第30話 仮眠室

 もう何も云わぬが利口と 心決め

      三分経てば これも言いたし

  

「あんたが2才の頃、突然壁に向かって挨拶した時には本当怖かった」

心霊番組で怖い思いをすると母は思い出したかのように、同じ話をした。

私は全く覚えていない。お祓いしたと付け足した。

ユリゲラーのスプーン曲げや、時計の針の反対回りに子供たちが興奮していた。

私は手品だと思いカラクリがあると信じなかった。

小学ニ年生の夏休みだ。

友達に神社の裏に連れていかれた。

目をつぶるように言われる。

しばらく私の両腕を掴んだり回したりしている。

催眠術らしい。これも何も感じなかった。

休み時間にはコックリさんが流行る。

学校で禁止されるほど、影響力があった。

私は誰かがわざと十円玉を動かしているとしか思えなかった。


就職したホテルは勤務時間がバラバラですぐに体を壊した。

不規則、季節感がない。

自律神経が乱れ睡眠不足による不調だ。

家に帰ると起きられないと心配してホテルの一室に泊まる日もあった。

客室が空いてないと仕方なく従業員の仮眠室に泊まった。

布団や毛布、シャワーも完備されている。

私はこの部屋が落ち着かない。

眠りに落ちる寸前、ガヤガヤと音が聞こえ、突然に体が硬直した。

目を開けたくても全く開かない。

すると今度は私の体に何かが乗る。夢なのか?現実なのか?数分すると収まる。そして寝返りをうつ。

そしてそのまま何事もなかったかのように朝を迎える。

初めての体験を先輩に話した。

「仮眠室で寝ると霊感の強い子は金縛りになるんだよ」

笑顔で答えられた。霊感とか、金縛りなんて科学的に証明できるだろう。

脳は起きているのに、身体は寝ている状態だ。聞いたことがあった。

 

次の日、また仮眠室で寝る。また音がする。

廊下を社員が歩いてるのだろ。うるさいなと思った瞬間、また全身が硬直した。目がまた開かない。目をつぶったままなのに確かに見た。

私の顔を誰かが覗く。

白衣の上に紺色のカーディガンをはおった看護婦さんだった。

またその事を先輩に話す。

 

仮眠室以外ではならない現象だ。

私から聞いた話を先輩は総務課に相談した。

女子社員の何人かが先に経験していたらしい。

 

総務課に呼ばれて詳しく聞かれた。

疲れていただけだと、引き上げようとした。

「看護婦さんの話をしたのはあなただけなの。誰にも言わないでね。ホテルが建つ前はここは病院だったらしいの。看護婦さんが一人屋上から飛び降りたのよ」私は勘弁してと話を遮る。


次の日から、経理課の女子社員のお陰で、仮眠室に祈祷師が来てお祓いとお札を貼った。もう金縛りにはならないと噂される。金縛りを実際に経験した人からは感謝されたが、大半の人からは白い目で見られた。

 

もう誰にも何も云わないと誓う。

しかし、お祓いされたはずなのに、私はまた金縛りに苦しめられた。

あの時の体験は一体なんだったのだろう。


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