僕はヒーローが好きだ

 都心の巨大スクリーン、下町の居酒屋のテレビ、そして誰かの携帯端末に至るまで、ありとあらゆる画面が同じ映像を映していた。人々は熱心にそれを眺め、次第に声を上げていく。


「がんばれ、ヒーロー!」

「私達の平和を取り戻して!」

「悪党なんざぶっ潰せ!」


 そこには異様なまでの一体感があった。

 誰もが同じものを応援し、同じものへ罵声を浴びせる。大人も、子供も、同じ願いを込めてそれを見守っているのだ。


「まけるなヒーロー!」


 薄暗い部屋の中、一人の少年がモニターに齧り付き、声の限り叫んでいた。



◆◆◆



 超能力の存在が世間に知れ渡ったのはここ五年の話である。

 初めて超能力者が現れたのはアメリカのアラスカ州だった。キム=キングを名乗る男が極寒の地で業火を巻き起こし、街一つを地図から消し去った。住民の被害は四桁を超えたという。キムは州警察をパイロキネシスで虐殺する様子をネットに生放送で配信すると、それからすぐに消息を絶った。以降キムは表舞台に姿を現さなかったが、彼が世界に与えた衝撃は計り知れないものがあった。

 それ以降、超能力者たちは公然と現れては、世界中で混沌と破壊を呼び込んだ。警察を蹴散らし軍の手にも負えない彼らの暴虐に待ったをかけたのは、皮肉にも同じ超能力者だった。

 始まりのヒーロー『ノア』の誕生だ。ノアは強力なサイコキネシスで他の超能力者たちを片っ端から倒していき、やがて世間から正義のヒーローとして賞賛された。そして、彼に触発された能力者が世界中に現れると、超能力者は正義(ヒーロー)と悪(ヴィラン)とに二分され、その戦いはメディアによって全世界で共有される事になった。


 ヒーローは必ず勝つ。

 そんなメディアのスローガンの通り、しばらくの間はヒーローが悪を打倒する展開が続いたが、やがて悪の反撃が始まった。悪の超能力者は団結し、そして、旧来の反社会勢力と結託したのだ。無敵のヒーローも、寝込みを襲われ、毒を盛られ、家族を人質に取られては戦えない。一人、また一人とヒーローが減り、ようやく世間は気がついた。

 ヒーローは個人で、悪は組織なのだ。

 そして、悪の組織は世界に宣戦布告する。


『超能力者は人類の進化の形であり、無能は我々に支配されるのが正しい在り方だ。にも関わらず、諸君らは旧態依然とした統治機構にしがみつき、偽りの平等を求めている。だから今日、我は宣言しよう。既存の国家の否定と、超能力者による新秩序の構築を』


 彼らは自らをこう名乗った。


『新世界教団』


 その瞬間から地獄は始まった。

 それまでヒーローを避けていた悪の超能力者たちが一斉に暴れだしたのはまだいい。異形の怪物と不格好なロボットまで現れて、世界中の軍隊に襲いかかったのだ。どこからともかく湧いてくる『新世界教団』の尖兵によって、各国の政府機関は完全に麻痺し、終末を思わせる光景に人々は絶望した。

 一部ではヒーローが健闘していたが、大勢では物量に勝る悪(ヴィラン)に押されている。


 そんな状況にも、希望は降って湧いたのだ。もたらしたのは『ノア』と彼の仲間たち。『新世界教団』のアジトを突き止めた彼らは、世界中のヒーローに結集を呼びかけ、今まさに最後の戦いへと赴こうとしていた……



◆◆◆



「皆さんご覧ください、『ノア』を始めとするヒーローが、ここネブラスカの地にこれだけ集まっています! 『新世界教団』の野望を打ち砕くべく、彼らは、これからアジトへと突入するのです!」


 ヘリコプターに乗ったリポーターが声を張り上げるのを、『ノア』がじっと見つめている。この最終決戦をメディアに公開するのを決めたのも彼だから、特別な感慨があるのだろう。

 民間人をわざわざ招く事への批判も出たが、俺にはこの先に待ち受ける敵の方がよほど気がかりだった。


「どうした、そんな浮かない顔をして。『青の勇者』の名が泣くぞ」


「『ノア』……俺はメディアが勝手につけた称号なんてどうでもいい。この戦いには全てがかかっているんだ。浮かれてなんていられない」


「大丈夫。正義は必ず勝つさ」


 それは彼の口癖でもあった。俺達ヒーローは確かな信念を持って悪(ヴィラン)と対峙してきたはずだが、多くのヒーローはこれまでの戦いで自分を見失いかけているのも事実。ここで『ノア』が負けるような事があれば、世界から正義は永遠に失われるだろう。

