第4話 Girl's Side(4)

 外で何をするのかと思っていたら、花火をするのだという。普通なら花火は最後の夜にやるんじゃないの? と言いたかったけれど、そんなことを気にしているのはわたし以外誰もいないようだった。一番盛り上がるはずのイベントを最初の夜にやってしまって、明日と明後日はどうするつもりなのだろう。暇になって困るのはおじさんたちで、わたしはなにも困らないから、別にどうでもいいこと、と言えばそうとしか言えなかった。

「好きなのを取って」

 乙訓のおじさんが芝生の上に花火のセットを3つ置いた。この人はいつも用意周到だ。みんな線香花火で小さな筒状の打ち上げ花火はなかったので安心した。あれはヒュルヒュルと大きな音をたてるので苦手なのだ。パパも含めた3人の男の人たちは火のついた花火を持って笑いながら向こうへと駆けているようで、闇の中で火花が束の間軌跡を描くのが見える。あの人たちばかねえ、とリョウマくんのお母さんが呆れていたけれど、まったくもって同感だ。すぐ横では智世さんが持った花火がルリとマリの小さな顔を照らしている。小学校に上がったらあの子たちも自分だけでやらせてもらえるだろうか。ママが、あまり遠くに行かないで、とおじさんたちに呼びかけるのを耳にすると、いきなり身体がだるくなってしまった。と言っても別にママが悪いわけではない。ふらふらとセットの袋の中から3本だけ花火を手にして、黙ってみんなから少し距離を取る。そこでさっきパパから渡されていた中身が透けて見える緑色のライターをショートパンツのポケットから出すと、屈んで線香花火に火をつけた。

 みんなが楽しく過ごしている場所から、にぎやかな場所から離れたい、という思いに駆られることはよくあって、今もまさしくそういう気分になっていた。学校でもよくあることで、休み時間や食事のときに、一人だけで過ごすことが以前はよくあった。あまりよくないと自分でもわかってはいた。はぶられたりいじめられたりするのではないかという恐怖心はあったけれど、一人が好きなのは生まれつきの資質のようなので、わたしとしてはどうにもできないことでもあるようだった。

 ただ、それは中学生になってからは変わった。それというのも、1年生に上がってすぐに、同じクラスになったチーちゃんが昼休みになると必ずわたしと一緒に食事をしようと声をかけてくれたからで、チーちゃんと幼馴染のエノともそれで友達になったし、初等部のときから友達とは言えないまでも仲は悪くなかったナギとガッキーともそのうちに本格的に仲良くなれた。おかげで今は学校にいる間は、一人になりたい気持ちに襲われることはめったになくなったけれど、どうしてチーちゃんが声をかけてくれたのか、なんとなく照れくさくて聞けないままでいる。聞かなくても十分な気がしていたし、いつかチーちゃんが困ったときに助けてあげられれば、それでいいのではないかと思っていた。

 そんなことを考えているうちに花火が燃え尽きていた。物思いにふけっていたものだから、ろくに見てもいなくて、もったいない気がした。今度はちゃんと見よう。そう思いながら2本目の花火に火をつけたものの、さっきまで思い浮かべていたことに引き潮のようにさらわれて、わたしは過去の記憶の中に入り込んでいた。


「間宮さん、阿夫あふの子と連絡取ってくれた?」

 昼休みにいつもの5人で机を寄せ合って食事をしていると、白井さんが近づいてきた。これで何度目になるのか、美術館でリョウマくんに声をかけてから目をつけられてしまったようだった。彼女が言うには、リョウマくんが通っている横浜の学校にはスペックの高い男の子がたくさんいて、そういう子とぜひ一度会ってみたいのだそうだ。世の中にはわたしにはわからない、いろいろな価値観があるらしい。

「ううん。まだ」

「本当に?」

 眉をひそめてもきれいな女の子だった。ただ、性格のきつさが一目で見て取れるのはどうしようもなかった。花びらが数枚落ちてしまってトゲがやけに目立つバラのような、とたとえるべきだろうか。

