Work2
『クガツマーケット』は二十四時間営業だ。
日勤と夜勤で、職人の顔ぶれはごっそり変わる。
午前九時から午後七時。各分野の職人が何十人といて、アンティークから最新の物まで、大抵のものはここで修理できる。
午後七時から朝の七時。職人は現在三人。この街ならではの依頼を請け負っている。
三人の中で、最も際立っているのが『お嬢』と呼ばれている女性。会長の孫娘。
名前は『ミカヅキ』。
午前零時。
彼女の一日が始まる。
「時間だ」
どこからか声がした。
受付カウンターから凶器のようなパンクヘアーが飛び出す。
「お、お嬢を起こしにいかないと」
上気した顔。
細身の身体で、アスリート並みの俊敏さ。異音と妙な振動がするエレベーターで最上階へ。ガラス張りのエントランスを抜けて、合鍵でドアをそっと開ける。
足音を忍ばせて・・・
リビングに裸の男。今まさに、脱ぎ散らかした服を着ようとしていたところだった。
「や、やあ、キャサリン。今日もイカシてるねぇ」
下着だけ身に着けて、あとの服は抱える。
「もう限界だ。ミカヅキによろしく伝えておいて」
じゃあ、と慌てて部屋を出る男。
キャサリン、ため息。
何十人めかの逃亡者。
お嬢の性欲は底なしだな。ここは私が何とかしないと・・・
寝室へ向かう。
静かな寝息。長い黒髪。整った眉。低いが形の良い鼻梁。アジア系の濃い顔。
興奮が押さえられないキャサリン。このベッドで、さっきの男とのプレイを想像して、さらに鼻息が荒くなる。
裸同然の黒服を脱ぎ始める。
「おいおい。お前、あたしを起こしに来たんだろ?」
ミカヅキが鋭い目つきで睨んだ。
起きていたようだ。
「男はまた逃げたぞ。私が慰めてやろうかと思って・・・」
立ち上がるミカヅキ。裸体。
これぞ完成形。乳房の大きさ、腰のライン、よく締まったヒップから伸びる真っ直ぐな脚。男性はもちろん、同性でも興奮する身体。
キャサリンの興奮は絶頂。
「またか・・・彼の『ボーイ』が最高で、つい本気に・・・」
頭を抱えたまま、シャワールームに向かう。
「キャサリン、服は脱がなくていい。あたしは起きたから、もう帰れ」
と、念押しは忘れない。
『BEER』の看板がある店。
ミカヅキの登場で、店内の客は大歓声。
黒い下着に皮ジャンを着ただけ。男たちの容赦ない視線。それに負けない強いオーラを感じる。
カウンターに手をつく頃には、お決まりのビールジョッキが待っている。
手に取り掲げる。待ってましたとばかり、全員がジョッキを掲げる。
「カンパーイ!!」
日本語。
ミカヅキは喉を鳴らし、横から溢れてもお構い無し。一気に飲み干す。
その飲みっぷりにまた大歓声。
「ちくしょう! なんてウマいんだ、ここのビールは!」
オヤジ、もう一杯!
かけつけ二杯はいつものこと。
すぐにジョッキが置かれる。二杯目も一気に飲み干す。
お嬢サイコー!
シビレるぜ!
お決まりのかけ声に、投げキッスで答えるミカヅキ。
「よし。じゃ、仕事してくるよ」
今日も頑張れよ。あまり街を壊すなよ。 警官を困らせるな。
声援? を浴びながら店を出る。
「・・・で?」
この一言で、今までの説明が意味を失くす。
きっかけや経過は、ミカヅキには関係ない。今どうするか。それが最速の解決方法だ、が彼女の持論。
『クガツマーケット』の受付カウンター。ミカヅキと、カウンターの向こうで彼女に見惚れているキャサリンの間。人面が彫られた四角い木箱がある。上に細長い穴。背中が開く仕組みから、意見書などを投稿するポストのようなものだと思われる。
違うのは、人とは違う顔が彫られているのと、その顔がミカヅキと対話しているところ。
「聞いてたか? レベル3と4が、同時に現れた」
街の地図が立体的に俯瞰で投影される。両端。レベル3は繁華街の中心。レベル4は街の境界線。『ドーマ』の目的は明らかだ。
鼻で笑うミカヅキ。
「あたしもナメられたもんだ。瞬殺してやる」
投影地図を横断して、勢いよく外に飛び出す。
「おいおい。被害を最小限にするには、綿密な策を・・・」
諦める。
ミカヅキは愛用のバイクで走り去っていた。
彼女を見送り、仕事が終わったキャサリンだが、何故か動かない。
「ボックス。あなた気づいてないの?」
木箱に問いかける。
「・・・ん?」
すぐ異変に気づく。
居るはずのない者が上にいる。聞こえるはずのない奴の声が聞こえる。
『おーい、ミカヅキー。職人が道具を忘れてどうするんだー』
街の中心部。
突然の出来事に人々は混乱していた。
逃げ出そうにも、渋滞する車と、人混みが壁となった。
何の前触れもなく、いきなりレベル3の『ドーマ』が現れた。レベル3以上に達すると、人の姿はしていても、中身は完全に魔物化している。引き剥がすことは基本不可能。人と魔物を殺すしかない。
例外はただ独り。特殊な道具を扱える女職人。彼女だけが人を救うことが出来る。
ミカヅキのバイクは、ルート44を爆走していた。
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