 だから、俺たちは負けられない。


「いこうみんな。取り戻そうぜ、世界を」


 世界の命運を決する戦いの火蓋を切るにしては、『ノア』はどこまでもいつも通りだった。

 いつも通り、闘志は内に秘めている。

 これは『ノア』にも負けていられない。

 さあ、やってやろうじゃねえか。



 こうして『新世界教団』打倒の戦いは、世界中の注目を受ける形で始まった。



◆◆◆



 少年はモニターに齧り付かんばかりに近づいて、ヒーローの活躍を目に焼き付けようとしている。『ノア』に『青の勇者』に『エリニュス』がいて、ダークヒーローと言われてきた『黒仮面』まで集まったヒーロー連合は、少年の胸を打ってやまない。

 憧れのヒーローの最終決戦、それを画面越しとはいえ見ることが出来る幸運に少年は感謝した。


 『新世界教団』のアジトは一見するとただの研究所だが、その地下には広大な軍事施設が広がっているらしい。解説したリポーターはヒーローがこれから突入すると憶測を語ったが、実際はもっと派手な始まり方だった。


 『エリニュス』と『黒仮面』が両手をかざすと、巨大な光線が地上部分を焼き払い、目に見えるほどの重力が土地を陥没させた。

 如何にヒーローと言えど大技を続けるのは難しい。

 『黒仮面』が能力の手を緩めると、待ってましたとばかりに地下から敵が湧き出してきた。


「敵のロボットが地上へと溢れ出してきました! 凄い数です!」


 リポーターに言われるまでもなくヒーロー達はそれに対処を始めた。一斉に放たれた超能力は破壊の嵐を巻き起こし、ロボットの部品がはじけ飛ぶ。それでもロボットは波のように押し寄せて、戦いは膠着をみた。

 空においても敵のドローンとヴィランに対してヒーローが戦闘を開始した。閃光や爆発が飛び交う乱戦は地上を様々な色に照らしていく。


 少年は並み居るヒーローの中で、ただ一人のヒーローに注目していた。始まりのヒーロー、ヒーローの中のヒーロー。未だ動きを見せない『ノア』は、ちらりと視線をカメラに投げかけた。モニター越しに視線が合ってドキリとする。

 もどかしい。

 『ノア』のサイコキネシスは最強だ。

 彼がひとたび本気を出せば、こんな戦いはすぐに終わるのに。そう思わせる雰囲気を『ノア』は持っていたし、それだけ実績も重ねている。

 周囲のヒーローがジリジリと押され始めているのに、彼は一向に動く気配がない。


「『ノア』は何かを待っている?」


 そのうちロボットの数が減ってくると、ようやくヒーロー達は地表にポッカリと空いた穴へ突入していく。『ノア』の姿もその中にあり、中継のヘリからはとうとう見えなくなってしまった。

 それからは目ではなく耳が頼りだった。

 映像にはなんの変化もなくなったけれど、地下から聞こえる轟音は確かに壮絶な戦いを教えてくれる。

 やがてその音も聞こえなくなってしまう。


「戦闘音が遠ざかっています。戦場はさらに地下へと移ったようです! ヒーローが押している証拠です!」


 アナウンサーの解説でなるほどと思った。

 今頃『ノア』は戦っているんだろうか。それとも、まだ何かを待ったままなんだろうか。

 少年は遠く異国で行われる戦いに思いを馳せる。


 音まで聞こえなくなると、アナウンサーはひたすら喋りまくった。ヒーローはきっと勝つ、応援しましょう、そんなことばかりだった気がする。きっと不安なんだろう。自分は何も出来ないから、何かをして役にたった気になりたいのだ。