「メールは送っているんだけど、返事が来なくて」

「この前もあなた無視されてたもんね」

 白井さんがわたしを責めるつもりでそう言ったわけではないのはわかっていたけれど、責めるつもりもなしに自然とそう言えてしまうのは余計に問題があるのかもしれなかった。小学生の頃から彼女の性格を知っているわたしは気にしていなかったけれど、左横で黙っているチーちゃんから「おまえふざけんじゃねえよ」という険悪なオーラが感じられたので、まずい、と思っていると、

「まあいいや。じゃあ、期待しないで待っておくから」

 そう言って白井さんはわたしに向けて左手を小さく振ってから、黒板の前でたむろしている友達のところへと戻っていった。彼女も何かを感じたのだろうか。

「ヒカル。あんなやつの言うことなんか聞くなよ」

 わたしは態度に出さないように気をつけていたけれど、チーちゃんはあからさまに白井さんを嫌っていた。あやしげなサイトで知り合った男の人と会う約束をしてからわざと待ちぼうけを食わせて、その様子を物陰から動画で撮影した話を「マジヤバい」「うける」などと休み時間に大声で笑いながら話すような子を好きになれないのはもっともだと思うけれど、クラスで目立つ存在で友達も多い彼女の機嫌を損ねるとどんな目に遭うのかわかったものではないので、少なくともわかりやすく敵対する形になるのをわたしとしては避けたかった。

「今度来たらはっきり断っちゃえよ」

「断るつもりはないけど、言うことを聞くつもりもない。それだけだよ」

 チーちゃんが箸を持った手を止める。きんぴらごぼうが噛み砕かれるのはわずかな時間だけ猶予された。

「ん? どういうこと?」

「最初から向こうにメールなんて送ってないから」

 当たり前の話だ。リョウマくんにそんなことを頼めるわけがない。頼みたくもない。

「でも、白井さんがまた聞いてきたらどうするの?」

「どうせそのうち飽きてこっちに来なくなるよ」

 エノが心配するには及ばない、と言ってあげたかった。白井さんは意地悪だけれどそれほど執念深くないこともわたしはよく知っていた。中学から入ってきたチーちゃんやエノと違って無駄に長い付き合いをしてはいない。すぐに何かまた別のおもちゃを見つけて、そっちに熱心になるに決まっていた。

「ならいいんだけどさ」

 今度こそごぼうをぼりぼり齧りながらチーちゃんが呟く。彼女の小さなピンクのお弁当箱はほとんど空になっていた。あんな少ししか食べないのに、わたしより10センチ以上も背が高いのはどうしてなのだろう。

「ヒカル、おぬしも悪よのう」

 パックの牛乳をストローで飲み干したナギがわたしの真向かいでにやにや笑っている。何かのテレビ番組で見て以来その言い回しが気に入ったらしく、最近は事あるごとに口にしているが、ナギしか面白がっていないので、みんな自然にスルーするようになっていた。よって当然無視する。

「まあ、ヒカルもお気に入りの子を白井に紹介したくなかったんだよな。わかるよそれは」

 今度は無視できないことを言ってきた。まったくわかっていない。

「別に気に入ってなんかない」

「ええっ? 美術館で何度も呼んでたから絶対そうだと思ったんだけど」

「だから気に入ってなんかない。ただの幼馴染。わたしよりばかだし弱いしすぐ泣くしうざったいし。そんなの気に入ったりなんかしない」

 ナギがしつこいから念入りに否定したつもりだったけれど、言い終わった後でナギだけでなく他のみんなも変な顔をしているのに気づいて、何か失敗したように思えて身体が一気に冷えてしまった。

「ヒカルちゃんが誰かをそんな風に言うの初めて聞いた」

 ガッキーの顔が青ざめている。それはそうだ。たとえ知らない人でも、誰かの悪口を聞いていい気分になんてなるわけがない、と後悔していたら、ショックを受けているはずのガッキーが、ふふふ、とすぐに笑ったのでわけがわからなくなってしまった。一体どんな精神状態なのか。

