第11話 Girl's Side(11)
レストランでの食事はだいたい満足のいくものだった。ただ、一番おいしかったのが、チキンソテーの付け合わせのポテトサラダだったので、そこはどうも間の抜けた感じがしてならなかった。今はデザートも食べ終わって、大人たちはコーヒーを飲んでいた。わたしはアイスミルクティーで、リョウマくんはオレンジジュースだ。笑い声があがって、うちのパパがリョウマくんのお父さんの肩を「こいつ」と言いながら軽く押していた。パパの横で西方のおじさんも笑っているのを見ると、さっきのいさかいは本当にあったことなのか、信じられなくなってくる。でも、そこは本格的なケンカにならずに済んでよかった、と安心すべきなのだろう。パパたちもママたちもみんな本当に仲がいい。じゃれあっているのを見ると、休み時間のクラスメートたちを思い出してしまい、年齢は離れていてもわたしたちと何も違わないような気がする。大人になればもう少し落ち着いた付き合い方があるのではないか、となんとなく思っていたけれど、そうとは限らないのかもしれなかった。仲良くする秘訣でもあるのだろうか。
足元に何か転がってきた。見てみると、小さなぬいぐるみだった。なんだろう、と拾い上げてからもういちど見てみても、何のぬいぐるみなのかよくわからない。白くて四角くて柔らかくて、まるではんぺんみたいだ。でも、そんなぬいぐるみがあるわけがない。そこへルリがとてとてと駆けよってきた。
「それ、るりのー」
小さな両手をわたしへと伸ばしている。
「はい、どうぞ」
わたしが差し出す前に奪い取ると、ルリはぬいぐるみをしっかりと抱きしめた。今日は姉妹2人でオーバーオールを着ていて、まるでぬいぐるみがぬいぐるみを抱いているように見える。かわいすぎて脳がおかしくなる。ああ、もう。
「ルリちゃん、お姉さんにありがとうは?」
智世さんにそう言われると、ルリはぷいっと背中を向けてしまった。
「もう。だめじゃないの」
そう言っていても、ちっとも怒っているように聞こえない。
「あの、大丈夫ですから。ところで、あれは何のぬいぐるみなんですか?」
「お城」
「え、おしろ?」
「有馬温泉まで旅行に行ったときに姫路まで足を伸ばしてね。そこのお店で見つけて気に入っちゃって、いくら返すように言っても泣いて聞かなかったから、しょうがなく買ってあげたんだけど。ああ、もうちょっと、だめだめ」
ルリが空いているテーブルの間を縫って厨房のほうへと向かい出したので、智世さんはあわてて席を立った。ルリを追いかけながら、マリの手も引いている。お母さんって大変だなあ、と他人事のように考えてしまう。それにしても、お城のぬいぐるみというのもあるのか。それを選ぶルリのセンスもなかなかすごい。将来有望だ。
パパたちが支払いを済ませ、ママたちはトイレに行くというので、わたしとリョウマくんは先に外に出て待っているように言われた。結構待たされるかも、と思いながら、自動ドアを出ると、空はすっかり晴れていて、夕陽に照らされた遠い山々がピンクに染まっているのがよく見えた。それに見とれていたせいで、後から出てきたリョウマくんに駐車場のわきの花壇まで呼ばれても深く考えずについていってしまった。
「ぼく、実はヒカルちゃんのことが好きなんだ」
ぎゃー。
完全に油断していた。いつかは来ると思っていたけれど、ここでか。ここで告白してくるとは。全然「実は」じゃない。ばればれなんだってば。
「ずっとそう言いたかったんだけど、今日のヒカルちゃんがすごくかわいくって、もう我慢できなくなっちゃったんだ」
だからこの服を着るのは嫌だったのに。でも、ママに文句を言おうにもどう言ったらいいのかわからない。「男の子にもてるコーディネートをするからいけない」とでも言えばいいのだろうか。このときやっと気づいたのだけれど、今日のリョウマくんの服装もだいぶ変わっていた。真っ赤な半袖のポロシャツと真っ青な七分丈のパンツ。なぞなぞみたいで、こんなときなのに笑いそうになる。あれは「上は大水、下は大火事」だったから逆だけれど。
