影よ!影よ!

 またしても、オカルトチックな夢を見た。


 親友の女と二人で旅行をしているわたしは、相乗りのワゴンタクシーに乗って見知らぬ街を走っていた。

 座席は三列。中間右の座席にはわたしと親友。中間左の座席には中高生らしき少年が三人。後部座席には誰か、おそらく男が二人ほど座っている。タクシーの乗客は運転手を含めた八人だ。


 そんな中、最初に異常が発生したのは中高生の少年らだった。

 彼らは突如金切り声を上げ「聞こえない!」と叫んだ。こちらを見て、恐怖からか頬を引き攣らせ、運転手が止める間もなく開け放ったドアから外へ転がり出た。コンクリに叩きつけられてなお叫びながら這って逃げるその様は、まるでわたしたちから逃げようとしたようにも見えた。

 なぜ彼らがそんな行動を取ったのか――それはすぐに理解するところとなった。中高生側に座っていた親友が震えだし、先ほどの彼ら同様に取り乱しはじめたのだ。

 震える身体、青褪める顔、流れる冷や汗。

 即座に彼女を車から出さなければならないと直感したわたしは、運転手が鍵をかけたらしく開かないドアをどうにか蹴り開け、彼女共々外へ転がり出た。

 そして、そのときには既にわたしにも異変が起こっていた。自分の声以外、ほとんど音が聞こえなくなっていたのだ。隣で錯乱している親友の声も、遠くで叫んでいる中高生らの声も、わたしたちの降りた後で橋に突っ込んで事故を起こしたワゴンの音も、何もかも。

 その上、耳だけでなくどうやら目までおかしくなったらしい。人間が人間に見えなくなってしまっているのだ。わたしの目に映る人間であるはずのものは、正しいヒトの姿をしていない。

 それは“黒い影”であった。

 否、黒い影というのは厳密には正しくない。いわば、映像に撮った宇宙が人型に凝縮されて流れているような、乾き切らないラメ入りのインクが蠢いているような、星空めいた生物がそこにいた。

 間違いなく人間だったはずの――今では全く人間に見えないそれら。多分、わたし自身もあれに見えているのだろう。逃げ惑う三つの影は中高生ら。他の影は市民だろう。親友さえそれに成りかけているのだ。

 わたしはぐったりとした親友を背負い、道行く影に声をかけようとして――迷った。

 〝あれは本当に人間だろうか〟〝人間だったとして、逆にわたしがあれに見えてはいないだろうか〟〝彼らには、わたしの声が聞こえるのか〟――?

 狼狽えるわたしに、影が近づく。


「あ、た、たすけて、ください」


 目に見えて混乱しているわたしに対し首を傾げる仕草をして、影が離れていく。

 聞こえなかったんだろうか。

 しかし走り出したその影は、振り向く動作と手招く動作を同時にしているようにも見えた。わたしは弾かれたように走り、その影を追いかけた。

 影はそのうち妙な四階建ての建物に辿り着くと、備え付けのエレベーターを無視してパルクールの要領で三階まで登ってみせた。ぎょっとしたが、どうやら一階にいる人間を避けたらしい。エレベーター前の人間から怒鳴り声がするのでわかった。

「莫迦野郎てめえ奇麗に避けやがって! あ!? 客!? チッ!!」

 影と会話しているらしい男は盛大な舌打ちの後こちらを見ると、エレベーターの前から避けてくれる。

「悪ィな。金返してもらいに来たんだが、出直すわ」

 そう言って去って行く彼の姿が普通の人間であることに、その声が聞こえていることに、わたしはやっと気がついた。よく分からないが、戻っているらしい。ほっとしながら、エレベーターで影の待つ三階へ上がる。

 ドアの先にあった部屋へお邪魔すると、もじゃもじゃ頭の長身の男が煙草を吸いながら顔を上げた。

「来たね」

 おそらく元の姿の彼が、わたしの背から親友を受け取り、すぐ傍のベッドに横たえさせた。

 親友は――まだ、半分影から戻ってきていなかった。

「よく分かんないけど、まあ、すぐ戻るよ。あんたもなんか変な感じになってたけど、今は人間になってるし」

 ――ということは、人間から見ても、わたしたちは影になっていたのか。それとも、彼にだけは影の姿に見えたのか。どっちでも良かったが、兎に角この男はこれについて何か知っている。そう思った。


 わたしは男にこの事態が何なのかを訊ねようとして――そこで目覚めた。

 近頃SCPの報告書ばかり読んでいた所為か、かなりオカルトな夢だったし、しかも男はカウボーイ・ビバップのスパイク・スピーゲルに似ていた。

 完全に趣味が反映されていて、わたしは自分の単純さに呆れた。

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