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 魔法少女のすべてが魔法を使えるようになるわけではないことは田舎にいるときから知っていた。


 魔法犯罪の認知件数は、高度経済成長期の終焉とともに減少の一途をたどった。というのも、魔法を使える人そのものが徐々に減り始めたのだ。


 誰もが一過性のものだと思ったが、その傾向は年号が変わり、冷戦が終わりを告げる頃にはさらに顕著になった。そして、それは今日に至っても変わらない。魔法衰退期。そう呼ぶ人たちもいる。


 魔法素質者が減ったことで始まったのが警察と犯罪組織による人材の奪い合いだった。


 魔法が使えなくてもいい。その素質さえあれば積極的に青田買いして魔法使いの下で訓練を受けさせよう――そんな動きが見られるようになったのだ。


 こうして、魔法学校でも魔法を使えない素質者のための訓練カリキュラムが組まれるようになった。魔法を使えない魔法素質者の少女たち。幾分かの揶揄も込めて「魔法少女」という言葉が使われるようになったのも、この頃だ。いまは入学時に魔法を使える素質者なんてまずいない。


 すべての魔法少女を魔法使いに――そんな合言葉とともに研究が進められたが、魔法少女の能力開発は困難を極めた。けっきょく魔法の技術をものにするのは魔法学校の卒業生の中でも四〇%前後に留まっているのが現状だ。


 スカウトのお姉さんも念を押すように何度も言っていた。


「魔法学校では、期待されて入ってきた子でもさっぱり芽が出ずやめていくってケースも少なくない。きみもそうなるかもしれないね。それでもやるかい?」


「はい」


「いい顔だ」


 そう言って、お姉さんはユリの頭にぽんと手を置いた。あの人は今どうしているだろう。まだ全国を回ってユリたちの後輩をスカウトしているのだろうか。自分が見つけてきた女の子が「外れ」だと分かったらどう思うだろう。


 ユリたちはいわば「可能性」を買われてスカウトされた人材だ。税金によって特別な教育を受け、やがて立派な魔法使いになることでその投資が無駄でなかったことを証明しなければならない。


 だから、ユリのように芽が出なかった魔法少女はしばしば税金泥棒と罵られる。魔法学校の教育は無償だ。学費返済の義務もなかった。それだけにいっそう自分の「可能性」に賭けてくれた人たちに対して申し訳ない気持ちになる。


「なんだか借金を返しきれなくて夜逃げするみたいで後ろめたいよね」


 ユリは寮の部屋に集まった同期たちに言った。魔法学校の卒業式の夜のことだ。集まったのはいずれも才能の芽が出ず、卒業を機に別の進路へと進む面子だった。


「真面目すぎるのよ、ユリは」同期の一人がそう言って、コーラを煽る。「わたしはむしろ刑務所勤めを終えた後で冤罪の証拠が見つかりましたって言われた気分」


「あんたはあんたで極端すぎ」別の同期が言う。「でも、まあたしかに普通の女の子に戻るったって簡単なことじゃないよね」


「この前歴じゃ潰しも利かないしねー」


 魔法少女が次の人生を探すのは容易ではない。魔法学校を卒業すれば高卒の資格はもらえるけれど、そこから大学受験を目指すのは難しい。魔法学校での教育カリキュラムはあくまで魔法捜査官の養育に特化したものであって、一般的な高校のそれとはほとんど別物だ。本気で受験しようと思ったら中学校の勉強からやり直さなければならない。 


 こういう「元魔法少女」の処遇については人権侵害だと問題視する声も少なくない。そのうち是正されるのかもしれないけど、このまま魔法が衰退の一途をたどれば魔法がなくなってしまう方が先のような気もする。


 ――先のことはこっちに戻ってからゆっくり考えなさい。


 母はそう言ってくれたけれど、いくら考えたって先なんて見えそうもなかった。ユリの実家は代々豆腐屋をやっていて、いまは兄が跡取りとして修行している。ユリはその兄の結婚式に合わせる形で、みんなより一足先に寮を出て行くことになっていた。


 東京には、多分もう帰ってこない。しばらくは実家で店の手伝いでもさせられるのではないだろうか。かといって、いつまでもそうしていられるわけでもないだろう。このご時勢では個人経営の豆腐屋なんていつまで続けられるか分かったものじゃない。遺伝子組み換え大豆や消泡剤を使ってない豆腐にお金を出すだけの価値を見出してくれる客は決して多数派ではないのだ。


「もしもーし、ユリ? だめだ、また白昼夢モードに入ってる」


 同期の声に呼び戻されると、いつの間にか部屋のテレビが点いていた。同期の一人がリモコンでチャンネルを変えていると、すでに捜査官として採用された同期の活躍を華々しく報道するニュースにぶつかった。誰も何も言わない。沈黙は一瞬だけ。すぐにテレビの画面が真っ暗になった。

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