第5話 インパラ
産み落とす瞬間 ハイエナ下にいて
インパラの命 流産と重ねる
「切迫流産です。安静にして下さい。薬を出します」
妊娠が分かり大喜びしたのも束の間、次の定期検診で医者に言われた。
籍を入れない。独りで生み育てる覚悟をした矢先だ。
野生の王国というドキュメンタリー番組を思い出していた。
サバンナに群がるインパラの一頭が、立ったまま子どもを産み落とす場面だ。
ライオンがいる。ハイエナがいる。幼い私には衝撃過ぎた。
「そんな子、生まれてきても幸せになれないよ。堕ろしちゃいなさい」
母が冷たくいい放つ。父親のいない子にする不幸を考えての言葉だろう。
私は出来立ての胎児を愛し名前も考えていると反論した。
「世間体が悪い」 母も言い返してくる。
母親インパラはなぜ昼間、しかも危険な場所で子供を生もうとするのか。
ハイエナがインパラのお尻の方に近づく母親インパラは後ろ足で追い払う。
次の瞬間、胎盤ごとヌメッと赤ちゃんインパラが出た。
ハイエナがその一部を舐める。
「赤ちゃんを助けて」
つわりで布団に横たわりながら、声のない叫びをあげる。
さすってくれる手も、心配してくれる人もいない。孤独の10日間。
ハイエナは胎盤を舐めきり、柔らかい生まれたての赤ちゃんインパラに
牙を入れ食べ始めた。地面に落ちる寸前だ。
「心臓が動いてませんね。残念ですが。手術の日を決めましょう」
その日から3日後に決まった。それでもつわりがあった。
まだ生きているのではないかと期待した。
「お腹に異物があればつわりがあるのは当たり前なのよ」
結婚もしていないのに妊娠する事は悪だと周りの大人は冷たかった。
母親インパラはどうなったのだろう。自分の子供を舐めることも、
一目も見ることもできなくて。私は抱くことも、一目見ることも叶わな
かった赤ちゃんの哺乳瓶を握りしめて泣いた。
ただこの世に愛するもの、無償の愛の存在を確かめたかった。
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