 それは少年も同じだ。

 こうしてテレビに齧り付いて、一緒に戦った気になって。

 それでも、少年はヒーローが好きなのだ。正しくて、かっこよくて、強い。そんなヒーローの活躍を誰よりも見たいから、テレビの前から離れない。


 どれほどそうしていただろう。

 変化は突然現れた。


「これは……地鳴りです!」


 アナウンサーが叫ぶと同時、地面が崩壊した。

 蜘蛛の巣状の亀裂が走りそこから土煙が立ち昇る。そして、中心から光の柱が立った。

 紫電を纏い天を貫くその柱。

 暴風が周囲を吹きさらし、ヘリもバランスを崩した。モニターに映る映像が荒ぶり見ているだけで酔ってしまった。


 ようやく映像が収まると、そこには二つの影が映っていた。


「ああ、『ノア』です!」


 宙空に浮かぶその男は、人類の希望、正義の代名詞、始まりのヒーロー『ノア』だ。金色のオーラを纏う姿には神々しさすら感じられる。


 『ノア』のサイキックは最強無敵だ。

 伸縮自在のオーラはどんな攻撃も通さず、どんな防御も貫いてきた。速い、固い、強いという単純な力は、それ故に相性を超越した高みにあった。


 動画サイトで何百何千と見てきた無敵の力が中継されている。

 これは伝説だ。

 今、自分たちは伝説を目の当たりにしている。少年の胸に熱いものが宿り――


「ふむ、なるほど。これが人類の希望と言うやつか」


――冷水を浴びせられたようにかき消えた。


 その男はすべてが対極にあった。

 痩せこけた体躯に伸び切った白髪、何の感情も読み取れない虚ろな瞳。悪意すら飲み込む絶対零度がそこにはあった。

 何より、男もまた常闇オーラを纏っていた。

 光を飲み込むオーラの中に、男がひとり浮いていた。


 少年は男を知っていた。

 かつて世界へ宣戦布告した悪(ヴィラン)の親玉、悪魔王(デーモンロード)シン。

 その在り方はまさしく悪の化身である。


「私には理解できない」

「……」

「人間はどうしようもないほど愚かだ。変化を認めず、現実から目を逸らし、挙げ句には自らが規定した普通を逸脱した者を排斥する。なぜそんな者たちのために戦える?」


 『悪魔王』の問いかけに『ノア』は答える。


「それが正義というものだからだ」


「笑止! 盲信の間違いではないかね」


「いいや、間違ってはないさ。本来力とは弱きを守るためにあるんだ」


「その弱きとは無能のことか? お前の守るべき者に超能力者は入らないのか?」


「いいや」


「しかし、奴らは『我ら』を受け入れはしない。彼のキム=キングも元は善良な男であったのを、無能者が阻害し、貶め、排斥した。彼は失意の内に街を焼き払い、そして狂ってしまった。我はその顛末を知って決めたのだよ。無能の上に立ち、我らのための世界を作ろうと」


 超能力者が何者にも縛られることのない新世界。それはどんなに素晴らしい事だろうか。自分らしく生きられる理想郷(アルカディア)を求めた者たちが『新世界教団』に集ったのも当然の事なのだろう。

 しかしそれは新たな不公平の始まりに過ぎない。

 差別者と被差別者を入れ替えただけの新世界がなぜ素晴らしいと言えるのか。


「シン、私はもう知っているんだ。その道に救済はなく、ただ人々がいがみ合う未来しかない。超能力者(サイキック)もそうでない人も、全てが不幸になってしまう」


 その言葉を聞いた途端、悪魔王の顔が醜く歪んだ。


 少年には二人が何を言い争うのかすべてを理解したわけではないが、『ノア』の方が余裕があるように見えた。こういった問答でも『ノア』は最強なのだ。悪魔の王なんかより、正義の味方の方が正しい。それを再認識して、なぜだか自分まで誇らしくなった。


「確かに我の進む先は険しいだろう。だがな、お前の進む先とてただの時間稼ぎにすぎぬ」


「そんなことは私が一番知っている」


「ならば戦うしかないな」


「ああ」


「我は今悲しいぞ。なにせ、唯一理解者となるかもしれなかった男を、この手で殺さなければならないのだからな」


 対話の時間は終わった。

 相容れない二人はやはり戦いによって白黒をつけようとしている。

 そして、二人は弾丸のように飛び出した!


 黄金と常闇が空を舞う。

 無数の爆発と衝撃波を撒きながら二つの光が絡み合い、やがて複雑な模様を描き出した。幾何学的なものから現代アートのようなものまで戦闘の軌跡は作り、そして霧散した。さらに、いくつもの光球が分離しそれぞれ潰し合い、弾け飛ぶ。

 まるで光と影が主を決めるかのような戦いは、やがて片方を敗者として選び出した。



「夜に安心して寝られる、家族といっしょに過ごす、好きな人を見つけて恋をする。そんな日常を、例えこの身が果てようとも、私は守ってみせる」


「我は王よ。超能力者(サイキック)は無能力者の上に立ち、我は超能力者(サイキック)の上に立つ。たかが臣下の分際で我に歯向かうというのが間違っていたのだ」



 『ノア』は額から血を流し、右腕もあらぬ方向に折れてしまっている。最強の鎧にして剣だった黄金のオーラもやせ細って見る影もない。未だ瞳には戦意の焔が絶えていないものの、誰の目にも勝敗は明らかだった。


