盗賊と錬金術師

 ある所に屈強だが頭の足りない戦士がいた。

 戦士は戦場で大いに活躍するのだが、金使いはさらに豪快で、とうとう金に困って盗賊に身をやつした。

 始めのうちは持ち前の腕っ節で盗賊としても名を上げたこの男だが、あまりに暴れすぎたため、とうとう王都から騎士団を派遣されてしまう事になった。男は革の防具にハンマーという装備だが、騎士達は全員立派な鎧を着こみ鋼の槍を持っている。これでは勝負にならんと男は山へと逃げ込んで、しばらく街へは近づけなかった。

 そんなある日。男はひいひいと言いながら山道を這うように歩く老人を見つけた。老人はたいそう高価な衣服を身に着けており、一目で金持ちだと分かった。男はさっそく老人に近づきハンマーをちらつかせ、命以外は全て置いていけと脅した。すると、老人はこんなことを言い出した。

「わしは隣国で錬金術師をやっているが、こんなところで死ぬわけにも、この荷物を手放すわけにもいかない。それに、わしの荷物や衣服を剥いだところで小銭を稼ぐのが関の山。しかし、これからわしのいう事を聞いていれば、おぬしを追う騎士団を返り討ちにして、しかも多くの黄金を授けることができるだろう」

 男はそんな都合のいい話があるのかといぶかしんだが、騎士を倒せるのならと老人を生かすことにした。


 次の日、男は老人から渡された小瓶をいくつも腰にぶらさげて、街の前へとやってきた。折よくどこかの商人が街へ入ろうと近づいてくるのを見つけると、さっそく盗賊としての仕事を始めた。

「おい、そこのお前。命が惜しければ有り金と商品を置いていけ」

「ひ、ひい! 護衛達、この男をなんとかせい!」

 商人の言葉に合わせたように、傭兵と思しき数人の男女が襲い掛かってきた。しかし、男はかつて戦場で大いに武功を立てた強者である。難なく鉄のハンマーで傭兵たちを叩き潰し、再び商人へ同じことを聞いた。今度は歯向かうような事はなかった。

 そんなことをやっていると、街からガチャガチャという音をたて、例の騎士団が現れた。

「ようやく姿を現したな盗人よ。今日こそは成敗してくれる」

「いいや、成敗するのは俺のほうだ」

 男は騎士団が十分に近づいてくるのを見計らい、老人から受け取った小瓶の中身を振りまいた。異臭を放つ液体が騎士たちの鎧にかかったと思うと、もくもくと白い煙が上がる。なんだなんだと慌てる騎士はすぐに異変に気が付いた。自分たちが着る鎧が見る間に溶けていき、それどころか肉も焼けただれているのだ。液体の名は万能酸といい、あらゆる金属を溶かす錬金術師の秘薬だったのである。

「この薬は黄金以外のあらゆるものを溶かす。黄金の鎧と黄金の槍を持たぬ騎士など、この俺の敵ではないわ!」

 男はそう豪語すると、商人から奪った物を担いで悠々と山へ戻って行った。


 それから毎日男は街へ下りて盗賊を続けた。騎士団も始めはこれを止めようと出てきたものの、その度に万能酸に焼かれて、数日もしたら街に引きこもるようになってしまった。男はこのことを喜んで老人へ奪った物の半分を与えた。


 そんなことが二月も続いたある日、男が日課の盗賊働きをしていたところ、街から一人の騎士が現れた。その騎士は全身を金色に煌めく鎧で固めており、手には同じく黄金の槍があった。

「そこな盗賊よ、これは黄金の鎧と槍だ。よもやお前のような者が万能酸を持っているとはこちらも予想外だったから遅れをとったが、それももうお終いよ。観念せい」

 それを見て男はうんうんと頷くと、背中からハンマーをとって構えた。

「掛かってこい王都の青瓢箪(あおびょうたん)よ」

「その言葉後悔するなよ!」

 騎士が美しい構えと共に向かってくるが、男に恐怖はない。

「えいっ!」

 槍が太陽の光をはじきながら突き出され――男のハンマーが穂先を正面から叩き潰した。

「な、なんだと!?」

 男は呆然とする騎士へ近づくと、鉄のハンマーで黄金の兜を叩き潰す。黄金は柔らかく鉄と比べて武器防具には向いていないのだ。それに、騎士団(・・・)は数が多いから強いのであって、一人ひとりならば男は負ける気がしなかった。


 こうして男は鎧一式分の黄金を手に入れた。山へ帰ると老人にそのことを報告した。すると、老人は今まで奪ったものと黄金を金に換えるため、老人の故郷の隣国へ行こうと提案した。確かにこの国で鎧の形をした黄金など、王国に逆らいましたという証のようなものなので、いろいろと不都合がある。男はそれも道理だと頷き老人と共に隣国へと行くことにした。


 山を二つほど超えると、ようやく隣国の街が見えてきた。

「老人、お前を生かしておいてよかった。とても感謝しているぞ」

「わしはそのようなことを言われる資格はない。むしろ、こちらこそ礼を言いたいくらいじゃ」

「謙虚だなあ」

 そうして街へ着くと、老人は門を通る手続きをするといって先に中へと入っていった。

 男はしばらく待っていたが老人はなかなか出てこない。どうしたのだと不審に思っていると、街の門から大勢の兵隊が現れた。しかも、どの兵も弓を持っている。

「まて、俺は先に中へと入った老人の連れだ」

「知っているさ。あの方から聞いている」

「ならばその弓を構えるのをやめてくれ」

 男が焦っていると、聞きなれた声が門の上から聞こえてきた。

「ふぉふぉふぉ。すまんのう、おぬしはわしに騙されておったのよ。わしはこの国の軍師であり、今まで隣国を堕とすため作戦をしておったのじゃ。商人の荷を奪い、酸で騎士団の鎧を溶かし、あまつさえ役にも立たぬ黄金の鎧を作らせた。たったの二月で王国は疲弊した。ここに集まったのは王国へ攻め込むための兵よ。おぬしはわしのためによく働いてくれた」

 裏切りを知った男は焦って小瓶を取り出したが、弓を持った兵士は決して中身がかかるような場所まで近寄らない。やがて老人が手を上げると、数百の矢に襲われて、男は成す術なく殺された。戦士としても盗賊としても名を馳せた男とは思えぬあっけない最後だった。


 その後、王国がどうなったかは語るまでもないだろう。

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ガラスの星を集める @kinoko03

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