第29話 給食費
小心のうえに傷心 人はみな
どうにでもなれ 消えてなくなれ
「お母さん、いいものもらったよ」
妹が、お米屋さんからもらった風船を持って居間にいる母のもとにかけよった。パチン。玄関にいた私の耳に乾いた音がし、妹が叩かれたのだと察した。
お米屋さんは苦笑いをして帰っていく。気付かれた。
昭和40年代、米や味噌、醤油はツケ払いだ。
今夜、誰が来ても母から留守だと言うように言いつけられていた。
6才の私は小心者で嘘をつけなかった。
妹はその大役を見事にこなしても、喜びを押さえきれなかったのだろう。
妹が母の苛立ちの犠牲となった。傷付いた。
父はグルメで、母は味覚が鋭い。
美味しいものを食べる事が生き甲斐だった。
どんなに高くても、まずければ残す母に、憤りを感じながら、私は平らげた。
「あんたは味音痴だね」と笑って見ている。
この外食代を先にお米の支払いにすれば、妹は泣かずにすんだのに。
悔しかった。
小学校三年生。
学校から月に一度、給食費を入れる袋が配布される。
滞ることなく持たせてくれた。
しかし、今回は嫌な予感がした。
日曜日の夜お寿司屋さんに行ったからだ。
一万円札を払うところを目撃している。予感的中。
「誰かひとり、これで持って行って」
母の手に見たことのないものがある。
紐で結ばれた五円玉だ。かなりある。
千円札と百円玉では足りない分の五円玉。百五十枚位。
「お金であることにはかわりない」
小心者の私はなくなく紐で結ばれたまま袋に入れた。
翌日、先生に直接手渡しした。
破れかけている袋と重みに困惑しながら、受け取る。
「確認のため、この場で数えるね」
先生はあろうことか、教室で数え始める。
男子も女子もみんな、珍しそうにのぞく。
顔から火が出るほど恥ずかしい。
「貧乏人のすることだ。こんなの持ってきた人、手をあげろ」
男子の一人が大声で言う。
先生はそれを嗜めるが、聞かない。小心者。
とても私だとは名乗れない。恥ずかしさから、涙にかわる。
家に帰ると、真っ先に母に文句を言った。
「先生が庇ってくれたけど、ばかにされた」
母は何も言わなかった。
一言謝ってくれたらこんなに傷付かないで済んだのに。
戦後、家を建てるためにみんな必死に働きお金を貯めたらしい。
ご飯と梅干しだけの貧しい食卓。
ただ、マイホームのために。
そんな生活をしていた隣の夫婦が栄養失調で亡くなった話をいつもする。
生きているうちは旨いものを食う。
親の食へのこだわりをまだ理解出来なかった。
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