?」
「おっちゃん。それ、セクハラ発言だよ。
その一言で真っ青になった親父は、速攻で土下座をした。
「スマン。失言だった。彩花には言わんでくれ」
「私はいいけど、緋色も聞いたみたいだし」
「緋色?」
親父は俺の方を見てまた土下座をした。
「スマン。この事は絶対に内緒にしてくれ。彩花にだけは、彩花にだけは……」
鬼気迫る勢いだ。
店の看板は
学園一の才女で生徒会長の
そう。我らが竜王学園の美少女ツートップと言われている女性で、多くの場合、様付けで呼ばれている学園二大美女の一人。もう一人はもちろん椿さんだ。
優し気で包容力があって、そして巨乳が眩しい椿さんに対し、彩花さんはややスリムなクールビューティ系だ。鋭い目線と厳しい突っ込みがある種の快感を呼び起こすとか言われているのだが、その辺の感覚は自分にはわからない。この柊商店のお嬢さんが、生徒会長の彩花さんだったんだ。
「大丈夫です。誰にも言いませんから」
「ありがとう。ありがとう」
親父は立ち上がって俺の手を両手で握りしめた。娘さんが相当怖いんだろうな。
「何か飲んで行けよ。モンスターでいいか?」
「はい。私はピンクの」
「俺は青いので」
「ちょっと待ってな」
親父は奥の冷蔵ケースから缶入りのモンスターエナジーを二本取り出し、俺たちに渡した。
「お金は?」
「いいのいいの。おっちゃんのおごりだからね」
玲香姉さんのウィンクに、親父もウィンクで応えていた。おっさんのウィンクはちょっとキモイかもしれない。
玲香姉さんは店先のベンチに腰掛けて、プルトップを引く。プシューっと音をたてて炭酸が抜けるところに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「うーん。この、甘々な香りがたまんないね。緋色も座って飲みなよ」
「わかった」
俺は匂いなんて嗅がずに、そのままゴクゴクと飲む。モンスター独特の香りが口いっぱいに広がり、鼻から抜けていく。俺はこの、一本二百円もする高級ドリンクを自分で買ったことがない。だから、親父に奢ってもらったことは素直に嬉しかった。
「ところでさ。清十郎の事なんだけど」
「はい」
「あいつ、椿に興味なんてないんだ」
「え?」
「だってさ、あいつガチでゲイだから」
「ええ!」
「緋色の貞操、危なかったんだよ」
「えええ!?」
俺は天地がひっくり返ったような衝撃を喰らった。そして、何故か尻の穴がズキズキと痛んだ。した事ないのに……。
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