第6話 地上のモグラ
嘘 不平 愚痴こぼしたる モグラの子
地上に逃げても 夢なくて 餓死
「あっ、何か落ちてる」
八百屋さんの前を通りかかった時、折り紙でもない、
けれど見過ごせない紙切れを見つけた。小さく折り畳まれている。
100円玉さえ拾ったことのない私は興奮した。一万円札だ。
昭和54年。聖徳太子の顔。まじまじと見たのもはじめてかもしれない。
妹と友達にはまだ気付かれていない。
紺色の制服のポケットに隠そうか。一瞬脳裏をかすめる。
「将来の夢はなんだったの?」幼稚園児の時、母に聞いた。
「美容師さん。でもあんたがお腹に出来たから、叶わなかった」
必ず母は苦々しそうに答えた。
当時は子供の作り方すら知らない。私のせいだ。
私のせいでお母さんは夢を叶えられなかった。自分を責めた。
母は父とけんかしたあと必ずこう言う。
「あんたなんか生まなければよかった」
「あんたは橋の下から拾ってきた子」
親が子供につく嘘はサンタクロースがいるとかではないのか。
そして、そのあとあんたを生まなければ私はお父さんと結婚しなくて
済んだといつも残念そうに締めくくる。
嘘や不平不満、愚痴の塊の母に嫌われたくなくて、
その話になると聞かないふりをした。
「交番に届けよう」私は一万円を握りしめて今来た道を戻る。
違う興奮が私を包む。半年後に落とし主が現れなければ、
私のものになるらしい。
家に帰り、母に話した。褒めてほしかった。
「八百屋に持って行かなくてよかった。
店員に持ち主を探しておくからと、盗られたかもしれないね」
私の夢は、ヘレン・ケラーのように強く
イエス・キリストのように清い偉大な人間になることだった。
モグラの子には無理なのかな。
太陽の下では生きられず、餌もなくて餓死するのかな。
夢を諦めた。
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