「でも、今の聞いててすごく愛を感じた」

「は? 愛?」

「うん。ヒカルちゃんが、その子のこと本当は嫌いじゃないんだって、よくわかった」

 やめて。お願いだからやめてほしい。ガッキーがわたしをからかうつもりでそう言っているのなら反撃もできたけれど、そんな調子でもなく真剣にわたしを褒めてくれているのがよくわかったので、何も言えなくなってしまった。ある意味ものすごい嫌がらせだ。

「そうだね。わたしもそう思った」

「ヒカル。おぬしも悪よのう」

 エノはともかく、ナギはいつか殺してやる。絶対に足のつかない方法を思いつき次第ただちに実行する。

「そうだなあ」

 チーちゃんがお弁当箱を片付けて何もなくなった机の上で頬杖をつきながら薄く笑みを浮かべていた。お腹がいっぱいになって眠くなってしまったようにも見える。

「確かにあの子、ちょっとよさげだったもんな」

 え? とまたわけがわからなくなってしまう。よさげ、ってリョウマくんが?

「ええっ、でも、あいつ、なんだか弱そうじゃん? あたしでも勝てそうだよ?」

 ナギがわたしの言いたいことを代わりに言ってくれたので複雑な気分になる。しかも、一回遠くから見ただけの人を「あいつ」呼ばわりだ。

「そうなんだけど、まあ、それはいいんだよ。弱そうでも別にいいっていうか」

「チーちゃん、昔からかわいい系の男の子が好きだもんねえ」

 エノにからかわれて、うっさいな、とチーちゃんはそっぽを向いてしまった。あ、これ、マジなやつだ。リョウマくんは本当にチーちゃんのタイプなんだ、とわかってしまった。いやいや、チーちゃんならもっといい男の子が、と言おうとしてやめておく。今の流れからすると嫉妬していると思われかねない。もちろんそんなわけないのに。実に面倒だ。

「顔は悪くないかもなあ。普通よりいいかも」

 ナギもそんなことを言っている。いや、そこはちゃんと否定してほしい。考えを貫いてほしい。

「ああいうおとなしそうな子が攻めだとしたらすごくいいと思うんだよね。かわいい顔して実は鬼畜! というのがすごくいいというか」

 ガッキーが顔をピンクに染めて早口で何かを言っている。時々何かの拍子でスイッチが入ってこんな風に意味不明なことを言い出すのは頭が良くて運動もできて性格もいい彼女の唯一の欠点だと思うのだけれど、それを面と向かって指摘するのはやめておこう、といつかガッキーが休んだ日の帰り道でわたしたち4人は決めていた。きっと時期が来れば治るよ、とチーちゃんは言っていたけれど、その点はわたしには疑問だった。たぶん一生ああだと思うし、別にそれはそれでガッキーらしくていいと思う。

「あ、次の時間、わたし、当てられるんだった」

 どうしよう、とエノがおろおろしだしたので、ありがたいことにこの件はそれで終わりになった。今度エノに何か奢ってあげよう。現実に帰ってきたガッキーが鞄からノートを取り出すとエノの横に移ってきて、チーちゃんとナギもガッキーがエノにアドバイスしているのをのぞきこんでいる。わたしだけはまだ前の話題から移り切れないでいた。何よりみんながリョウマくんの外見を褒めていたのに驚いてしまった。美術館から出た後にせがまれてスマホに残っていたわたしとリョウマくんが2人で映っている写真を見せたときには、「あー」や「ふーん」といったそっけない反応しかなかったので、みんなもあまりぴんときていないのだとばかり思っていた。でも実際そんなによくないよ、というのが正直な気持ちだし、客観的に見てリョウマくんの評価が高かったとしてもそれでわたし個人の評価が変わるわけでもない。というよりもそれで評価を変えたらみっともない。

「ただ」

 口の中だけで呟いたので誰にも聞こえていないはずだった。ただ、わたしはリョウマくんを悪く思いすぎているのかもしれなかったし、もしかするとリョウマくんのことをよくわかっていないのかもしれない、とは思った。小さい頃から一緒にいてよくわかっているつもりになっていただけで、本当はあまりわかっていないのかもしれない。そう思ってから、あの男の子のことばかり考えているのが嫌になって、ひとまずトイレに行くことにした。気がつくと次の授業まであと10分しかなくて、彼のことを考えている場合ではなかった。彼のことを考えていい場合があるとも思えなかったけれど。


