ヒトリさんと委員決め

 六時間目、LHR《ロングホームルーム》。四月という学期始めならやることはひとつ。


「では、今日はそれぞれの係を決めて行きたいと思います!」


 クラスの係決め。席替えと対照的に、牛歩で進行する破目となる恒例行事だ。


「あたし知ってるコレって最初が一番長引く奴でしょ」


 一応は授業中だというのに振り向いて気だるげな針麻の言う通り、長引くのは最初となる。何せ……


「まずは学級委員から! 男女で一名ずつ、誰かいませんか?」


 学級委員――それは出席簿の提出や逐一の情報伝達、プリントの運搬などなどの雑務全般を一挙に引き受ける役割だ。

 しかも一年生の四月という知り合いも少ない中で男女コンビとくれば、どちら側からも名乗り出るのには勇気が要る。カースト上位は他人事で、一般男女は人任せ。生徒が顔を逸らす時間ランキング第一位と言える。

 相談という名の雑談で少しうるさくなる教室。その中で、意外にもすんなりと手が挙がる。僕のとなりで。


「私、やる」

「ヒトリさん、大丈夫? いろいろ仕事あって大変だけど……」

「子ども扱いしないで。どうせ誰もやらないなら、私が引き受けるわ」

「うおー……あたしらより数段大人だわー」


 ファーストペンギン、という言葉がある。

 集団行動のペンギンの群れで、天敵のいる海に最初に飛び込む一羽。転じて、最初に物事へ挑む勇気ある人の呼称でもある。

 針麻の言うように、何かと責任を負いたくない高校生から見るとヒトリさんの判断は社会奉仕のような大人びた行為で、勇気のある一歩目だ。

 ……けど何故だろう。一向に先生の反応が変わらない。

 ヒトリさんは、きちんと肩肘を真上に伸ばしている。しかし、その長さすらも振り向いた状態の針麻の座高を超えられない。針麻が「おっと」と気を遣って身を反らしても、その前にはガタイのいい野球部男子が座っている。


「……あのさイワシ」

「うん……」


 嫌な予感は的中する。


「えーっと……いないみたいですし、次の係に――」

「はい」


 すぐさま僕も手を挙げる。人混みの中からぬっと伸びた手には、さすがに先生も気付いてくれた。


「あっ、えーっと岩清水くん! 先生覚えました。お願いできますか?」

「やります」


 僕が名乗り出たことで、教室は感心と無関心の混ざり合う雑多な拍手に包まれる。

 そう、これでいい。


「じゃあ、女子は……」


 針麻は無言で身を机に伏せた。


「はいっ」


 ヒトリさんの手と声が先生に届く。


「はいっ、凍月さん。じゃあ、学級委員はお二人にお願いしますね!」


 クラスがちょっとした拍手に包まれ、すぐに次の保健委員を決め始めた。学級委員が決まってしまえば他の係はスムーズに決まっていく。保健委員は保健室関連、体育委員は体育の授業関連など、役割がハッキリしているからだろうか。

 席について、ヒトリさんが僕の袖を引っ張る。

 その顔は少し不満げで――とても、申し訳なさそうだった。


「涼士……」

「誰も挙げなかったら、やるつもりだったんだ」


 これは同情でも咄嗟のフォローでもない。

 いや、たしかにあのタイミングで手を挙げたのはそう見えてしまってもしょうがないけど、僕にも学級委員をやりたい理由はあった。


「さっすが自己犠牲のイワシ!」

「それ、なんか嫌な響きだからやめようね」


 中学の時から、委員とかゴミ捨てみたいにみんなが進んでやりたくないことを引き受けてきた。そうしないと、先生もみんなも困るから。

 高潔な奉仕心があるわけではない。実際、休日をボランティアに捧げるような真似をしてないし、面倒事はできれば避けていたい。単純に、僕は『人の役に立っている』という自己満足が欲しいだけなのだと思う。


「で、でも……」


 ヒトリさんは気にしてしまうかもしれない。自分の手が見えなかったから、仕方なく巻き込まれたんじゃないか、なんて。

 だから、伝えておこう。


「ヒトリさんと一緒なら、いつもより楽しいと思うから大丈夫だよ」


 誰かがやらなければならない。それが学級委員程度のことなら、進んで引き受けて構わない。ましてや、ヒトリさんと一緒なんだから、嬉しいことに他ならない。


「っ………………きぁっ」


 いつもよりさらに軽く、控えめに殴られた。ヒトリさんがマフラーで口元を隠して、ぼそりとくぐもった声で言う。


「ぁりがと……」

「どういたしまして」


 気に入らないところを飲み込んでお礼を言えるヒトリさんは本当にいい人だ。


「ラブコメの波動を感じるゥ……」


 ニヤつく針麻に、ヒトリさんは冷たく目を細めた。横から見てもわかる。正面からあれに睨まれたら背筋が凍ることだろう。しかし調子に乗った針麻ほど面倒な生物もいない。威嚇するペンギンを展示ガラス越しに見るように、軽い調子で笑っている。


「遠心力つければ袖だってそこそこ痛いのよ……」

「はーい黙りまーす」

「あ、お返事をしてくれたのは針麻さんですか? じゃあ、放送委員をよろしくお願いしますね!」

「うぇえっ!?」


 情けない困惑をよそに、先生は針麻の名前を書き込んだ。


「あ、あの、そういうのはコミュ症には荷が重いといいま――」

「では、一年生の委員は決定です! みなさん、委員を引き受けてくれた生徒に拍手を!」


 口角を引きつらせる針麻に、半笑いで拍手を贈る。ジトりと針麻を睥睨へいげいするヒトリさんと目を合わせ、声を合わせた。


「「因果応報」」

「ゴメンってぇー!」

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