あたりでなければ

 少しばかり、怖い夢を見た。


 少女と遊んでいる。

 三畳しかない和室に座り込み、向かい合って、二人っきりで。

 少女は肩まである黒髪をそのまま垂らし、明るい鶯色の地に白や水色、桃色の花と鞠模様が描かれた、可憐な振袖を着ていた。うすく化粧を施されているらしい顔はしかし、笑うと大層あどけなく、七歳ほどの年の頃に見えた。わたしもわたしで、紺交じりの黒地に大輪の紅白牡丹が描かれた振袖を着ており、髪の長さも同じくらいであるところから、二人並ぶとまるで姉妹のようであった。

 手遊びの内容はこれまたおはじきやお手玉といった古風なもので、その空間にはよく合っていた。現代では滅多になされないような手遊びの類いにも、彼女はきゃっきゃと楽しげに興じている。

 手元にあるのは、ちらちらと光を反射する色とりどりの硝子ガラスで出来たおはじき。それと、複数の縮緬ちりめんを縫い合わせ、端に小さな鈴をつけた可愛らしいお手玉だ。

 おはじきを弾けば、ぱちんと軽やかな音がし、お手玉を弾ませれば、リィンと静かに鈴が鳴った。心のむような音だった。

 少女の微笑みに視線を投げ掛けながら、わたしも促されるようにしてお手玉を投げる。

 穏やかな空間でにこにこと笑む少女が、おはじきをぱちんと弾きながらわたしを呼んだ。

「ねえ、おねえちゃん?」

 わたしはお手玉を投げる手を止め、彼女の目を見つめる。

「なぁに?」

 鈴の音が止む。

 すると口角を上げたままの、小さな彼女の口が問うた。


「これ、夢だとおもう?」


 ――わからなかった。何を訊かれているのか。

 返事を待つ少女は、わたしにお手玉を促したのと変わらぬ笑みでこちらを見上げている。

 まるっとした黒い瞳が、上弦の月のように細くひずむ。

 薄紅をさす小さな唇が、下弦の月のように緩くたわむ。

「え?」

「これ、夢だとおもう?」

 問い返しても、返ってくるのは同じ問い。


 夢だとおもう?

 夢だとおもう?

 夢、だと、?


 わたしは夢とは思わなかった。

 しかし、疑問が生じた。

 此処は何処で、彼女は誰なのだろう。

 可愛らしい少女が、可愛らしい笑顔で、可愛らしい声で、可愛らしく首を傾いで、可愛らしく問いかけてくる。

 名も知らぬ少女が。

 わたしに。

 これは夢か――と。

 何故だか、すぐにでも首肯うなずかなければならないと、わたしの脳が警告した。

「うん」

 応えて、少女の顔を見る。

 すると少女はとても嬉しそうに、花が綻ぶような笑みを浮かべ、わたしに言った。


「あたり!」


 そしてわたしは目が覚めた。

 あたり、と、少女が言った直後のことだった。

 これは夢だと断じたからこそわたしは目覚めたのだとするなら、もしもあのとき夢ではないと、わたしが言っていたのなら。

 あたりでなければ。

 もしかするとわたしは、目覚めなかったのだろうか。

 そんな怯えが、わたしに生まれた。

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