 考え込んでいるうちに2本目の花火も燃え尽きてしまっていた。これでは何のためにやっているのだろう、と疑問に感じながらも最後の1本に手を伸ばす。こうなるともう機械的に流れ作業でやっているようなものだ、とひとりで笑いたくなっていると、低くなっていた視界に誰かの足が入ってきた。見上げるとリョウマくんが立っている。足音もさせずに来るなんて、嫌なやつだ。

「なに?」

 不機嫌さを強調した声を出したつもりだったけれど、彼はそれを別に気にした様子もなく、少し肩をすくめてから右手に持っていた青いバケツを地面に置いた。

「父さんたちが、危ないから持って行けってさ」

 バケツの中は水で一杯だった。もちろんわたしも気をつけてコテージから離れるようにはしていたけれど、それでも水があったほうがいい、というのはわかっていた。

「ありがと」

 一応礼を言っておく。用が済んだなら早くみんなのところに戻ってくれないかな、と思っていると、今度はバケツの横に花火が5、6本置かれた。

「ぼくも一緒にやっていい?」

 昔からこういう人だった。わたしが一人になりたくて離れようとすると、いつも後から追いかけてきて、邪魔だと言ってもついてくるのだ。泣かせても帰りやしない。こっちはいい迷惑でしかないのだけれど、あっちはわたしの後を追いかけて何か楽しいのだろうか。

「好きにすれば」

 怒るのも面倒だった。屈んだ彼の顔がだらしなくほころんでいるのが見える。チーちゃんは本当にこれが好みのタイプなのだろうか。えへへ、とか声に出して笑うような人だよ。

「ライターは持ってる?」

「ううん」

 それなら、と貸してあげようとすると、

「ヒカルちゃんが先につけてよ」

 そう言われてまで無理に押しつける気もないので、わたしからライターを使うことにする。すぐにかすかな音を立てながら、火花が飛び始めた。すると、リョウマくんが手にしていた花火をわたしの花火にそっとくっつけた。先端と先端とが触れ合う感触が手に伝わってきて、なんかやだな、と思う間もなく、火花同士が交錯しだす。

「これなら2つもライターいらないでしょ?」

 結構自慢げな声だったのでおかしくなってしまう。いや、そんな、何かの定理を発見したみたいな感じで言うほどのことでもないから。笑いをこらえながら視線を上に向けると、彼の茶色い瞳の中に火花が映り込んでいるのが見えて、きれいだな、と思ってしまった。もちろんきれいなのは火花のほうに決まっていたけれど。

 2つの花火が燃え尽きると、わたしたちは黙って新しいものを地面から拾い上げて、さっきと同じ手順で火をつけた。やっと花火だけを落ち着いて見られるようになったかな、と思っていると、

「聞こえてたよ」

 とリョウマくんが呟いた。何を言っているのかわからなかったので無視していると、

「あの美術館で、ヒカルちゃんがぼくを呼んでいたの、ちゃんと聞こえてたよ」

 またその話をするのか、と心に一気に波が荒く立ち始める。せっかく余計なことを考えなくなったのに。本当に空気が読めない。返事をしたくなくてやはり無視していても、彼は構わずに話を続けようとする。