「それで、どうしたいの?」
気持ちをできるだけ表情に出さないようにして言ってみる。
「ぼくとつきあってほしいんだ。お願い」
頭を下げられた。そんなことをされても困る。どう答えたらいいのか。なるべく彼を傷つけずに済むような言い方をしたい。
「つまり、恋人になりたいってこと?」
「うん」
大きく頷いた。ごんがエサをもらうときもこんな感じだったのを思い出した。
「あのね、最初に言っておくけど、リョウマくんのことは嫌いじゃないよ。それは誤解しないで。でもね」
懸命に言葉を選んだ。こんなことは初めてだったからどうやっていいのかわからない。でも、前もってどこかで誰かと練習するわけにもいかないことだ。他のみんなはどうやっているのだろう。そもそも上手くやろうとするのが間違っているのかもしれない。
「わたしたちは、わたしとリョウマくんは、そういうのじゃない、と思う。だから、ごめん」
なるべくいいように言ったつもりだったけれど、目の前の男の子は明らかに傷ついていた。それを見たわたしも傷つく。
「ぼくが嫌いなの?」
「だから、そうじゃないって」
「他に好きな人が」
「いないったら」
「じゃあどうして」
どうしてわかってくれないの、と頭に血がのぼって顔が熱くなる。それにテレビのドラマみたいなやりとりをしているのも腹立たしい。いつも家で見ているときには「くだらない」とばかにしていたけれど、今わたしも同じことを言ってしまっている。大根役者の仲間入りだ。言うべきことを失くして2人してしばらく見つめ合ってしまった。
「おーい、もう帰るぞー」
パパに呼ばれたのはリョウマくんがもう一度口を開きかけたときだった。わたしは彼に背を向けて足早に歩き去ろうとする。
「ヒカルちゃん、話はまだ」
「もういい」
これ以上話をしたくはなかった。でも、逃げた感じがした。ひどく負けた感じがした。
「こら。もっと静かにしなさい」
この場を早く離れたい、という一心でいたせいか、いつもより乱暴に
5分くらいそうしているうちに落ち着いてきて、なんとか泣かずに済んだ。窓から夕焼け空を見ているうちに、わたしってダメだな、と自分のばかさ加減がようやくわかってきた。あんな言い方ではリョウマくんが納得できるわけがない。もっとちゃんと話をしないと。でも、それならどう話したらいいのかもわからなかった。そもそも自分の気持ちもよくわからなかった。さっさと断ろうとせずに「よく考えたいから少し時間をちょうだい」とか言えばまだましだった気もした。いずれにしても、いまさら気づいたって遅すぎる。
これからどうしたらいいのだろう。わたしとしては何もなかったかのように今まで通りにしたい。でも、それは甘い考えだ。美術館のソフトクリームと同じくらい甘すぎる。あれでわたしたちの間の何かは確実に変わってしまった。変わるしかなかった。そのとき、バックミラーに自分の顔が映っているのに気づいてあわてて少しだけ位置をずらせた。鏡を見るのは好きだけれど、バックミラーはなぜか苦手だ。
リョウマくん次第かな、とふと思った。彼がもう一度懲りずに告白してくるか、あきらめてしまうか、ないとは思うけれどキレてしまうか。それによって話は違ってくる。わたしから自分で動くのは何か違うような気がした。あの子が自分で始めたことなんだから、自分でなんとかしてもらおう、と考えたけれど、どこか言い訳っぽいのは否定できない。どうあがこうとダメなわたしから逃れられはしなかった。
シートベルトで縛られた身体が前から強く押されたような気がした。パパは安全運転で、それほどスピードを出していないからGがかかるわけもない。だから、それは今のわたしの心がそう感じさせているのだろう。そう思いながら、頭を座席の背に預けて、精一杯何も考えないように努力し続けた。
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