Work4

 僕は苦笑した。

 確かに、近況を聞いたから答えてくれたのだが、昨日の出来事(正確には今朝)を事細かく話してくれるとは思わなかった。

 ヨハンさんは、彼女の姿を見た途端、そのまま何処かへ消えてしまった。

 「聞いてるのか、ナオト?」

 肩に腕をまわされる。

 細身だが結構力強い。

 空ジョッキでテーブルを叩く。数秒で新しいジョッキが来る。彼女専用のウエイターは、ビールの減り具合だけを見ている。

 「さあ、こっからがクライマックスだ。レベル4の『ドーマ』は、頭を斬り落としてもすぐ再生しやがる。並みの攻撃では倒せない。だから・・・・」

 まだ続くのか・・・

 色々な説明が抜けていて、分からない事があるが、職人として頑張っているのは理解出来た。

 『彼』から依頼(リクエスト)された事は達成できた、かな。

 心配いらない、元気で職人やってるよ、って伝えようと思う。

 しかしこの店、『BEER』の看板出しているだけあって、ビールが美味しい。何杯飲んでも飽きないし、料理も美味しい。

 お客さんたちも気さくで楽しそうだ。

 言葉はあまり分からない。もうちょっと勉強しておけばよかった。


 「よーし、お前気に入った。あたしの部屋で飲みなおそうぜ」

 一瞬、店内のざわめきが消えた。

 みんなの視線が僕に集まっている気がする。何だろう、この変な雰囲気。日本語が通じた?・・・違うな。彼女の態度を見て、様子が変わった感じだ。

 「あ、いや、でも・・・」

 腕を掴まれる。

 「遠慮すんな。手加減してやるから」

 ・・・手加減?

 そのまま引張られる。

 がんばれ、ナオト。男だ、日本人。みんなから、僕でも分かる簡単な言葉で声援を受ける。

 声援・・・?

 エレベーターに向かう途中、何故かキャサリンの顔が浮かんだ。


 「時間だ」

 ボックスのいつもの言葉。凶器並みに尖った頭が、カウンターから飛び出す。

 上気した顔。

 いつも以上に気合いが入っているキャサリン。男がいない今がチャンス。今日こそミカヅキとベッドインだ。


 合鍵でドアを開けて、廊下を音なく歩く。

 愛の力か天性か。今では足音だけでなく、気配さえも消せる。

 寝室。

 キャサリンの興奮は最高潮だ。ゆっくりドアを開ける。

 ミカヅキは、寝る時もヤル時も照明は消さない。

 脱ぎ散らかした服。何故か彼女のモノでない服が混ざっている。ベッドの上。乱れたシーツ。全裸のミカヅキがうつ伏せに寝ている。

 「・・・え?」

 思わず声が漏れた。

 悩ましい声。ミカヅキが目を覚まし起き上がった。彼女の下にはあの日本人が寝ていた。

 足の力が抜けて、その場に座り込むキャサリン。

 「なんだ、もうこんな時間か」

 ミカヅキ。

 ナオトの寝顔を見て笑う。顔を近づけ軽くキス。

 「サイコーだったよ、タフボーイ」

 シャワー室に向かうミカヅキ。

 「あたしが仕事してる間、ナオトの世話を頼む」

 鼻歌交じりで去っていく。ご機嫌だ。キャサリンは、あまりのショックに放心状態。

 まさかこの男が、今日この街に来たばかりのこの男が、私より先にミカヅキと・・・有り得ない。有り得ない。

 ミカヅキをご機嫌にさせるなんて・・・


 「やあ、おはようボックス。今日の依頼(リクエスト)はどうなってるのかな?」

 笑顔。

 少し間が空く。

 「分かりやすい奴だな」

 カウンターの木箱、ボックスが言う。

 「お前、昨日バイク潰して、どうやって出掛けるつもりだ?」

 彼女の腰元から声。

 日本刀シムラに宿るコマイヌが問う。

 大袈裟に驚くミカヅキ。

 「あらやだ。困ったわねー」

 そう言いつつ、奥の部屋をのぞく。

 「どうせヒマだろうから、ヨハンに送ってもらおっかなー」

 奥の小部屋から顔。

 ヨハンの笑顔は引きつっていた。


 目が覚める。

 天井を見ながら、少しずつ今の状況を思い出す。

 ミカヅキの部屋に来て、寝室に連れてこられて、いきなり服を脱がされて・・・

 ため息。

 女性に襲われたのも始めてだが、途中の意識が曖昧なのも始めてだった。精力を根こそぎ持っていかれたような疲労感。

 なんという肉食系女子。なんという性欲。

 なんという快感・・・・

 すぐ横にキャサリンが立っていた。変な声が出て、慌てて恥部を手で隠す。

 「いいか、日本人。この部屋にあるものは自由に使っていいから、ミカヅキが帰ってくるまで一歩も出るな。分かったな」

 かなり怒っている。

 尖った頭で突かれそうだ。

 力強く指差された。

 「分かったな!」

 僕は何度も大きくうなずいた。



 「お嬢!!ブレーキ、ブレーキ!!」

 助手席で叫ぶヨハン。

 クラクション、パッシング。お構いなしで反対車線を爆走。ミカヅキはラジオから流れる音楽と共演中。

 ヒィィィーーー!!!

 ヨハンの悲鳴。

 無謀な運転だが一台もクラッシュせず、ヨハンの車も無傷。彼の寿命だけが削られゆく。

 「交通ルールは守ろうよ、お嬢!」

 ヨハンの言葉に大声で笑うミカヅキ。

 「そんなだからキャサリンを落とせないんだ」

 彼女は続けて、

 「知ってるか、ヨハン? ルールは破るためにあるんだぞ」

 加速する。

 「お嬢、違うから!!」


 今日もどこかの国のどこかの街で、職人が人のために働いている。



 



 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Request(リクエスト) 九里須 大 @madara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る