「ぼくも本当は嬉しかったんだけど、あそこで返事をしたら、同じクラスのやつらにからかわれるからさ。それで無視しちゃったんだ。ごめんね。本当にごめん」

「なに? もしかして、あんたいじめられてるの?」

「いやいやいや。そんなわけないそんなわけない」

 必死に否定された。わたしが同じクラスだったら絶対にいじめていたけれど。

「じゃあ、わたしが悪かったんだね」

「え?」

「あんな場所で声をかけたわたしが悪かったんだね。リョウマくんにも迷惑をかけちゃって、わたしのほうこそ謝らないとだめだね」

 自分でも嫌なことを言っているのはわかっていた。そして、ひねくれたことを言えば言うだけ気持ちがますますひねくれていくのもよくわかった。嫌なやつだな、わたし。

「違うって。ぼくが悪いんだって。ヒカルちゃんは何も悪くないよ」

「でも、それが本当だったとしても、後で電話とかメールとかで言い訳くらいするもんなんじゃないの? どうして何も言わなかったの?」

「してよかったの?」

 不思議そうな顔をされた。

「だめなわけないじゃん。なんで?」

「だって、前に電話したらすごい怒られたから、ぼくが電話するの嫌なんだと思ってたけど」

「いや、それは」

 それはこっちが宿題をしていたときに今見ていたテレビが面白かったとかそんなどうでもいい話をしてきたから怒っただけで、電話してきたことにまで怒ったわけではない、と言おうとして、もしかしたら「二度と電話してこないで」くらいは言ったかも、と急に自信がなくなってしまった。そもそもそんなに怒らなくてもよかった、とさらに気づいてしまった。

「別にいいよ。電話くらい」

「え、いいの?」

「でも、どうでもいい話をしたら怒るよ」

「しないしない。大事なときだけ電話するから」

 よかったあ、と目の前の男の子がにこにこしているので、そんなことくらいで喜んでばかみたい、と心の底からあきれたけれど、わたしだってつまらないことで怒ってばかみたいだった。ばかみたい、じゃなくて、ばかそのものだった。

「サラもあそこに来ていたの?」

 これ以上続けるのも嫌なので違う話題を出した。サラもリョウマくんと同じ学校に通っている。

「いや。女子は動物園に行ったから」

 そういえば少し前にパンダの写真がスマホに送られてきていた。彼女ともしばらく会っていない。

「2人とも戻ってきて」

 遠くでママが呼んでいる。最後の花火が終わるのを待って立ち上がる。行こうか、とリョウマくんが言ったのにうなずいて、2人並んで歩き出した。右手にバケツをぶら下げていた彼が左手をわたしのほうへ伸ばしてきたので、どういうつもりなのか一瞬困惑してから、手をつなごうとしていたのだと気づいてあきれてしまった。たぶんいやらしい気持ちがあったわけではないのだろう。もしそうだったらすぐに殴っている。足元が暗いのを心配したのだろうけれど、わたしたちはもう中学生だ。子供のころと同じように考えてもらっては困るのに。本当にばかな子。だから当然差し出された手を無視していたけれど、にもかかわらず手は戻らない。いくら待っても無駄なのに、と思いながらライターをショートパンツのポケットに入れようとして既に中に何かが入っているのに気づいた。なんだろう、と思って取り出してみると、小さな袋が出てきた。そうか、行きの自動車くるまの中でママからもらってそのまま食べなかった飴だ。少し考えてから、リョウマくんの左手にその袋を乗せてみた。

「え、なになに?」

 驚いて渡されたものの正体を確かめようと左手を顔のほうへと持って行った。やっと引っ込めてくれた、と安心する。

「飴。あげるよ」

「うわー、ありがとう。うれしいなあ」

 いちいちリアクションが大袈裟だ。飴玉ひとつでこの喜びようだともっとうれしいことがあったら死んでしまうのではないか。ただ、わたしにもリョウマくんに何かしてあげたい、という気持ちがあったことは確かだった。どうしてそう思ったのかはわからない。

「うわ。何この味」

 たぶんマンゴーだろうけれど説明はしない。運が悪かったと思ってあきらめてほしい。

「あーあ」

 心の中でひそかに自分自身にがっかりしていた。ここに着いたときに、なるべく許さないでおこう、と決めていたのに、結局1日ももたずに今横にいる男の子を許してしまった。こんな気弱な心で厳しい世の中を渡っていけるのだろうか。不安になる。

 ふと顔を上げると、数えきれないくらいの星が夜空に輝いているのが見えた。どうして今まで気づかずにいたのだろう。そう思うと、何故か急に世界中でわたしひとりだけが取り残された気分になってしまった。パパやママやみんなもいるのに、すぐそばにリョウマくんもいるのに、どうしてそう感じるのかわからないけれど、その気分は部屋に帰ってからも眠るまでわたしにつきまとって離れてくれなかった。

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