「さあ、終わらせよう」


 そう言うと悪魔王のオーラが膨れ上がる。『ノア』も対抗してオーラを広げるが、見た目にも頼りない。

 今度は小細工なしに二人はぶつかった。

 黄金と常闇が削り合い、徐々に均衡が崩れていく。

 黄金が黒く染まる。


「私は、負ける訳には、いかない!」


「ほう、まだこれほどの力を残していたか」


 一時的に黄金が輝きを増したが、すぐに押し返されてしまう。

 絶対的ヒーローに亀裂が入る。

 黄金神話が終わる。



「……負けるな、『ノア』!!」


 少年は気付けばモニターに向かって叫んでいた。

 今までの半生で一番の大声でひたすら│正義の味方(ヒーロー)へ声援を送る。悪に屈しない姿が好きだ。自分を曲げない姿が好きだ。『ノア』の主張は正直ぴんと来ないけれど、その生き様が好きなのだ。つまり、かっこいいところが好きなだけだ。

 大好きなヒーローが負ける。

 そんなことは嫌だ。


「負けるなーーっ!」


 叫んでいるのは少年だけではない。アナウンサーが、カメラマンが叫んでいる。テレビ越しの他の視聴者も叫んでいる。世界中のあらゆる人が、たった一人のことを応援していた。それは祈りのようなものだ。


「頑張れ!」「負けないで」「勝て、勝てよお!」「そんな黒くて悪いやつなんかにやられるな!」「お願い」「誰か、『ノア』を助けて――」


 そして、祈りは通じた。


「俺たちを」

「忘れちゃ」

「困るぜ!」


 蒼い閃光が立ち上り、悪魔王のオーラを貫通する。

 カメラがあわてて下を映すと、聖剣を構えた『青の勇者』がいた。攻撃力だけなら最強とも言われる一撃で天井ごと撃ち抜いたらしい。その傍らには『エリニュス』と『黒仮面』も控えており、それぞれ必殺技を構えていた。


「派手に散りなさい、【冥府の炎】」

「自重に押し潰されろ、【重力制御】」


 「エリニュス」は鞭を振るい、「黒仮面」が右手をつき出す。

 次の瞬間、悪魔王が爆ぜた。赤黒い炎が吹き出しオーラをかき消してしまう。そんな炎が突然停止したかと思えば、急速に収縮してしまう。前半は【冥府の炎】で、後半は【重力制御】の効果だった。


 一瞬で逆転した戦況に、市民たちは安堵のため息をこぼす。

 しかし――


「――それだけか」


 悪魔王(デーモンロード)がその程度で死ぬわけがない。


「勇者よ、貴様の一撃は効いた。だが、後の二人はだめだ。ぬるい、ぬるすぎる」


 収縮していたはずの空間が弾け飛ぶ。

 ただ単純に、常闇のオーラに炎はかき消され重力は押し返されたのだ。パワーの格差は傍目にも明らかで、二人のヒーローの表情が凍りつく。


「貴様らは役に見合う器がない。にも関わらず傲慢にも舞台に上がろうとするとは、主演であり王である我への不敬としかいいようがない。不敬者には罰を与えないとな!」


 オーラの一部が切り離され、真下に落ちる。まるで黒い隕石のようなそれは二人のヒーローによる迎撃を全て蹴散らし着弾した。爆発と轟音の後に灰色の煙が立ち込める。

 中継のカメラも煙で覆われ、視界が一時的に遮られた。


「ん?」


 煙が晴れると、そこには無傷のヒーロー達がいた。


「なるほど、やるじゃないか」


 三人目のヒーロー、『青の勇者』が聖剣を振り抜いた姿勢で固まっている。彼が悪魔王のオーラを打ち消したのは明らかだ。

 悪魔王は両手を下に構え、次の攻撃の準備に入った。


「なら、これならどうかな――」

「私も忘れてもらっては困るよ」


 オーラの次弾が放たれる前に、横から強烈な横槍が入れられた。仲間の助太刀でなんとか態勢を立て直した『ノア』が、渾身の一撃をかましたのだ。

 常闇のオーラごと悪魔王は吹き飛び、『ノア』はそこへ追撃をかけた。


 今度の攻防は今までとは全く違う展開を見せる。

 攻める『ノア』を悪魔王(デーモンロード)シンが迎え撃ち、しかし、地上から『青の勇者』の援護が届くと悪魔王のオーラが弱まった。そこを『ノア』は畳み掛け、ついに悪魔王本体へ攻撃を当てることに成功した。

