金平糖より甘い

 夢を見た。

 あまりにまともに恋が出来ない自分の性格に辟易し、恋愛が出来ないが故の恋愛相談なるものを友人にした日の夜のことだ。


 うつくしい紫色の瞳の黒猫が、目の前に正座している。何処どこかで見たような光景だ。こういうのをデジャヴと言うのだったか。黒猫はまっすぐに伸びた背筋で、ほんの少しあごを引き、可愛らしい耳をぴんと立ててこちらを見つめている。


「おすわりよ」


 おや、と思った。

 彼はどうやら以前見たことのある黒猫とは違うようだ。よく見ると、目の色もほんの少し違う。あの日の彼は藤の花のような澄んだ紫だったが、ここにいる彼は紫水晶アメジストのようなきらめく紫だ。

 わたしは彼の言葉のとおりに、彼の正面におなじように正座をした。

 座って、その目を見つめる。彼は何も言わない。もしかしてわたしが何か言葉を発するべきなのだろうか。彼の目がわたしを睨みつけるかのように尖る。そのうち目だけでなく、唇までも尖らせてしまった。そんなことをしても可愛らしいだけだが、彼は何らかの理由――恐らくはわたしの所為――によって、ご機嫌ななめのようだ。

 しかし何が原因なのか、わたしにはわからない。わたしが首をかしげると、彼は呆れたように息を吐いた。


「ぼくのことすきっていって」


 ――え?

 そう一文字の疑問を発声したはずが、わたしの喉はちっとも振動しなかった。


「ぼくのことすきっていって。ねえ。ほらはやく。ぼくのことすきっていって」


 黒猫がそうわたしにねだる。

 ――す、

 依然として、わたしの喉は動かない。

 ――あ、わたし、

 何も音が出ない。

 そうしているうちに、黒猫の眉間にはどんどん皺が寄っていって、その紫水晶アメジストの瞳のふちには、なみなみ雫が溜まっていく。

 嗚呼ああ、泣かないで、お願い、待って、いま言うから、必ず言うから。

 しかし必死になって頑張っているわたしの口からは、す、という無声音の息の音すら漏れだすことがない。その代わりに、薄い青色だとか、緑色の金平糖がぽろぽろとこぼれ落ちていく。

 嗚呼ああ、どうして、違う、わたしはこんな甘いばかりの星の形の砂糖菓子じゃなくて、すきというたった二文字の言葉を彼に与えたいだけなのに。

 滅茶苦茶に困り果て、困り果て、困り果てに果てたわたしは、口のみならず目からも金平糖を零しはじめた。

 ぽろぽろ、ぽろぽろ、ぽろぽろ。

 黒猫は、目からも口からも青と緑の金平糖を生み落としてしまうわたしを見つめて泣いていた。決して彼を泣かせたいわけじゃなかったのに。わたしの喉には甘いものが詰まりに詰まっているはずだったが、彼の涙を見ていると、喉の奥が苦くて堪らなかった。


「ぼくの、こと、すきっていって。ぼく、ねえ、つき、ちゃん、すきっ、て、すきっていって」


 黒猫は何度も何度も「すきっていって」を繰り返すと、わたしの零した金平糖へおもむろに前足を伸ばし、器用にそれを口まで手繰り寄せてかりりとかじった。

 ぽろぽろ、ぽろぽろ、ぽろぽろ。

 かりり、かりり、かりり。

 わたしが零した金平糖たちを齧るたび、彼のうつくしい紫水晶アメジストの瞳は、青玉サファイアになったり、翠玉エメラルドになったり、さらには夜光珠ダイヤのように七色にきらめいたりした。


「あまい、あまいね、つきちゃん」


 ――うん。


「おいしい、おいしいね、つきちゃん」


 ――うん。


「ぼくのこと、すきなんだね、つきちゃん」


 ――うん。


「そっかあ。ぼくもね、すきだよ、ほんとうにね、すきだよ」


 ぽろぽろ、ぽろぽろ、ぽろぽろ。

 かりり、かりり、かりり。

 それからわたしが目を覚ますまで、わたしのすきな黒猫は金平糖を食べつづけた。

 その頃にはもう、黒猫は泣いてはいなかった。

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