第32話 父親

 血がにじむ 手首に残る ガタガタの

       歯形撫でれば  命いとおし


「いつも父がお世話になります」

レストランから先に出て、タバコを吸っていた。

父が見たことのない人と楽しそうに話してる。

社会人一年目の大人として挨拶した。


「娘さんかね。良くにているね。さっき会ったばかりでね」

父もうなづき微笑む。父の特技は誰でもすぐに仲良くなることだ。

挨拶しては何度も同じ事を言われた。


そして大声で笑う。テレビを見ては

「ばか野郎、俺に言わせりゃ」を繰り返す。

「何でお前らは泣かないだぁ?」と始まると母は泣くためのタオルを準備する。

長年生き別れた家族がご対面のシーンで号泣。

とにかく感情の表し方が豪快だ。


そんな父から仕事の現場で怒鳴られたという

部下がたくさんいた。敵も多かった。


ある日、手を血だらけにした部下が家を訪ねて来た。

父が憎くて会社のロッカーの作業服をカッターでビリビリにしたらしい。

作業服を父だと思って破ったのだろう。

血だらけの男の人は父を呼べと母に言う。

母の悲鳴に父も玄関にとんできた。

部下は父をみるといきなり半泣きで謝る。

家にあげて、話を聞いた父も謝った。

そして、傷の手当てを母にさせて、ご飯を食べさせて家に帰した。

お金を借りに来た他の部下には、

「これは貸すんじゃない。お前にやる」

とあげてしまった。お人好し、見栄っ張り、騙されやすいと母は父の悪口を言うが、いつも言われたとおりにしていた。


アクティブだ。行きたいと思ったら、金閣寺、東京スカイツリーだけ見に行くため車を走らせる。勿論日帰りだ。それ以外は仕事を楽しむ。ダンプカー、

クレーン車、ブルドーザーなど重機が大好き。


ポジティブだ。身内が自殺しても、私が自殺未遂で入院しても動じなかった。

明るい方に物事を考える天才。悩んでいた自分が馬鹿らしくなる。


髪の毛を抜く。

柱に頭を打ち付ける。

そして、自分の腕に噛みつく。

私は自分の腕のガタガタの歯形をみたらおかしくて生きている喜びを味わった。



 

 

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