 悪魔王は一度オーラを拡散させ『ノア』を牽制すると、なんとか距離をとった。その右腕にはさっきまでは存在しなかった傷がついている。


「卑怯とは言うまいよ。ただ、貴様らも我と同じ場所へ立ってくれて少しだけ嬉しいな」


 悪魔王は傷を意に介していないようだが、もはや無敵ではないという事実は大きい。ヒーローが共闘すれば悪の親玉にも勝てるのだ。それはまさしく希望だろう。


「ここで決着をつける」

「もちろんだとも」


 そして再び『ノア』と悪魔王は激突し、同時に『青の勇者』の斬撃と悪魔王のオーラがぶつかり合った。どちらも一瞬では勝負が付かずに拮抗するが、分散した力は明らかに弱っており、『ノア』が徐々に押し込んできた。


「我は王だ」


 悪魔王はオーラの一部を更に切り離し、『青の勇者』を直接狙う。炎と重力波が迎撃に放たれるが、オーラを少しも削ることはできていない。結局オーラは『青の勇者』もろとも地上の三ヒーローを吹き飛ばしてしまった。蒼い斬撃は掻き消え、その分再び悪魔王のオーラが盛り返す。

 しかし、『ノア』はその間に黄金のオーラを常闇に食い込ませ、あと少しで悪魔王に届かんという所まで攻めていた。


「なぜ従わない」


 常闇のオーラが黄金のオーラを押し包む。全方位から圧迫され『ノア』の表情が歪むが、それでも前進は止まらない。


「なぜ平伏さない」


 常闇の中にいて、悪魔王の右手の闇が更に濃度を増していく。そして、凝縮された闇は剣という実体を作った。それに対抗するように、『ノア』の左手の輝きが増している。


「なぜ、なぜだ、なぜなぜなぜなぜ!」


 再び悪魔王の表情が歪んだ。

 それは敗北を意識したせいなのだろうか。


「我は王なのだぞ!」


 オーラという互いに拒絶しあう領域にあって尚、二人はそれを意に介さぬように動き始めた。『ノア』は左拳を、悪魔王は剣を、それぞれ前に突き出す。


『あああああああああァ!』


 二人の絶叫をマイクが拾う。


 そして、


「コレで終わりだ」


 『ノア』の拳が悪魔王(デーモンロード)シンの身体を貫いた。



◆◆◆



 正義の味方は歴史的な勝利をして、悪の組織は粉微塵に粉砕された。これで世界には平和が戻り、かつての幸せな未来が待っていることだろう。そんな風なことをテレビのキャスターは言っている。


 勝利の代償は大きかった。

 地下へ突入したヒーローの大半は悪と相討ちになり倒れ、生き残ったはずの『青の勇者』、『エリニュス』、そして『黒仮面』は悪魔王のオーラによって帰らぬ人となっていた。そして、『ノア』も悪魔王との決着後すぐに姿を暗まし、今日までその行方は分かっていない。

 誰もがそれを美談だと捉え、ヒーロー達に感謝を示している。


 しかし、少年は気付いてしまった。


「サイキックは強すぎたから悪になったんだ。正義(ヒーロー)は悪を倒すから認められてきた。じゃあ、悪のいない正義(ヒーロー)はいったいどうなる? 世界中の誰よりも強い悪魔王(デーモンロード)シンを倒した『ノア』は? あの戦いに参加しなかったヒーロー達は? もう悪はいない。敵のいないヒーローはいつか邪魔になるはずだ。ヒーローがヒーローであるためには、悪(ヴィラン)が必要だったんだ」


 少年は部屋を見回した。

 高性能なコンピュータに様々な実験器具、そして実験用のマウス達。そして、少年に贈られた数々の賞状が飾られている。


「僕がやるしかない」


 大好きなヒーローのために。

 とある天才少年は決意した。



「僕が悪の組織を造って、ヒーローと戦うんだ」



 悪(ヴィラン)は繰り返し、正義(ヒーロー)は戦う。

 これは始まりの物語。

 誰もが間違えた世界の物語。



「僕はヒーローが好きだ」



「だから戦おう、世界と、ヒーローと」

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